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2 俺は三年二組のボス『瞬足の翔太』だ!(後編)

 超特大のくしゃみとともに、常夏の口から出してはいけないものが俺の目前を襲った──。


 とっさのことにパーの手でガードをする俺、

 対して常夏は最初はグーのまま──。

 

 俺と常夏は互いの手を見やり、声を合わせた。


  「「あ」」


 グーとパー。俺の勝ちだった。


 自分がパーを出していることにも驚きだが、それ以上にこいつがグーを出していることに驚かされた。


 常夏の瞳はあっという間にうるうると潤いに満たされていった。


「こ、これは、ちがっ──」


 常夏はそこまで言い掛けてやめてしまった。

 しゅんとして、握った拳を見つめていた。


 良くも悪くもこいつは真っ直ぐな女だ。結果に文句を付けるような真似はしない。


 でも、そうじゃないんだよな。


「わかってるから安心しろ。これはグーパンのグーじゃなくて、ハックションのグーだろ? 同じグーでも違うグーだ。まっ、グーを出してくれてサンキューな! おかげで勝てたよ」


「……バカ翔太」


 ったく。柄にもなくしおらしくなりやがって。


 勝ち負けよりもグーパンのグーを出してしまった自分が許せないんだよな。

 その真っ直ぐさには、敵ながらに美しいとは思うぜ。俺にはない誠実さってやつだからな。


 勝ち負けよりも、己の信念を貫く。馬鹿だけど、格好いいよ。お前。

 

 だから、ここから先はあれだ。瞬足の翔太は一時中断だ。

 

「(俺の席にプリンあるだろ? 半分やるよ。バレないように食えよ)」

「(え? いいの? なんで?)」

「(こんな勝ち方しても嬉しくねえんだよ。瞬速の翔太を舐めんなよ)」

「(あはは。バカじゃん! 瞬速ってなに? 本当に翔太ってバカじゃん!)」

「(うるせーよ。まぁ、そういうことだから。見つかんないように食えよ)」


「(借りだなんて思わないからね。じゅるり)」

「(ああ、いいよ。それで)」

「(ふんっ。……ありがとう。じゅるり)」

「(お、おう)」


 まっ。これにて一件落着。……とは、ならなかった。

 俺と常夏を他所に、教室内は異様な空気に包まれていた。


 「ちょっと待ちなさいよ! あんたそれでも男なの?」

 「この男サイテー! 女心をまるでわかってないわ!」

 「少し脚が速いからってなんなのよ。調子に乗るんじゃないわよ! このチビ! やり直しよ! こんなの認められないわ!」


 女子たちからの物言いが入っていた。


 「いい加減にしろよ女子! 都合の良い時だけ男扱いしやがって!」

 「翔太! 早く食っちまえ! 聞く耳持つな!」

 「僕のそろばんが示している。女子どもはクソッタレだってね!」

 

 それに対し、男子たちも負けじと反論をする。


 戦いの仕切り直しを求める女子派閥と、

 もういい早く食っちまえの男子派閥。


 とはいえ、常夏は再戦なんて望まない。

 仮に再戦になったとしても、グーを封じられているこいつとのジャンケンで負けることはない。だから何回でも受けて立つのだが、ちょっともう無理っぽい。


 気づいたら俺と女子を阻むように、男子たちが人間バリケードを作っていた。

 今までは啀み合うだけだった。でもこれは男子の全総力を挙げての、全面抗争の構え──。


 「翔太、早く食べちまえ!」

 「ここは任せて先に食え!」

 「僕のそろばんはエクスカリバーよりも計算に優れているんだぞ! すごいんだぞ!」


 「ちょっと男子! どこ触ってるのよ! そこを通しなさいよ!」

 「こんなことしてただで済むと思ってるの? あんたらの毛という毛を全部刈り取るわよ!」

 「どきなさいよ! キャッ。スカートがめくれたわ! おまわりさぁーん! おさわりまんはここでーす!」


 まずいことになったな。

 ここでプリンを食べたら、もう後には引けなくなるぞ。

 この場を乗り切ったとしても、おそらく何かしらの形で仕返しをされる。


 三年二組の女子たちは男子を明らかに下に見ているからな。

 言うなればこれは、男子からの下克上。


 とはいえ今日まで散々虐げれてきたからな。お前らがムキになる気持ちもわかる。だが、俺たちでは常夏には勝てないんだよ。


 ジャンケンで勝ったからといって、そのことを忘れてしまってはだめだ。


 しかし、みんなの気持ちを考えるとプリンを食べないわけにはいかない。

 俺が男子たちの光輝く一等星であり続けるためには、この場でプリンを食べることが必要不可欠。


 おい常夏、場を収められるのはお前だけだぞ……。

 早く戻ってこいよ。やり直しなんて望んでいないとお前が言えば、とりあえず場は収まるんだからよ。


 いったいどこまでプリンを食べに行ってしまったのか。

 どこかで隠れてこっそり食っているのだとは思うけど……。頼むから早く戻ってきてくれよ……。


 「しょ、翔太早く! もう限界だ!」

 「頼む翔太、食べてくれ!」

 「や、やめてよ! 僕のそろばんが壊れちゃう! お願いやめて! これは命よりも大切なものなんだ!」


 だめだ。タイムオーバーだな。バリケードが壊れる。


 俺は瞬足の翔太だ。こいつらにとって光り輝く一等星。カシオペア──。


「おうよ! お前らの気持ち、確かに受け取った!」


 俺は教壇の上に立ち、勢いよくプリンの蓋を取った。

 皆んなに見えるようにスプーンをグサりと刺し、口の中へと頬張る──。


「うんめぇぇええ!! 勝利の味がしやがるぞ!! なんだこれ! まじで超うめぇぇぇえええ!」


 「よぉ~お! さすが翔太!」

 「いい食いっぷりだぜ! なぁなぁ見てるかぁ? 女子ども! 今どんな気持ち? ねえねえどんな気持ち? 男子に負けちゃってどんな気持ち?」

 「さぁさぁみんな! そろばん交響曲、第五番を奏でよう! 僕と一緒に勝利のシンフォニーを翔太くんとともに!」


 俺は瞬足の翔太。皆の希望の光で在らなければならない男。


 失われた男子の威厳を背負いし、カシオペア──。



  ☆ ☆ ☆


 「はぁ。男って本当に馬鹿な生き物よね」

 「そうよそうよ。このままで済むと思っているお気楽な脳みそはどこ譲りかしら」


 「思ったんだけどぉ、そろばん持ってる奴うざくなーい? とりあえず見せしめにさ、生意気なあの男をわからせるってのはどぉ〜お?」


   「「「さんせーい!」」」


 「わからせれっつごー!」



 ☆ ☆ ☆


 翌朝、ブリーフとそろばんが無残にも教室のベランダに干されていた。


 そこから先は血で血を洗う女子との攻防戦。


 かくして、男子と女子の終わりなき戦争は幕を開けた──。





 ☆ ☆ ☆


 ちなみに常夏に半分って約束で譲ったプリンは全部食べられてしまった。


「いや〜! プリンって美味しいよね! あとひと口、あとひと口って思ってたらなくなっちゃったの! だからね、わたしのプリンを半分残して翔太にあげようと思ったの! でもね、そこで大事件が発生して! ねえねえ、どうなったと思う?」


「あとひと口、あとひと口ってなって、それすらも全部食っちまったんだろ?」


「あはは! だいせいかーい!」

「ったく。食いしん坊が!」

「食いしん坊言うな! ってことで、来月の給食プリンの日に必ず半分返すから、それでチャラってことでいい?」


 それは、戦争が本格化する前にした約束。

 

 でも──。

 プリンを半分こする未来は訪れなかった。


 本格化する戦争を前に、俺と常夏はいがみ合ってしまうから。

 戦争ってやつは、あまっちょろいことを言ってられるほど、ヤワなものじゃなかったんだ。






 ☆ ☆ ☆


 俺にとって、忘れられない一年間が始まった。


 このときもし、戦争を止めることができていたのなら──……。


 こんなにも常夏を好きになることはなかったと思う。


 たとえ喧嘩をしていても、殴り合っていたとしても、

 二人で過ごす時間が増えれば増えるほどに、俺は常夏に惹かれていった。


 瞬足の翔太は、取り返しがつかないくらいに──常夏花火のことが大好きになっちまうんだ。




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