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6 気づかなければ、よかった


 お風呂から上がると──。

 ハンバーグが出来上がるまで、常夏の部屋で宿題をして待つことになった。


「翔太が来るってわかってたら片付けたんだけどなー」

「十分綺麗だろ。壁に穴も開いてないし、何よりこのベッド! ふっかふかでやべー! お前、毎日こんないいもん使って寝てるのかよ!」


「とりゃあ!」

「ちょっ、バカ! ……あ、う……」


 一瞬の油断が命取り──。

 ふかふかベッドの上でヘッドロックをカマされてしまった。


 必死にタップをすると、落ちる寸前で解いてくれてそのまま何故か常夏に腕枕をされていた。


「お、おい。なにしてんだよお前」

「かわいい弟くんとお昼寝しようかなーっと思って! ほら、お姉ちゃんに甘えていいんだよ?」

「それ、まだ続いてたのかよ。俺はお前の弟じゃねえ! お兄ちゃんって呼べ! ……でも、少しくらいお昼寝するのも悪くないかもな」


 体が沈むような初めての感覚。

 俺ん家の布団とは大違いのふかふかベッドは、あまりにも心地が良過ぎた。


「いいこいいこ。弟くんはいつもがんばっててえらいね!」

「おい、頭撫でるのやめろ」


 とは言うものの、お風呂上がりなのも相まって、ふかふかベッドの誘惑に負けてしまうのは仕方のないことだった。

 

「……二学期ももうじき終わっちゃうね」


 眠りに就く寸前、常夏が寂しそうに言っていたような……気がした。







 ☆ ☆ ☆


「翔太起きて! ねえねえ起きて!」

「ちょ、痛いからやめろ……」


 常夏から叩き起こされると、一時間ほど経っていた。


「大変なの! ママがね、宿題終わってないなら夕飯はなしだって言うの! 翔太! 早く宿題やって!」


 おいおいまじかよ……。とは思うも、今日の宿題は俺の得意な算数だった。


 で、時間がないから二人で半分ずつやって、終わったら互いのを写すことにしたのだが……。


「おい、どうして7×8が52になるんだよ。お前は本当にバカだな。二年生に戻って九九からやり直せ!」

「う、うるさいわね! 54でしょ! ちょっと書き間違えただけじゃない!」

 

 いや、56なんだが……。こいつがやった宿題を写したら大惨事だ。


「常夏はもうなにもするな! 俺がやった宿題を写すだけでいいから、じっとしてろ!」


「うんわかった! じゃあ早くやって!」


 あれ。常夏にしてはやけに素直に引き下がったな。…………いや、そうかこいつ! 宿題を自分でやらずに済んでラッキーて思ってやがるんだな!


 ……まぁいいか。もとよりこいつが解いた問題は写せないからな。


 

 しかし常夏は五分と経たずに──。

 

「ねえ、まだ終わらないのー? 早くベッド行こうよ! プロレスごっこするよ!」


 おいおい。宿題が終わったら夕飯じゃなかったのかよ……。本当にこいつ、プロレス好きだよな。


「わかったから黙ってろ! とにかく宿題を終わらせるのが先だ!」


 なんだかやっぱり、今日はこいつのペースにまんまとハメられている気がする。それなのに不思議と悪い気はしないのだから、おかしな話だ。


 それどころか……楽しいとさえ思ってしまっている。


 宿敵であるはずなのに、こんな時間がずっと続けばいいなって。思ってしまったんだ──。









 ☆ ☆

 

 今にして思えば──。

 このとき俺は、自分が常夏のことを好きだと気づいてしまったのかもしれない。


 今まで意識をして来なかっただけで、学校に行けば当たり前に顔を合わせて、喧嘩をして、啀み合って──。そんな毎日が楽しくて、毎朝遠足気分で学校に向かっていた。


 そうして──。いつの間にか常夏は、俺にとってかけがえのない存在になっていた。




 もしこのとき、自分の気持ちに気づいていなかったのなら──。


 別れの日にあんなに泣くことも、出来もしない再会を誓うこともなかったはずだ。


 六年後に後悔をすることも、きっと──。なかったはずなんだ。

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