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オレとレオ【後編】(グレン視点)


 見習いになってひと月ほどが経過した。

 相変わらず、オレはレオにはまったく歯が立たない。悔しい。

 けど、同室ということもあってなんとなく一緒にいる時間も増えた。

 今日も屋外訓練に一緒に向かう。

 詰所を出て裏手にある訓練所に向かう途中、ボソボソと誰かが話しているのが聞こえた。

 角を曲がった先で話しているようなので、姿は見えない。


「聞いたか?」


「何が?」


「レオは街で女とずいぶん遊んでるそうだぞ」


 レオの噂かよ。

 隣を歩くレオをちらりと見るけど、無表情のままだった。

 怒っているというよりは、どこかうんざりしているような顔。


「モテるやつだからな」


「はん、あんな年齢で女と遊び歩いてるなんて。やっぱり教育が悪かったんだろ、聖女様の」


 ぴくりとレオの体が動く。

 あれ、もしかしてこないだレオにボコられたやつ?


「ダニエル、聖女様の悪口はよせよ。前回副団長から注意されただろう。オレたちは神聖騎士なんだぞ」


「真面目ぶんなって。だいたい、知ってるか? あいつ、ガキの頃聖女様の玩具だったらしいぞ。だからあんな遊び人になったんだろ」


「よせって!」


 おいおいおい。

 ありえないだろ、それは。言っていいことと悪いことの区別もつかないのか?

 あー……怖くてレオの顔見られねぇ。

 もう殺気がビリビリと伝わってくる。

 じり、と一歩レオが前に出る。

 怖いけど。めちゃくちゃ怖いけど。

 オレはレオの前に出て、向かい合った状態で腕を広げた。


「どけ、グレン」


「オレがどいたらレオはあいつを殺しそうだから、どかない」


「どけ!」


 レオの瞳が、すさまじいまでの怒気をはらんで燃えているようだった。

 さすがにこちらに気づいたようで、今の話をしてた二人組が角から出てくる。

 二十代前半くらいの騎士が、レオを見て馬鹿にしたように笑った。


「なんだ、聞いてたのか。図星だから怒ってんのか?」


 強気にそう言うが、その声は少し震えている。

 あれかね、自分の命かけてまで他人の悪口言わなきゃ気がすまないんかね。

 ビビッてるくせに。

 レオが殴りかかる前に、オレは先輩、と言葉を発した。


「その噂、実はオレも聞いたことあります」


「そうだろう!?」


「でもちゃんと続きがありましたよ? 聖女様自らが真実の口を使って大勢の前で無実を証明なさったって。その根拠のない噂を広めた侍女は鞭打ちの上で追放されたとか。念のため調べたんですけどね、公式の裁判記録にもそうありました」


 ほんの少しだけ、レオの怒気がおさまった。

 オレが裁判記録まで見たっていうのが意外だったのかな。

 けど油断はできない。オレはレオの前で腕を広げたまま、視線だけを後方のバカ騎士に向ける。


「だから変なことを言うのはやめてください。レオだけじゃなく亡くなった聖女様まで侮辱する行為です」


「火のないところに煙は立たないさ」


「火のないところに煙を立てたから侍女は処罰されたんですよ。そんな根拠もない噂を持ち出してまでレオを貶めたいんですか? 情けないっすよ、先輩。それでも聖女様にお仕えする神聖騎士なんですか」


「なんだと!」


「グレンの言う通りだよ。オレもそんな話は聞きたくない」


 もう一人の騎士が言う。

 この人は最初から否定的だったもんな。

 プッ、誰も味方してくれないでやんの。バーカ。


「誰に聞いても、ミリア様は立派な聖女様だったって言います。そんな聖女様をフラれた腹いせに貶めるようなやつは、神聖騎士なんて辞めちまえばいいと思いますよ」


「この……っ!」


 バカ騎士が背を向けているオレに殴り掛かってくる。

 背後からとは卑怯だぞ!

 が、レオがオレを力ずくで横にどかせ、その拳を受け止めた。


「覚悟しろ、下衆が」


 発光しているかのような琥珀の瞳で見据えられ、バカ騎士が怯む。

 これはマズい。


「ま、待てレオ! 殺すな! オレが何のために必死に」

 

「なかなか楽しそうな話をしてるじゃないか」


 オレの話をさえぎる、よく通る声。

 木の陰から、その声の持ち主である副団長が現れた。

 手に抜き身の剣を持って。

 綺麗なその顔には、ぞっとするほど冷たい笑みが浮かんでいた。


「騎士同士の小競り合いや下らん噂に口を出すつもりはないが……」


 剣が青白く発光している。

 あれは冷気か。水の紋章術だよな?

 紋章術で水を氷にするのって難しいって習ったんだけど。


「聖女様を侮辱するような噂であれば話は別だ」


 一歩、一歩。

 こちらに近づいてくる。

 レオは副団長に譲るようにバカ騎士から離れた。


「副団長。誤解です」


 震える声でバカ騎士が言う。


「そうか」


 副団長がさらに近づき、剣を振り上げる。


「ま、待ってください! 私は貴族で団長の甥なんです!」


「だから? あぁ、甘やかされて育ったという話か」


「待っ……」


 副団長が剣を振り下ろす。オレは色々飛び散ってくるのを想像して思わず目をつむった。

 でもいつまでたっても叫び声は聞こえてこなくて、恐る恐る目を開けてみると、バカ騎士は腰を抜かしてその場に座り込んでいた。

 怪我はなさそうだが、そいつの足の間……大事なところスレスレに、副団長の剣が刺さっている。

 剣の周囲の地面が、白く凍っていた。


「公式に否定された下劣な噂で聖女様を貶めるような腐った男は、神聖騎士団には不要だ。団長は身内贔屓される方ではない。この騎士団の存在意義すら忘れた貴様は、今後神聖騎士と名乗る機会はないと思え」


 副団長が地面から剣を引き抜き、鞘におさめる。


「ノヴァ、ダニエルを懲罰房に入れておけ」


「はっ」


 もう一人の騎士が、バカ騎士を連れていく。

 バカ騎士は抵抗せずにおとなしく従った。

 それを見届けて、副団長がこっちを見る。

 思わずビクッとなったが、副団長はレオに近づき、その頭をぐしゃぐしゃとかき回した。


「やめろ」


「いくら相手が悪かろうが、私闘で仲間の騎士を殺せば死刑だ。お前がそんなことになってしまっては、私はあの方に顔向けができない」


 レオがうつむく。

 いつもはひどく大人びて見えるその顔が、今は年相応かそれ以上に幼く見えた。


「あんただって殺す気満々だったろう」


「そうしたいと思っても、私は大人だから自制心はお前よりもある。ただ……」


 副団長がオレを見る。

 なんだ? ちょっと怖い。


「あのときグレンがレオを止めていなければ、私が飛び出して叩き斬っていたかもしれないな」


 笑顔でそんなことを言われ、ぞっとする。

 副団長って一見さわやかな騎士って感じだけど、もしかしてやばい人?


「あの、副団長。さっきの騎士はどうなるんすか」


「あそこまでやっておいてなんだが、減俸の上で神聖騎士団から第一騎士団あたりに異動になる程度だろう。私情は別にしても、神聖騎士団は聖女様をお守りする騎士団だ。大っぴらに聖女様を侮辱するような輩を置いておくわけにはいかない」


「副団長が現聖女様にさんざん色目を使われても、のらりくらりかわすだけで悪口一つ言わないっていうのにな」


 今の聖女様ってそんな積極的な人なんか?

 たしかに副団長はかっこいいけど……聖女ってそんな感じでいいのか?


「余計なことを言うなレオ。お前も異動させるぞ」


 レオがつーんと横を向く。

 レオ、副団長の前では子供らしくなる気がするな。


「それにしても、やっぱり私の目に狂いはなかったな。お前はいい騎士になるよ、グレン。勇気があるし、正しく物事を見られる。正義感もある」


「いやーそれほどでも」


 こんなに褒められることってないから、照れるな。


「レオが気を許すだけのことはあるよ」


「別に気を許してない」


「ふっ、そうか。まあ仲良くやれよ」


 そう言って、副団長は去っていった。

 あれ、レオってオレに気を許してたの? 否定してたけど。

 なんだ、かわいいとこあるじゃーん。



 訓練と食事が終わって部屋のベッドでゴロゴロしてると、珍しくレオが「なあ」と話しかけてきた。

 珍しくっていうか、初めて?


「なんだ?」


「お前……思ったよりいい奴だな」


 予想外のことを言われて、思わず体を起こす。

 ベッドの上で壁に背を預けて座っているレオは、照れくさいのかオレと視線を合わせない。


「ん? まあオレはいい奴だよ」


「口と態度は軽いけど」


「それもオレのいいところだよ」


「お前が裁判記録まで調べていたとは意外だった」


「あーあれ嘘」


「何!?」


 驚いた顔でレオがこっちを見る。

 こういう顔すると大人びた雰囲気が消えてなんかかわいいんだよなー。

 言ったら殴られそうだけど。


「あれ見るのすげぇ手続きめんどくさそうだもん。でもあのクソみたいな噂の顛末は信用できる人から聞いてたし、てかランス副団長がその場にいたっていう話だったし。それで間違いないなーと」


「さらっと嘘つくなよ」


「悪い嘘はつかないさ。オレいいやつだし~」


「……そうだな。ミリア様をあんなふうに言ってくれて嬉しかった」


 どこか遠い目をしながら、微笑を浮かべる。

 亡くなって五年だったか? 少しも忘れてないんだな。

 副団長もあの口ぶりからするとミリア様と何かあったんかな。恋人だったとか?


「別に噂で聞いた通り言っただけだよ。それよりもだな、いい奴であるオレから一つ忠告しておく」


「?」


「こんな歳でオネエサンと遊ぶのはほどほどにしておけ。将来結婚とかに響くかもしれないぞ」


「結婚なんかしない。恋愛すら興味ない」


「将来のことなんてわからないだろ? てか恋愛すらしないで遊んでんのかよ」


「別に女と遊ぶために街に行ってるわけじゃない。雑多で猥雑な夜の下町をぶらついていれば、少しの間この場所を忘れていられるから。女は勝手に寄ってくるだけだ」


「あはは、モテる男ってむかつくぅ~」


 なんだ雑多で猥雑って。

 詩かよ。ポエマーか。

 しかし、この場所を忘れていられる、か。

 亡くなったミリア様との思い出がある神殿や騎士団は、レオにとってつらい場所なんだろうか。


「騎士見習いを辞めたいのか?」


「俺みたいなのが他に生きていく術なんてないし、“弟”のことも気がかりだから辞めはしないさ」


 弟なんているのか?

 初耳だな。


「それに、心も体も強くなるって約束したんだ。心はまだまだだし、……もう守れない約束もあるけど」


 きっとミリア様との約束なんだろうな。

 そこまで深く他人を思うっていうのもすごい話だ。

 いつかレオに、ミリア様と同じかそれ以上に大事な人ができればいいな。

 そうしたら、きっと幸せになれる。

 

「よくわからんけどさ、レオはミリア様がびっくりするくらいすげぇ騎士になれるよ」


「……だといいけどな」


「オレはそれ以上にすげぇ騎士になるけどな」


 レオがうつむいて低く笑う。

 ほんのちょっとだったけど、この時初めてレオの笑い声を聞いた。



 オレの予言通り、レオはすげぇ騎士になった。

 十六歳を迎えてすぐに騎士になり、二十六歳で副団長。

 その腕は並ぶものなし。

 おまけにめっちゃ美人な聖女様の恋人ときたもんだ。

 できすぎだろ。

 オレにだってルカさんっていう素晴らしい恋人がいるから別に嫉妬するつもりもないけどさ。


 オレの忠告を無視してレオは十代の終わり頃まで休みのたびに遊びほうけていたが、それ以降は急速に落ち着いていった。

 その頃から、騎士団の中でも信頼度が上がっていったし、ほかの騎士とも交流するようになった。

 人間って変わるもんだなあ。

 女性関係も派手さはなくなり、二十代前半にちょこっと付き合った人がいたくらいで、ここ何年かは恋人すらいなかった。

 本人いわく、「面倒くさくなったから」らしい。

 ははっ、そのモテ男目線がムカつくぅ~。

 でも聖女リーリア様が現れてからは逆に振り回されっぱなしだよな。

 いかれた十代の反動かしらんけど、純情少年みたいになってやんの。

 クックック。うける。


「何ニヤニヤしてるんだ?」


 聖女様の部屋の前で一緒に警護していたレオが、怪しい者でも見るような目でオレを見る。


「いやー、いわゆる夜中のテンション? 夜って意味もなく面白くなるだろ」


「ならない」


「あっそ。本当は昔のレオを思い出してたんだ。とんがってたよなー、十代は」


「……」


「今のほうがかわいいぞ」


「かわいいってなんだ。アホか」


「いや、聖女様に夢中になってる様がかわいくて」


 じろりとレオに睨まれる。

 オレはその視線を避けるようにあさってな方向を向いた。


「でもまあ、付き合いが順調なようでいいことだ」


「……まあな」 

 

 ん? なんか間が空いたな。


「喧嘩でもしたとか?」


「いや。いたって仲良しだ」


「仲良しって。なあ……お前たち付き合って三か月だよな。どこまで仲が進んでんだ?」


「他人に言うことじゃない」


「さすがにまだ深い仲じゃないよな?」


「結婚前にそういうことにはならない」


「へーなんでまた」


「なんでっていうか、当たり前だろう。相手は元貴族の令嬢で聖女様、おまけに十六歳。気軽に手を出していい女性じゃない。リーリア様のお父様である伯爵にもそう約束してある」


「そっかー、今まで気軽に手を出した女性には心の中で謝っとけよ」


 レオが一瞬言葉に詰まる。


「相手が積極的だっただけだ」


「あーはいはい。まあそれはいいとして。もしかして深い仲どころか、恋人らしいことって何もしてないとか?」


 レオの耳が赤くなる。

 わかりやすっ。

 なるほど……それ恋人じゃなくてほぼお友達だよなって言ったらレオは泣くかな。


「レオ」


「なんだ」


「見逃してやるぞ?」


「? 何がだ?」


「いや……ホラ、このまま聖女様の部屋に入っても、オレは見なかったことにしてそっとここから立ち去ってやるぞっていうこと」


 いよいよレオが真っ赤になる。

 純情すぎだろ。

 あの頃のレオに見せてやりたい。


「馬鹿言うな!」


「夜這いしろって言ってるわけじゃないぞ。聖女様の同意があるなら別にそれでもいいけど。なかなか二人きりにはなれないだろうから、ちょっと話をしたり、一歩だけ関係を進めたり」


「聖女様が夜に騎士を部屋に引き入れていたなんて噂になったらどうする。そんなことはできない」


「レオは真面目だなあ。まあ、頑張れよ。オレは次の休暇にルカさんと街でデートだけど」


 レオがあからさまにイラついた顔をする。

 聖女様相手じゃデートもままならないもんなあ。

 城門の内側じゃあ常に人目があるし、だからってそう頻繁に街に行くわけにもいかないし。

 あと一年以上親しいお友達を続けるのか? まあ……不安だよな。

 聖女様モテるし。


「色々大変だな。がんばれ」


「黙ってろ」


「でもまあ、あれだ。思う通りにいかないことも多々あるだろうけど、恋愛も結婚もしないって言ってたレオが幸せそうで何よりだ」


「……。そうだな」


 歳を重ねるごとに落ち着いた性格にはなったし、他の騎士とも交流を持ってその強さゆえに頼りにされたりもしてきたけど、レオの目は常にどこか冷めたままだった。

 それが聖女様と出会ってからは、ものすごく人間らしくなったからな。

 思いが通じ合ってからは、悶々としたりもしているが、幸せそうだ。


「二人きりの時間がとれるようにオレとルカさんも協力するからさ」


「……ああ。頼む」


 くくっ、素直なレオがかわいいな。


「でも、あれだな」


「なんだ」


「結婚はオレたちのほうが先だな。ルカさんすでに十八歳だし。まずはデートで二人きりの時間を心置きなく楽しんでくるよ」


 頭にきたらしく、尻を軽く蹴られた。

 軽口もやりすぎると良くないな、うん。

 尻が痛い。


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