4 未来への約束①
いろいろあったけど――。三人で電車に揺られていた。
佳純と綾瀬はビンタし合ったのが嘘みたいに、すっかり仲良く会話している。
それはもう俺が入る隙間なんて一ミリもないくらいに。
「髪、可愛いね! どうやって結んでるの?」
「これ? ゴム一本でぐるぐるですよー」
「ぐるぐるって、ぐるぐる?」
「そーです! ぐるぐるして、ぐるぐるぐるーです!」
「やだ可愛い! ほんとセンスあるじゃん!」
「えへへ。お姉さんに褒められた! わぁーい!」
お姉さんは違うんだよな……。そう心で突っ込みながらも、さっきのビンタが脳裏をかすめる。
と、そのとき佳純がふいにこっちへ振ってきた。
「ねぇねぇ、翔太くんってさ、彼女いたことあるの?」
「はぁ?! な、なんで急に俺?!」
「きゃー赤くなってるー! これたぶん居たときない童貞のやつだよー、やったね綾瀬さん!」
「わぁーい! ……って! ななな、なんのことかにゃ?!」
……おま、マジでふざけんなよ?!
わかりきったこと聞いておちょくるとか、鬼畜の所業だろ!
綾瀬は案の定、さっきのことを告白だなんてこれっぽっちも思ってない。
その無邪気さに、少しだけ胸がきゅっとなる。
つーか……。
お前にはいるんだよな。……彼氏。
胸の奥にざらつくものが広がった、その瞬間。
「あっ! 北高ってことはさ、花火ちゃんもだけど、イツダ――」
「ねえねえそんなことよりさ、番号交換しようよ!」
「あっ、するするー! したいですー!」
なんだよ、今の? 絶対に話を逸らしただろ?
五球瑠偉の名前を出させなかった。……俺がいるから面倒ってか?
これはあれか、このまま、なあなあにされるやつだな。
って。なあなあってなんだよ。俺になんの権利があるんだよ。……なにもねぇだろ。……バカが。
そんなこんなで、綾瀬とは電車の乗り換えで別れた。
別れ際に番号交換をしたんだけど……当然、俺はスマホなんて持ってない。
結局、佳純の提案で自宅の固定電話を教えることになった。……連絡網かっての。
んで。佳純は俺と同じ方向だって言うから、そのまま一緒に電車に揺られることになった。
聞きたいことも、話したいことも山ほどあるはずなのに。結局、なにも言えないまま、駅だけが過ぎていく。
佳純はスマホを触るわけでもなく、外の景色をぼんやり眺めていた。
その横顔を盗み見ることすら、なんだかためらわれた。
沈黙。
けど、そこに気まずさはなく、あるのはただの当たり前だった。……昔から変わらない。こいつとは。
そのせいか、あっという間に時間は過ぎ、気づけば俺の最寄り駅についていた。
「じゃあ、俺。ここだから」
結局、なにも聞けなかった。
期待していなかったと言えば嘘になる。
ここまで帰り道が一緒だったんだ。でも手を振られて「じゃあね」って言われてしまった。
少しの後悔と、染みついた諦めを抱えながら、電車を降りる。
振り返る気にはなれなかった。……たぶん見せられる顔じゃない。
「……五球瑠偉、か」
気づけば、その名前を口にしていた。
「ん? なんて?」
「うっわああああ! おま、なんで?!」
「背中から哀愁が漂ってたから? とか言ってみる?」
「ば、ばっかやろー!」
「あはっ。じゃ、いこっか」
「おう。……って、どこに?」
「いいからいいからいくよー」
家に帰るはずが、気づけば佳純の背中を追っていた。
改札を抜けると、駅前には文具屋があって、その前には古びたガチャポンがずらりと並んでいる。
「わっ! 懐かしい~! まだあるんだね~」
「お、おう」
胸の奥で時間の流れを感じる。
あれからもう四年が経っていた。小六の春休み。鹿児島を離れるときにお前も一緒についてきてさ、このへんで遊んだよな。
そんなことを思いながら、ガチャポンを覗き込む後ろ姿を見ていると、彼女は振り返ってこちらを見上げた。
「根暗」
「な?!」
俺の驚く顔を見るなり、にやりと笑って。
「陰キャ」
「お、お前な!」
そう言ってガチャを一回まわし、立ち上がると――。
「オタク君さぁ、なにか聞きたいことあるんじゃないの~?」
言いながら、佳純はガチャから出た不細工な猫のキーホルダーを渡してきた。見るからに外れガチャ。
ていうか、このしゃべり方は、五球瑠偉のときの……。
「……彼氏、できたんだな」
「はい。よく言えました!」
なんだよ、それ。
あまりのふざけた態度に、言葉が続けて出る。
「まみちゃんって、誰だよ?!」
「あははっ! ほんとうけるよね!」
はぁ? なんなんだよ、まじで……。
「ここ、笑うとこじゃねーから」
「ん? ひょっとして妬いてるの~?」
そのセリフも聞いた。何度も聞いた。五球瑠偉がいたときに。……ふざけやがって。
「かもな」
もう、なんとでも言え。
「君ってさ、謎に独占欲だけはあるよね?」
「は、はぁ?」
「その感じ、初めてじゃないからね? もしかして自覚なかった?」
「べ、べつに……」
お前が剛場と一緒にいるときも、似たような感情が胸を刺した。けど、あの時と今とじゃまるで違う。
すると、不意に佳純の笑顔が消えた。
「すぐ、どもるようになちゃったね」
それは、今の俺にとって何よりも突かれたくない言葉だった。
目の前にいるのに、まるで硝子越しに見ているみたいに遠くなった。
「べ、べつに。そんなんじゃ、ねーよ」
否定しても、それさえも噛んでしまう。余計にみっともなく響くだけ――。
そんな俺の姿を優しく見つめる彼女の目が、かえって俺をみじめにさせる。
「ねぇ知ってる? 一人しか選べないんだよ?」
一言一言が胸を貫き、息が詰まる。
今も昔も――。選ぶ立場になんてないはずなのに、当たり前のように聞いてくる。
「ど、どういう意味だよ……」
「そのままの意味だよ?」
真っすぐな視線が、ただただ痛い。
「あっ、でも。取っ替え引っ替えするなら、話は別かな? 君にそんなことする根性があればの話だけど」
「なにいってるか、意味わかんねえ……」
「嘘。本当はわかってるくせに」
……わからない。わかるわけが、ねえ。
「……だってお前、彼氏いるじゃん」
「え? あー……その話、まだ続いてたんだ?」
は? なんだよ、それ……。
さっきからなんなんだよ?! からかうにしても、こんなのは、あんまりだろ?!
「ふっざけんな! なんなんだよその言い方?! おかしいだろうが!!」
「あーらら……怒っちゃった。ていうか、やっとちゃんと怒れたね? たいへんよくできました」
「はぁ? おまっ、それ――」
佳純は両手でタイムの形を作り、わざとらしく間を置いた。
考え込むように首をかしげたかと思うと、不意に俺の唇へ人差し指を当ててきた。
「好きだよ。だが、この想いは秘匿すべき真実。僕と君だけの封印だ」
「な、何いってんだよお前?!」
再び両手でタイムのポーズ。
今度はわざと大げさに間を取って、またも考える素振りを見せると――。
「ってことで、まぁ、彼のことは一旦置いといて」
な、なんでだよ……。
どうしてここまでふざけ倒せるんだ、この女は……?
「置いとけるわけ、ないだろ? あいつは常夏の隣にいる男なんだよ。それで今度はお前の彼氏だって言うんだから……」
「ああね。あぁ。そうなんだ。常夏花火の隣に……。それもまぁ、そっか」
「なんでそんなに他人事なんだよ?! お前の彼氏なんだろ?! どういう付き合い方したらそうなるんだよ?!」
「……うーん。それを聞かれちゃうと、困るなぁ……。もうさ、言葉じゃなにを言っても足らないから、やることやっちゃおっか?」
「……は?」




