2ー②
すると突然――。
「――――――――ッ?!」
前髪をばっとかきあげられ、同時に眼鏡も取られてしまった。
相手は盗撮されてしまったであろう、四人組女子高生のひとりだった。
そして、俺の顔を見るや否や、
「やっぱり思ったとおりっ!」
その言葉が激しく胸をえぐる。
まるで俺の顔が盗撮魔だと言っているようで、言葉にすらならない。
「わあ! よく見たら北高だし!」
はは。もう、どうにでもなれよ……。
思えば俺の毎日は、薄っぺらい皮一枚でギリギリぶら下がっているようなものだった。
遠くからただ――。
常夏を眺めるためだけに、どんな理不尽をも受け入れてきた。
そんな日常が手のひらから零れ落ちていく瞬間になって、ようやく気づいてしまった。
無価値だったことに――。
守りたいものなんて、とっくに失くしていたんだ。……俺には、なにもない。
腐っていたのは世の中じゃなくて、俺のほうだった。
答えを見つけたところで、耳障りな声が届いた。
「北央高の坊ちゃんが盗撮かよ! やっちまったなあ?! ああ?!」
これみよがしに、私刑気取りの言葉が畳みかけてくる。
進学校のエリート様が転げ落ちるさまは、見ていて愉快ってか?
残念ながら俺は落ちこぼれだ。お前が喜ぶようなことには一切ならねえよ。……バーカ。
「……ははっ」
じゃあ、俺の勝ちかな。なんて思った、そのとき――。
ふいに両手で頬をパチンと挟まれた。
「ねえっ! 撮ってないんだからスマホ見せちゃいなよ? こういうときはね、変な意地張らないでぱっぱと終わらせるのが正解!」
言いながら眼鏡を俺の顔に戻してくる。
その声には皮肉も敵意もなく、まるで救いの手を差し伸べるようだった。
本来なら責められる立場の俺を、なぜか守ろうとしてくれている気さえした。
だからなのか――。
「……持ってなくて」
「ん? なんて?」
「スマホ、持ってないんです……」
「んんんん????」
すると彼女は、両手で俺の耳を包み込むようにして、こそこそと囁いてきた。
「(誰にも言わないから言ってみ? アルバムに見られたら困る写真でもあるの? お、男の子は仕方ないって聞くし、それよりもこのままじゃまずいよ! ねっ? わかるよね?)」
言い終えると、今度は自分の耳に手をあてながら、俺の口元へ顔を寄せてきた。まるで次は俺の番だと言わんばかりに。
「(本当に持ってないんです。全身くまなく探してもらっても構いません)」
彼女は目をまん丸にして、ぽかんと俺を見た。
ちょうどそのとき、電車のドアが開いた。
すると私刑気取りが、一歩前に出て肩をいからせた。
「そいつ駅員に突き出してやるからよ。文句ねえな?」
「ちょっと待っててください」
「待つって、なんでだよ?」
「撮られたのはわたしなんですよ? そのわたしが待つって言ったら、待つの!」
私刑は「は?」と目を白黒させるが、彼女はさらに畳みかける。
「わかったら返事!」
「お、おうよ……」
独特の雰囲気をまとっている。中学の頃、クラスメイトに似たような雰囲気の子がいた。
どこの学校にもいるのだろう。いわゆるカースト上位、一軍女子ってやつだ。
しかもこの子はきっと、学年カーストにおいても上位に君臨する、ワールドクラスの一軍女子だ。
整った身なりが女子力の高さを際立たせている。爪先は綺麗に塗られたネイルで飾られ、耳にはきらりと光るピアス。そして、柔軟剤とは違う甘美な香りが鼻をくすぐった。
俺が通う進学校ではまず見かけない種類の子だった。
彼女は少し黙り込み、なにか考える素振りを見せる。
俺は思わず固唾をのんだ。
すると友達のひとりが駆け寄ってきて、
「どしたん話聞こか~? なーんつって」
「みーちゃんは黙ってて!」
「あ、はい……」
いったい、なにが始まるのかと思った次の瞬間――。
ドアが閉まるのと同時に、彼女は俺の手を引いてホームへ飛び出してしまった?!
取り残された私刑が、車内からガラス越しに手をドンドンと荒々しく叩きつけている。
「ぷっ……あははっ!」
「笑ったらまずいって! バレたらやばいですよ!」
そう言いながらも俺も肩が震えて、結局ふたりして吹き出した。
互いの肩が小さく揺れて、笑い声が重なる。
ほんの数秒のことなのに、長い長い解放感に包まれた。
ひとしきり笑い終わると――。
ふっと静けさが戻り、残るのは心臓の早鐘と、まだつながったままの手の感触だった。




