冷凍チャーシュー10kg
料理好きの痩せた女性が大型スーパーで買い物をした。一袋に1キロ入っている冷凍チャーシューを5袋。四角い塊だ。まとめ買いである。このスーパーでは、そういう買い方をする人間が珍しくない。レジをスイスイ通って自転車に乗り、無表情で帰宅する。
決行予定は1週間後。遠い町から親戚が来る。その人がいなければ、本家の財産を独り占め出来るのだ。
犯行後床に置く予定のビニール袋とツルツルのチラシも用意した。四角いゴミ箱は硬くて重い木製である。
凶器として購入した冷凍チャーシューは、先月買った家庭用小型冷凍庫に保存する予定だ。小型冷凍庫には、2週間前に買った5キロ分の同じチャーシューも入っている。
氷が手に張り付かないように作業手袋も用意してある。犯行後の冷凍チャーシューは熱湯で解凍し、茹でこぼしたのち食べてしまえばよい。女性は大食いである。そしてその事実は家族しか知らない。家族は既に遠い町の親戚と本家の老当主だけである。
女性は目玉だけ動かして、いま買い物袋から取り出した冷凍チャーシューを見る。口元が裂けんばかりに醜く歪む。
ふふ
くふふ
ひひひ
くぐもった笑い声が安アパートの板間に響く。冷凍チャーシューは今月のセール品だ。もう少し買い置きを増やそうかと思案する。今日は麺も買ってきた。
犯行後の食事準備にはまだ少し早い。だが解凍から完食までの時間を計ってみるのもいいかもしれないと思ったのだ。
四角い豚バラの塊が茶色いチャーシューとなって調理台に横たわる。5キロといえばなかなかの質量だ。女性は4袋を小型冷凍庫に入れた。一袋はそのままにして、麺は冷蔵庫へ。
調理台で溶けて行くチャーシューを眺めながら、女性はコーヒーをゆっくりと楽しむ。昨日焼いた胡麻とチーズの入ったクッキーを齧り、ただでさえ細い目を三日月にして塊を見守る。
袋は結露を始め、やがて小さな水溜りを作る。スマホで遊んでいた女性は徐に立ち上がり、チャーシューに近づく。調理台に到達すると、色の薄い唇をキュッと引き締めて四角い塊を目だけで見下ろす。
女性は袋の上から押してみる。袋の下の水を拭き、マイクロファイバーのふきんを敷く。
それから満足そうに息を吐き、風呂の準備をしに行った。
次の夜、女性は包丁を取り出した。安い研磨道具でシュッシュと研ぐ。研ぎながら低くハミングする。古い外国曲の唱歌だ。子供の頃に習った歌だが、歌詞は全く覚えていない。
唸るような鼻歌まじりに常温解凍したチャーシューを切り分ける。彼女は厚めがお好みらしい。
その間に沸かした熱湯で、冷凍庫から取り出したばかりの一袋を溶かす。グラグラに煮立った湯はたちまち冷たくなった。痩せた女性は慌てることなく水を捨てる。
水を捨てながら、切り分けた解凍済みの厚切りチャーシューをつまむ。水を捨てた鍋には、代わりに電気ポットから熱湯を注ぐ。ポットには再び水を満たして沸かしておく。
女性は別の鍋にも湯を沸かし、麺を茹でた。茹でながらも一切れ二切れと口に運ぶ。食器も用意した。スープはインスタントだ。麺についてきた小袋からどんぶりにあける。
いさん
いさん
たいきん
ごうてい
モゴモゴと唱えながら女性はインスタントスープをお湯でとく。ポットから一筋の熱湯がジャーっと音を立てて落ちて行く。味噌味スープの優しい香りが痩せた女性の鼻腔をくすぐる。つまみ食いで既に1キロは女性の胃袋に消えた。
女性は骨張った長い指で金属製の菜箸を操り、どんぶりに麺をそっと入れる。その上に次々とチャーシューを盛る。つまみ食いしながら盛る。最後にニンマリ笑ってテーブルへと運んだ。
女性はスマホで料理動画を観ながらラーメンをすする。
あ
ふと呟いて席を立つ。冷凍庫から1キロ袋を2つ取り出した。ひとつは新しいマイクロファイバーふきんの上に。もうひとつはトレーに載せて冷蔵庫へ。
ひひ
短く笑って頷くと、テーブルに戻ってラーメンを平らげる。次の日も平らげる。冷蔵庫解凍分、熱湯と常温とを今日も分厚くスライスして小皿に積む。それぞれ順番に齧り、その度に少し考えるような素振りで動きを止める。
たいきん
たいきん
ごうてい
いさん
くくく
くく
く
とうとう1週間が経った。夕方には件の親戚がやってくる。のこのこ呑気に手土産など提げて。
午前中、痩せた女性は大型スーパーに自転車を走らせる。小型冷凍庫は空っぽだ。冷蔵庫に付属している冷凍室には作り置き惣菜やアイスや氷などが入っている。肉の塊は無い。
冷凍チャーシュー売り場の前で痩せた女性が立ち尽くす。大型スーパーの冷凍ボックスには、トゲトゲに装飾されラミネートされたポップが踊る。
冷凍チャーシュー
売り切れ御礼
次回入荷未定
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