第22話 副団長昇格試験
「副団長昇格試験?」
部屋に訪ねてきたランス卿とレオから、聞きなれない単語を耳にする。
ランス卿は紅茶の入ったカップを静かにソーサーに置いた。
「はい。この度レオが試験を受けることになりました」
「そういえば現在の神聖騎士団の副団長はどなたなのですか?」
今まであまり気にしたことがなかったけれど、就任してから副団長を見かけたことがない。
制度が変わっていなければ、聖女の警護責任者よね? 副団長って。
団長であるランス卿がその役割を担っていたようだったから、漠然と制度が変わったか事情があって空位なのか程度にしか考えてなかった。
こう言ってはなんだけど、それで困ることはなかったし。
「現在副団長はいません。副団長だった者は二か月ほど前に病のため騎士を辞め故郷に帰りました」
「それは心配ですね。お若い方だったのですか?」
「いえ、私より少し年上です。もともと副団長交代の話はあがっていました」
「そうだったのですね」
「すぐにレオが試験を受けて副団長となる予定だったのですが……」
ランス卿が隣に座るレオをちらりと見る。
レオは苦い顔をしてイチゴジャムのクッキーを一口で食べた。
侍女と駆け落ちしただなんて取ってつけたような噂を流されて牢に閉じ込められていたから、試験を受けられなかったのね。
そもそも騎士と侍女は手続きを踏めば結婚すらできるんだから駆け落ちする意味なんてないでしょうに、元神官長が考えたであろう設定が適当すぎる。
その相手とされたのが側に控えているルカだけれど、彼女は彼女で複雑よね。
以前「紅蓮の騎士様と駆け落ちなんて光栄です~」と明るく冗談を言ってはいたけれど。
「予定外のことがあり少し間があいてしまいましたが、私はレオを是非にと思っていましたので」
ランス卿は陛下から牢のことを聞いていると以前レオが言っていた。
それはそうよね。本人に不名誉な駆け落ち疑惑だの陛下の偽の密命だの、団長である彼が事情を知らなくていいはずはない。
「副団長職が空位でレオもいなくなって、他に立候補する人はいなかったのですか?」
団長はレオが駆け落ちなんて無意味なことをするはずがないと信じていたようだけど、他の騎士までそうだったとは限らない。
レオがいないなら我こそはという人もいたんじゃないかしら。
「私が魔獣討伐隊に入れられてしまいましたからね。団長立ち合いでないと試験を受けることができません。それ以前に団長による立候補許可と、神聖騎士全体の十分の一にあたる人数の推薦も必要です」
「そうなのですね」
「聖女様が交代して私が討伐隊から戻った後は、レオがいるにもかかわらず副団長になりたいと言い出す者が数名おりましたが」
ランス卿がクスッと笑う。
なぜ笑うのかしら?
「ふん……現金なやつらですよ。今まで副団長職なんて見向きもしなかったくせに」
レオが眉間にしわを寄せて苛立ったように言う。
ランス卿は笑っているしレオはなんだか怒っているし。
話が見えない。
不思議そうな顔をしているであろう私に、ランス卿が微笑する。
「神聖騎士団副団長は聖女様の警護の責任者でもありますから、お側近くで聖女様をお守りする機会が増えます。他の騎士に命令もできます」
「そうなのですか」
知っているけど、レオの手前そう答えておいた。
レオが副団長になったら、レオが側にいることが増えるということよね。
なるべくレオを贔屓していると思われないようにレオ以外の護衛をつけてきたのだけれど、そういうことは気にしなくて良くなるの?
でも、その話がなぜさっきの彼らの態度に通じるのかしら。
ルカがふふっと小さく笑う。
「聖女様は細かいことは気になさらないでください。既に俺が他の候補者と試合で決着をつけました。副団長は強さも問われますから」
「そう……」
いったいどんな試合でどんな決着になったのか。
聞かないでおこう、なんとなく。
「さて、ここからが本題なのですが」
ランス卿の表情がすっと引き締まる。
「副団長昇格試験とは具体的に、魔の森にいる大型魔獣を一体、候補者一人で倒すことです」
「えっ、大型魔獣を一人で!?」
魔の森はこの国の北にある瘴気が濃い森。
瘴気が濃いので、当然魔物も多い上に強い。
魔の森に限らず大陸には聖女の浄化の力が及ばない場所が点在している。
地脈とつながっている瘴気の吹き出し口がそこにあるのではないか、というのが有力な説ね。
でも、その場所から魔物が外に出てくるということは少ない。
瘴気の濃い場所から浄化された地に出てしまえば、魔物は弱体化したり消滅したりしてしまうから。
逆に、浄化の力が弱まって大陸全体の瘴気が濃くなれば、そういった場所から魔物が出てくるようになってしまう。
「大型魔獣は別に問題ありません。魔獣なんぞにやられるつもりはありませんから」
レオ、すごい自信だけど大丈夫なのかしら。
心配で仕方がない。
魔の森の大型魔獣に一人で挑むなんて、もしレオに何かあったら……。
「そんな心配そうな顔をなさらないでください。俺は必ず勝ちます。問題なのは、団長も俺もここを離れなければいけないということです」
魔の森へ行って帰ってくるには、馬での往復で三日くらいはかかるはず。休憩や宿泊も含めて、だけど。
馬を本気で飛ばせば半日くらいで着く距離ではあるけれど、それは馬が潰れるリスクもある。そんな方法はとらないでしょうね。
そこまで長く不在というわけではないと思うけど、何か問題があるのかしら。
「もしかして、わたくしの心配をしてくれているのですか?」
「もちろんです。俺の頭にあるのは聖女様をお守りするということだけです」
それを聞いて、なぜか体温があがった気がする。
ルカがうぉふっという謎の声をだした。
「ありがとう。魔石と護衛は必ずつけるようにします。あまり人目がないところにも行きませんわ」
これから大変な試験を受けるレオに心配をかけないよう、そう宣言する。
それを聞いても、レオはどこか心配そうだった。
レオは心配性ね。
「私が持っている双子の魔石の片割れは、いったんグレンに持たせます。一見軽そうなだけの男ですが、団の中でも上位の実力者ですし、信用はできる男です」
「わかりました」
たしかに護衛についてもらったときも、気さくだけど気遣いもできる人で好感が持てた。
図書館のときもすぐに駆けつけてくれたし、いざというとき頼りになりそうね。
「我々は明朝発ちます。聖女様をお守りする体制を整えるためにも、副団長職をいつまでも空位にしておくなという陛下のご命令ですから」
とランス卿。
急な話だけど、陛下のご命令なら従わざるを得ないでしょうね。
「本当はもう少し後にしたかったんですが、まあ口うるさい奴らを黙らせるには俺が副団長になるのが一番でしょう」
「口うるさい奴ら?」
「……いえ。とにかく、聖女様は間違っても脱走なんてなさいませんよう」
「し、しません! 今は昼間でも警備が厳しいですし」
ランス卿がまたクスクスと笑った。
「そうですね、私も心配です。聖女様は案外行動的なようですので」
脱走して病院に行ったことを言っているのね。
ランス卿まで私をからかうなんて。
「危険な地に行くお二人に心配をかけるような真似はしませんわ。お二人とも気を付けて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます。では今日はこれで失礼いたします」
ランス卿が立ち上がり、レオもそれに倣う。
二人とも一礼して、部屋から出て行った。
「ねえルカ」
「はい、なんでしょう」
ティーカップを片付けようとしていたルカが、手を止めて答える。
「さっきルカが笑っていたのはどうして?」
「あ……申し訳ありません」
「責めているのではなくて」
「副団長の立候補者が増えたという話ですよね? レオ様の苦労がしのばれるな、と思うとつい」
「苦労?」
「副団長は聖女様の近くに合法的にいられる立場ということで、そうしたい騎士たちがこぞって立候補したのだと思うと」
「つまり?」
「ウッフ、リーリア様がおモテになるということです」
モテる!?
ラッセル卿が私に興味を抱いているのはわかったけれど、それ以外で誰かいるのかしら?
たしかに今世は美人に生まれたけれど、あまり男性との関りは多くないと思うのだけど。
「モテるって、例えば誰?」
「それはいくらリーリア様でも言えませんけど~、神聖騎士団の中ではリーリア様は大人気ですよ。でも恋人にしたいというよりは憧れているという感じかもしれませんね」
「侍女をクビにしたとか神官長をクビにしたとかワガママだとか色々悪評があったのに?」
「今はそういう噂はなくなりつつありますよ。一部の女性がたまに“いい男をかき集めて側に侍らせている”とか嫉妬で噂している程度です。まあ一部の女性っていうか主にアイラなんですけど」
いい男……。
たしかにランス卿もいまだに素敵だし、レオだってかっこいいし、セティも間違いなく美形よね。
みんな前世で縁のあった人ばかりだから、ほかの人よりも親しげに見えるのかも。
「正直に言ってほしいのだけど、わたくし、特定の騎士をひいきしているように見える?」
「護衛はわりといろんな人がついているし、そうは思いませんけど。でもレオ様やセティウス様……特にレオ様とは距離感が近い感じがしますね。お二人とは、今のところ恋人という雰囲気ではないんですけど、他人が間に割って入れない絆のような何かがある、みたいな。うまく言えないですけど」
う、鋭い。
さすがルカ。
「そんな感じだから、レオ様ばっかり聖女様と話してずるいとか一介の騎士のくせにとか言われてたのかなーと」
それがレオのいう口うるさい奴らなのかしら。
副団長になれば、少なくとも表立ってそう言える人間はいなくなる。
とはいえ。
「レオともう少し距離をとらないと……」
「えー、私は今のままでいいと思いますけど。レオ様は副団長になられるでしょうし。前聖女様は……ちょっとあのホラ色々な騎士様や神官とあれですけど、好きな人一人を側に置くくらい何も言われないんじゃないかと」
「す、好きな人!? わたくしがレオを? そんなんじゃないわ!」
「あれ、違いましたか。申し訳ありません。強くてかっこいい騎士様ですしレオ様も……いえ」
てへ、と首をかしげてルカがティーカップを片づける。
あまりに予想外のことを言われて思わず動揺して声を荒げてしまった。
レオもセティも息子みたいなものだったのに。
レオなんて出べそだったしうん〇はつつくしドングリを拾って放置して虫をわかせるし蛇の抜け殻が宝物だったし……って私は誰に言い訳してるの。
ああ、もう。
翌朝。
まだ朝もやがかかる時刻、私はグレンとルカと一緒に神聖騎士団の厩舎を訪れた。
旅支度のランス卿とレオが驚いたようにこちらを見る。
「これは聖女様。もしや我々の見送りですか?」
「ええ」
「わざわざこのようなところまで……大変恐れ入ります」
「出立時刻を知らせたのはお前だな、グレン」
レオが眉間にしわを寄せてグレンを見るけれど、グレンはあさっての方向を向く。
「聞かれたから答えただけだよーん。オレ軽口の騎士だしぃ」
「レオ、グレンは悪くありません。見送りは迷惑でしたか」
「そんなことはありません。ですがこんなに朝早くに申し訳なく」
「見送りたかったのです。ご無事でと伝えたくて」
見上げると、レオが手袋をはめた手で口元を覆った。
身長差がありすぎるので、そうするとレオの表情がよく見えなくなる。
ルカにまた誤解されるかしら。
でもレオは大事な大事な人。それだけは事実。
「どうか無事に帰ってきてくださいね。なるべく怪我はしないで……もししてしまったら、わたくしのところに来てください。治しますから」
「……ありがとうございます」
レオが少し屈む。
「必ず副団長になります。そしてもうお側を離れません。聖女様がお許しになる限り」
低くかすれた小声が、耳をくすぐる。
あれ? あれ、心臓が。
どうして。
顔が熱い。
「では失礼いたします」
「あっ……はい、お気を付けて」
ランス卿とレオが馬を引いて裏門へと向かう。
小さくなっていく彼らの姿を、ぼんやりと眺めた。
吐く息が白い。それなのに頬が熱くてしかたがない。
どうしちゃったの、私。
どうして急に、こんな。
やんちゃな子供だったレオは、その面影を少しだけ残しながら私よりも大人になって、私の知らない顔をするようになった。
なんだか知らない男性みたいで落ち着かない。
ああでも、そんなことより、どうか無事に帰ってきて。
不安を振り払うように一度きつく目をつむってから振り返ると、グレンとルカが微笑ましいものでも見るような目で私を見ていた。
「いやーレオもやりますね。うらやましいなあもう」
えっ何が?
「見ているこっちがもうウフフッ」
ルカ、何その笑い。
「聖女様かわいいっすよ」
どういう意味!?
ああっ、もういやーー!




