1 俺は三年二組のボス『瞬足の翔太』だ!(前編)
ここからは小学生時代のお話となります。
「「「せんせーさよーなら!」」」
「道草せずに真っ直ぐ帰るんだぞー!」
「「「はーい!」」」
帰りの会が終わると下校の時間。
しかし俺は自分の席で腕を組み、ふんぞり返っていた。
「ヘイヘイ翔太さん、どうします? 女子たちがチラチラこっち見てますよ?」
「昼休みの女子たちの悔しそうな顔ったらなかったよな! もう一発お見舞いしてやろうぜ!」
「僕、今日はそろばん塾の日なんだけど! やるなら早くしてくれるかな?」
そんな俺の周りをクラスの男子たちが囲っている。
「まぁ慌てんな。ここは勝者の余裕ってやつを見せつけてやらねえとな。敗北者に構ってやるほど、俺らは暇じゃねえだろ?」
「よく言った翔太! 俺たちはもう、昨日までの俺たちじゃない!」
「いっけね~忘れてた! 今日はあいつら敗北者だったよな!」
「そろばん塾に行かないとだから、僕は暇じゃないよ?」
☆ ☆ ☆
──勝者と敗者。
三年二組の男子と女子は終わりなき戦争の真っ只中にあった。
一学期に勃発した争いは、二学期になっても勢いは衰えることを知らず、日に日にヒートアップの一途を辿っていた。
きっかけは些細なこと──。
ひとつ余った給食のプリンを賭けたジャンケン大会。
俺は運良く決勝の舞台へと上がり、あと一勝でプリンを手中に収めるところまで来ていた。
しかしそれは相手とて同じこと。
そいつは女子で名前は常夏 花火。
プロレスが大好きなオテンバ娘だ。男勝りで破天荒。そして傍若無人。
プロレスごっこをさせたらクラスで1番の強さを誇り、男子をも圧倒した。さしずめ女子のリーダー的存在だ。
かくいう俺も、駆けっこをさせたらクラスで1番の速さを誇った。『瞬足の翔太』の二つ名を我がものとし、男子のリーダー的存在としてクラスに君臨していた。
そんな二人が決勝の舞台で顔を合わせるともなれば、
単なるプリンを賭けたジャンケンでは収まらない。
「やれ! やっちまえ翔太!」
「その女に敗北の味を植え付けてやれ! 絶望に満ちた顔をおかずに、みんなで昼飯を食おうぜ!」
「僕のそろばんが示している。プリンの神様が微笑むのは翔太くんってね!」
「花火ちゃんがんばってー! それから男子は黙れー!」
「ほんと男子って野蛮。こっち向いて喋らないでくれる? 汚らわしいわ!」
「ちょっと男子! ちゃんと歯磨きしてるの? 息くさくて吐きそうなんだけど?」
もはやプリンは二の次。男子の威厳を賭けた戦いへとすり替わっていた。
第二次成長期前の男子とは男子であって男子にあらず。
平均身長は女子よりも低く、さらにはプロレスごっこで女子に負けるともなれば、もはや男としての威厳は失われていた。
その元凶とも言える女、常夏 花火。
健康的で肉付きの良い太ももにスラリと伸びた脚。本来であれば美脚として男子から持て囃されそうなものだが、こいつの脚はドロップキックを放つ。
加えて、絞め技の切れ味も抜群だ。
十八番のヘッドロックは意識を狩る事だけに長け、男たちを幾度となく天へと召した。
ゆえに、たかだかジャンケン。されどジャンケン──。
常夏花火からもぎ取る1勝にはそれだけの価値があった。
そんな思いを乗せた声援(罵倒)が飛び交う中、選手入場さながらに教壇の前で向かいあった俺と常夏は、互いに鼻で笑いあった。
「あれれ~翔太じゃん! どの面下げてここに居るの〜? プロレスごっこからは逃げてるくせにね〜? その図々しさと食い意地の悪さには感服しちゃうかも?」
まっ。口を開けばこんな感じだ。
俺はこいつから超嫌われているからな。それだけのことをしちまっているから、仕方ないんだけど。
「ぬかせよ。遊んで欲しけりゃ『お願いします翔太様』って頭を下げて、菓子折りのひとつでも持ってこいって何度も言ってんだろうがバカ野郎! 俺より脚が遅いくせして、対等に物を言ってくんじゃねーぞ? ノロマが!」
「むぅぅ!! あんたって本当にムカつく! 今に見てなさいよ。駆けっこで勝ってプロレスごっこしてもらうんだから! そのときがあんたの最後なんだから!」
「やれやれ。お前って本当に甘ちゃんだよな。プロレスごっこでなら俺に勝てると思ってるんだから救いようがねえよ。まっ、せいぜい頑張れよ。ノロマ!」
「ほんっっっとーにムカつく!!」
まっ。こんな感じだから嫌われて当然だろう。
男子が威厳を失う中、“瞬速の翔太”として今もなお君臨し続けられる理由は、頑なにプロレスごっこを避けているからだ。
こいつと真正面からぶつかり合えば確実に負ける。それがわからない愚かな俺様ではないからな。
俺が負ければ、瞬足の翔太の名は地に落ちる。
どんなに女子からバカにされようとも、常夏から嫌われようとも、このクラスには瞬足の翔太が必要だ。
威厳を失っても尚、あいつらの瞳から光が失われないのは瞬足の翔太の存在が大きい。俺は男子たちのボスとして、希望の光で在り続けなければならない。
だから──。
たとえ卑怯な手を使ってでも、勝たせてもらう。
悪く思うなよ、常夏。
「あれだろお前? どうせグー出すんだろ? 拳握るの大好きだもんな? グーパンのグー。プロレス大好き暴力女のお前にはお似合いのジャンケンスタイルだよな。ははっ」
「なっ! プロレスは暴力じゃない! スポーツなんだから!」
「でもグーパンは大好きだろ?」
「そうやってすぐバカにして……! わたしがグーを出すと思ったら大間違いなんだからな!」
「はいはい。そうかよ。勝手に言ってろ。グーパン女」
「ほんっとーにムカつく! バカ翔太! 絶対グーなんて出してやるもんか!」
「あ、そう。できない約束はするもんじゃないとは思うが、せいぜい嘘つき女にだけはなるなよ。暴力グーパン女」
「ほんっとーになんなの! ムカつくムカつくムカつく! 絶対の絶対にグーだけは出してやるもんか!」
はい、言質取りました。やはりちょろいな。
これでこいつはグーは出せない。パーかチョキのみ。
つまり俺は、チョキを出し続ければ必ず勝てるってわけだ。
常夏。残念だったな。勝負は既に始まっているんだよ。そしてもう、決着はついた。
グーの出せないお前など、瞬速の翔太の敵ではない!
そして迎える、決戦のとき──。
クラス全員が一丸となって掛け声を叫ぶ。
「「「最初はグー! ジャーンケーン!」」」
皆が一同に「ポンッ」と言う0.5秒前──。
あろうことか常夏は、この大一番で鼻をむずむずさせていた。
お、おい。おまっ。大丈夫かよ?
そして、「ポンッ」の掛け声と同時に──。
「ハックション──!」
後編へと続きます。




