1ー③
「まみちゃん! ここは僕に任せて先に行くんだ!」
「え~? 置いてっちゃうの~? でもルイ君がそう言うなら、しょうがないかぁ……」
本当によくできた娘だ。ここで食い下がらないのだから、情況がよく見えている。
「じゃあまみちゃん、あとでメッセージ送るから」
「うん。ルイ君、無事で居てね……!」
ふっと口元を和らげると、シェダルは軽く手を振って、駅のほうへと歩き出した。……その後ろ姿からは、僕の初めてを二つも奪った罪の意識等、微塵も感じられなかった。
事のついでに、狩られてしまったのだな。
それはまるで、道端の小石を気まぐれに蹴り飛ばすようなもの。
揺れる心を押し隠しながら、彼女の背中が見えなくなるまで、厨二病疾患者共の前に立ちはだかってみせた。
「隙がない。さすがは五球瑠偉でござる。相手にとって不足はない」
「いつだまくんってギャル派だったんだぁ~もっと硬派な男だと思っていたよ」
ここで僕が潰れれば、君を守れない。
明日の校内新聞の一面が【五球瑠偉、他校のギャルと熱愛】ともなれば、御方親衛隊の逆鱗に触れ、校内での僕の地位はたちまち地に落ち、自由が利かなくなる。
それは困る。
双星の二天一流はどちらか片方が欠けても成立しない。
と、なれば僕の取る行動は決まっている。
君を守れるのなら、この世に現存するすべての対価は無に等しい。
「今、ここで見たことを忘れると言うのなら、甘んじてパンチの雨を受け入れよう。謝罪を望むのなら、百に渡り地面に頭を打ちつけよう。さぁ、君たちはなにを望む? 両方と言うのなら、それも受け入れよう」
「げ、外道が! なぜ、なぜおまえみたいな男を御方が御認めになったのかあああ! お前を殴っても、お前に謝られても、御方の傷付いた心は戻ってこないでござる!」
「やれやれ。もて男は辛いねえ、いつだまくん?」
「ささささいていでううすううう! こ、こ、こんなたらし野郎だったなんてえ」
「きょ、巨乳ギャルと……巨乳清楚系……二股……また、ふた……さ、さん、三人でいいいいったい……」
概ね予想通りの反応だが、若干一名。様子がおかしいのが混じっているな。
とはいえ弥彦丸が同席しているのは、不幸中の幸いだったな。
「大前提として、僕は常夏花火とは付き合っていない。これはまみちゃんに誓って本当だし、明日常夏本人に確かめてもらっても構わない」
「そんなことはどうでもいいでござる! 御方の気持ちはどうなる?! この垂らしがぁぁあああ!」
……はぁ。願望を押し付けられても困る。
尻に敷かれるだけの、決定権のない彼氏。その理想像が僕なのだろう。
まったく、御方親衛隊とは名ばかりの集団だな。
「しゅ、主従関係が成立していると言うのですか!さ、さ、さ、、さ、、、、、、、ぴ――――――――――――」
中学生はいいかげん、黙っていようか。
「そもそも僕と常夏花火はそういう間柄にはないんだよ。君らにだから言うが、彼女には心に決めた相手がいる。誰一人として、入り込む余地なんてないよ」
「……抜かせ。念のために聞いてやるでござる。その相手と言うのは?」
「僕なんかでは到底敵わない、人類史上、最高の男だよ」
「笑わせるな! 御方がそこまでほれ込む男などいるものか!」
まったく、都合のいい幻想を抱く脳みそだ。あの女が乙な人たちと言うのも納得できる。
……だが、お前は違うよな?
弥彦丸が銀次の肩に手を置いた。
「ほら行くぞ」
「まだ話は終わっていないでござる」
「終わったよ。この男はギャルに御執心だ。邪魔してやるな」
「しかし御方の心は……」
「もう、夢を見る時間は終わりだ」
その一言で、銀次の膝から力が抜けた。
崩れ落ちた彼を支えるように、弥彦丸が肩を差し出す。
二人はそのまま、駅へ向かって歩き出した。
僕は声を張る。
「おい、弥彦丸! お前の《《永遠》》は見つかったか?」
「馬鹿言えよ」
振り返らず背中越しに返ってきた声は短く、だが揺るぎなかった。
翔太くん。君の地味偽装は完璧だよ。
今日まで、僕が気づけなかった。
君自身でさえも偽装という事実を忘れていることがなによりも大きいのだろうな。
シェダル。君は確かな意思を持って、ここに来た。
運命の算盤は動き出したよ。
僕たちは今日、出会えた。
これは、偶然にして必然なのだろう。
今はただ、この出会いに感謝を――。
とはいえ僕はまだ、翔太くんに認知されてはいけない。
きっと君は、いまの姿を見られたくはないだろうからね。
だが、それに関しては恐らくシェダルが導いてくれるだろう。
翔太くん、君に足りないのは自信だ。あとは自分を受け入れること。このふたつだけでいいんだよ。それだけで、世界は変わる。
他のだれがなんと言おうと、知ったことじゃない。……早く、昔みたいに君と笑いあいたいよ。
そして僕のやるべきことは、ひとつ。
常夏花火の再生だ。
今のまま翔太くんと再会を果たしてもきっとロクなことにはならない。
地下にでも閉じ込めてしまいそうで、怖いからね。
とりあえず――。
ポテチを取り上げるところから、始めてみるか。
これはなかなかに、骨が折れそうだ――。
モード算盤。フルバーストは避けられないだろうな。
そして僕はまた、ひとりか。
チーム生徒会は実質、今日で崩壊したと言ってもいい。
「……す、すみません会長。疑ってしまって」
雨宮は肩をすくめ、小さく縮こまるように視線を落とした。
唇を噛み、両手をぎゅっと胸の前で握りしめている。
その震えは、忠誠心とは別の感情――。
彼女の恋心を知ってしまった今、適切な距離を取る必要がある。
「いいよ。今日はもう帰りなさい」
「あ、え……で、でも、じ、じろうさん」
首を横に振る。
「ああは言ったけど、あれでまみちゃんは甘えん坊でね。きっと僕のことを待っている。頭を撫でに行ってあげないと」
肩が小さく震えた。視線は揺れ、言葉を探すように唇がわずかに開いては閉じる。
それでもやがて、息を吐き出すように小さく頷いた。
「……わかりました」
かすれた声を残し、駅へと歩き出した。
すまないな、雨宮。
僕の心はもう、翔太くんで満たされているんだ
「こ、こ、これから! な、ななんあなにをするんですか?」
この中学生はもう、だめだな。頭、真っピンク。
勉強もできて、顔立ちも整っている。しかも家は老舗和菓子の名家だ。
貴様、いったいどこで間違えた?
僕ではもう、君を導ける気がしないよ。
なによりギャルを彼女に持つ僕を目の敵にしているのが、ひしひし伝わる。
隠し切れない敵意ほど、愚かなものはない。
だから、ここまでだ。
「なにって、お子様はここから先は立ち入り禁止だよ。早く帰ってママのミルクでも飲んでいなさい」
「くぅ……うううううう」
僕に敵意を向ける者に、下手な優しさは必要ない。
「…………ふぅ。空は、青いな」
君を見つけた代償としては、あまりにも安すぎる。
こんなのなんともない。……へっちゃらさ。
頭上には夏の陽を弾き返すような蒼穹が広がり、白い雲がひとつ、ゆっくりと流れていく。
校庭のざわめきも、遠くの蝉の声も、今の僕には届かない。
――寂しくなるな。




