第20話 斬業モード
斬業モード。
これこそが田中のとっておきであった。
体から噴き出る魔素は可視化できるほど濃密であり、その場にいる者だけでなく映像越しに見る者すら圧倒する。
"え!? 今まで力を抑えていたって……コト!?"
"いやいや、流石にそれは嘘やろ"
"でもなんかガチの戦闘民族みたいにオーラ出てますけど"
"超社畜人か"
"気弾打てそう"
"シャチケンはまだ変身を二回残している。この意味が分かるな?"
"やばすぎて草も生えない"
「3割……いや4割くらいは出しても平気そうか」
そう呟いた田中は歩いている途中で止まると、宙に浮いているルシフをジッと見つめる。
そしてぐっと足に力を込めると、突然その場から消える。
「……っ!!」
とっさにルシフは自分を覆う球状の結界を出現させる。
それは彼の魔法の技術の粋を結集して作った、超上級魔法。竜の吐息をも簡単に防ぐ代物だ。しかし、
「そこ」
突然目の前に現れた田中の拳により、いとも容易く砕かれてしまう。
高速で放たれたその拳は、結界を破りルシフの腹部に命中する。その凄まじい速度と威力を秘めた、拳は周りの空間を歪ませるほどであった。
"なんか空間歪んでて草"
"俺の画面がバグったのかと思ったわw"
"怪獣大戦争だろこれ"
"日本のサラリーマンって強いんだな(英語)"
"外人ニキ、誤解やで……"
"こんなんがそういてたまるか"
「が、あ……っ!?」
そしてそれをまともに食らってしまったルシフは嗚咽しながら吹き飛び、地面に激突する。
幾度も戦い、何度も強力な攻撃を食らったルシフであるが、これほどの痛みを覚えたのは初めてであった。
(なんて攻撃だ、内臓をやられたか……っ!?)
体の中に魔素を集中させ、ルシフは損傷した内臓を修復する。
彼もまた普通の生物とはかけ離れた力を持つ者であった。しかしそんな彼であっても、目の前に立つ男に勝てる光景は想像できなかった。
「貴様、何者だ……?」
「俺は通りすがりのサラリーマンだよ。ま、元だけどな」
「サラリーマン? その言葉は知らないが、この世界ではよほど強い存在なのであろうな」
「ああ、そうだ。最強だよ」
田中が剣を構えると、ルシフも漆黒の剣を生み出し構える。
彼我の実力の差は歴然に思える。しかし魔王としてのプライド、そして強者と戦いたいという欲求が戦闘を続行させる。
「嬉しいぞタナカ、血が滾る……っ!!」
ルシフは自分の周囲に無数の剣を出現させ、それを一斉に射出する。
そして自身も高速で田中に接近しながら、次の魔法を構築する。
「次元魔法、次戒封錠!」
突然田中の周囲の空間から鎖が出現し、田中のことを縛り上げる。
それは対象を空間に縛り付ける、拘束魔法の中でも最上位に位置する代物。ルシフのこの魔法で動きを封じることができなかった者は、今まで一人としていなかった。だが、
「ふんっ!」
田中は筋力のみでそれを破壊する。
そして向かってくる漆黒の剣を全て叩き切り、次にルシフを迎え撃つ。
「タナカァ!」
ルシフは体内の魔素を活性化させ、筋力を増強させる。
そこから放たれる剣撃は山をも両断する威力を持つが、田中はそれをギィン! と剣で受け止める。受け止めた衝撃で地面にヒビが入り、空間が歪むが田中の体幹は一切ぶれなかった。
「人間一個人がこれほどの力を……貴様、どれほどの修羅場をくぐり抜けた」
「月残業350時間を超えればこれくらい誰でもできるようになる」
"無理定期"
"死ぬわw"
"それ乗り越えても廃人になるだけなんだよなあ"
"なにって……残業してただけだが?"
"それがマジなのが凄い"
"よい子は真似すんなよ!"
"よい企業も真似するなよ"
田中は受け止めていた剣を弾くと、今度は鋭いキックを放ち、ルシフを吹き飛ばす。
地面を数度バウンドした後、体勢を立て直すルシフ。しかし何度も田中の重い攻撃をその身で受けていた彼の体力はかなり削れていた。
「ぜえ、ぜえ……いいだろう。貴様には私の全てを見せてやる」
そう言ったルシフの体が光り始める。
そして彼の漆黒の髪、服、そして翼が『純白』に変わっていく。頭上には天使の輪のような物まで浮かび彼の姿は魔王どころかまるで『天使』のようになる。
「『神魔逆転・熾天使モード。これが私の最終切札だ』




