第11話 田中、救命活動をする
無事凛を見つけ出した俺は、彼女を抱きかかえる。
よかった、見失ったらどうしようかと思った。途中に凛が捨てたボンベと剣があったからなんとか見つけることができた。
"凛ちゃんいた!"
"ふう、焦ったわ"
"本当によかった"
"てかそこにいるの水晶魚じゃない?"
"本当だ! 倒したんだ!"
"まじかよ、凛ちゃん凄すぎる"
"じゃあ魔物災害は止まったってこと!? ありがとう凛ちゃん!"
"救世主だ"
"ここに凛ちゃん教を作ろう"
近くに浮いている魚は、確かに水晶魚だった。
エラから内部を一突きされ、絶命している。その場面を見なくても分かる、見事な一撃だ。あの極限状態でこれほどの一撃を打てるなんてたいしたものだ。彼女を指導した身として誇らしい。
「ぼぶばっばばびん。ぶぼいぼ」
凛は俺を見て安心したように笑みを浮かべる。
しかし「先生」と口を動かしたと思うと、ゆっくり目を閉じ動かなくなってしまう。
「ばぶいば……」
体に力が入っていない。意識を失ってしまったようだ。
ボンベのない状態であれだけ動いたんだ、体に酸素が残っていないんだろう。
このままじゃ危ない。俺は急いで拾った小型ボンベを咥えさせるが、意識が戻る気配はない。この状態じゃ呼吸できているかも分からない、急いで水から出ないといけないな。
"やばくない?"
"早く水から出ようよ!"
"死んじゃうって!"
"シャチケンなんとかして!"
"凛ちゃん!"
一刻も早く浮上して地上に出た方がいいと思うだろうが、それも危ない。
一気に潜るのはもちろん、一気に浮上するのも減圧症を起こすなど危険な行為なのだ。意識がある状態なら体を魔素で覆うことでそれらを無効化できるけど、今の凛は意識を失っている。
急浮上はしない方がいいだろう。
「ばっばら ……」
俺は辺りを見渡し、近い壁に接近する。
そしてその壁を蹴り、人が入れるくらいの大きさの穴を作り出す。
"わっ"
"なにしてんの?"
"田中ァ! 俺はお前を信じてるぞォ!"
"びっくりした……"
そしてその穴に入り、さらに数発蹴って上方向に穴を広げる。今度は上に広がった空間を横に広げ、俺は穴を拡張していく。
"まじでなにやってんだこれ"
"洞窟作ってるの?"
"そんなことしても空気ないから呼吸できないぞ"
"シャチケンまじでどうした?"
俺はできた横穴に凛を寝かす。
そして肺に意識を集中する。ここをこうして……よし。
「ぷ……ぶはあっ!」
作った横穴の中に、思い切り息を吹き出す。
すると一瞬にして横穴の中が空気で満たされ、地上のような空間になる。
「ふう、潜る前にたくさん空気を吸っておいて良かった」
"は?"
"え?"
"ん?"
"どうなっとんねん"
"そうなってたまるか"
"なっとるやろがい!"
"シャチケンの肺、どれだけでけえんだよw"
"物理法則くん壊れてない?"
人間の吐く息は二酸化炭素が多めだけど、ちゃんと肺の中で空気を選別して酸素や二酸化炭素の比率を地上の空気に寄せたから普通に呼吸できるはずだ。
こんなことは初めてやったけど、上手くいってよかった。
「ん、けほっ……」
周りに水がなくなったことで、凛は少し水を吐き出した。
駆け寄って口元に耳を寄せてみるが、呼吸は止まってしまっていた。
このままじゃまずい、俺は急いでボンベを吸って新鮮な空気を肺に含み、凛の唇に自分のそれを重ね空気を送り込む。
探索者になる時に傷の手当ての仕方や心肺蘇生法は習った。その時のことを思い出しながら、俺は凛に人工呼吸をする。
「起きろ、凛……!」
人工呼吸と心臓マッサージをくり返す。
そして何度目かの人工呼吸をすると、ゆっくりと凛が目を開ける。
「凛! 大丈夫か!?」
「せん、せい……」
凛は少しうつろな目で俺を見ると、右手で俺の頬を触る。
「初めて先生からキスして下さったのに……人工呼吸とは少し残念ですね……」
「お前、こんな時になにを……」
いつも通りずれたことを言う凛に、俺は苦笑する。
本当にこいつは……。
"はあ……よかった"
"凛ちゃん!"
"今回はさすがに焦った"
"良かったけどこれからどうするの?"
"確かに。もうダンジョン結構崩れてない?"
"来た道は塞がってるだろうし……マジで詰んでない?"
意識を取り戻した凛は、辺りを見て状況をなんとなく察すると、顔を曇らせる。
「すみません先生……私のせいで先生までダンジョンに残ることに……」
「なに言ってんだ。凛のおかげで魔物災害を止められたんだ。よくやったな」
「先生……っ」
凛は目元に浮かんだ涙を隠すように、俺の胸に頭を預ける。
俺はその背中を優しくなでる。
"いちゃいちゃしやがってw"
"凛ちゃん頑張った"
"めっちゃいいシーンだけど……脱出はできないの?"
"シャチケンは生き埋めになっても生きてそうだけど、凛ちゃんはそうはいかないよな"
"田中は確かに押し潰されてもピンピンしてそう"
"俺もっと田中の活躍見たいよ……"
「このようなところで死んでしまうのは悲しいですが……先生と一緒なら、私は寂しくないです」
凛は胸から顔を離すと、気丈にそう言う。
……ん? なにか勘違いしてないか?
「なに言ってるんだ凛。お前をこんなところで死なせるわけないだろう。こんな狭いとこさっさとおさらばして、俺たちの家に帰ろう」
「……へ?」
"へ?"
"ん?"
"まじで?"
"帰ってこいシャチケン!"
"帰れるの?"
"いやもう無理じゃない?"
"それでもシャチケンならやってくれる!"
どうやら凛も視聴者も帰れないと思っていたみたいだ。
確かに海の底の更に深い洞窟に生き埋めにされたら、普通は助からないと考えるか。
まあ確かに普段の俺だと、他の人間を連れてここから脱出するのは骨が折れるだろう。だけど今はあれが使える。
俺はネクタイに手をかけ、それを外す。
今の時刻は18時半。定時を超えてしまっている。
「斬業モード発動……安心しろ、一発で終わらせる」
残業は長引かせない主義だ。
とっとと退社るとしよう。




