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聖女リーリアはわがままに生きたい【電子漫画化】  作者: 星名こころ
本編(完結済)

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第21話 不穏の芽


 昨日と同じく、私は王宮の図書館に来ていた。

 司書の女性に王子が来ていないかこっそり確認してから中に入ったので、今日は鉢合わせしなくて済むかしら。

 後から来られたらどうしようもないけど。

 確認したときに「お気持ちはわかります……」とぼそっとつぶやいていたので、きれいな女性だし彼女もまた王子に狙われていたのかもしれない。

 見境ないわね。

 レオに心配をかけないよう、護衛もちゃんと連れてきた。レオと親しいらしい、軽口の騎士様・グレン。

 グレンも昨日のフランダール卿のように入り口で待ってもらった。


 今日もそれらしい棚をいくつか探してみたけれど、やっぱり聖女に関する文献はない。

 文献は諦めたほうがよさそうね。

 せっかくなので、楽しそうな本をいくつか見繕って借りていこう。

 まずは野菜の育て方ね。

 部屋の中でも育てられるものから始めようかしら。

 あとは……恋愛小説なんかも借りてみる? ちょっと恥ずかしいけど。

 あたりをうかがって、グレンが近くにいないのを確認してから恋愛小説の本棚に移動する。

 王様がああ仰ったからと言って無理に恋人を作る気もまったくないし、そもそも恋愛って「さあ恋愛しよう!」と思ってするわけじゃないのだけれど。

 誰かと付き合うってどういう感じかしら。前世含めて経験がないから恋愛のことがまったくわからない。

 ほんのり憧れた人がいるくらいで……。


 ――三代前の聖女は現神聖騎士団長と恋仲との噂が


 や、やめて! 思い出さないで!

 本当になんでもなかったのに、もう。噂って怖いわ。

 たしかにランス卿はかっこよかったし、今でも素敵だけど。あの年齢なら奥様がいてもおかしくないわよね。

 いずれにしろ、やっぱり私には恋愛なんて縁がないのかもしれない。

 どのみち結婚はできないのでしょうし。

 そう思いながら本棚に視線を移して飛び込んできたのは。


 『私の騎士様』

 『聖女と騎士』

 『あの騎士様を落とす方法☆』

 『騎士道に背くとも』

 『背徳の騎士 ~薔薇色の唇に惑わされ~』


 騎士関連のタイトル多すぎない? ちょっといかがわしいようなタイトルもあるし。

 それだけ騎士って人気があるのかしら。

 なんだかもうタイトルだけでお腹一杯になったから、恋愛小説を借りるのはやめておこう。


「何かお探しでございますか? 聖女様」


 声のしたほうを振り返ると、見覚えのある騎士が本を手に持って立っていた。

 ダークブラウンの髪と瞳、二十代前半くらいの近衛騎士。

 謁見の日に私を迎えに来て、帰りに神官長を引っ立てて行ってもらったあの騎士。

 昨日もいたわね。フランダール卿と何か言い合いをしていた。


「お名前を申し上げていませんでしたね。ウィリアム・ラッセルと申します」


「神殿の地下ではありがとうございましたラッセル卿」


「聖女様のお役に立てたのでしたら幸いです」


 赤くなって頭をかく。

 ここで「では」と去ってくのかと思ったけれど、彼は私をじっと見ている。

 今の会話の最中も、私から一度も視線を外さなかった。

 普通、会話をするときでも相手をずっと見続けたりはせず時折適度に視線をはずすものだと思っていたけど、彼の視線はほとんど私に固定されたまま。

 帝国と違って下位の者が上位の者に話しかけるのはタブーではないけれど、ひたすら見続けるのってどうなのかしら。

 正直なところ、ぞわぞわする。


「聖女様は恋愛小説がお好きなのですか?」


「特には。少し見ていただけです」


 視線をそらしながら言う。


「そうですか。高いところの本は私が取りますよ」


梯子(はしご)もありますし、この家庭菜園の本以外に読みたい本は見つかりませんでしたので」


「聖女様はどんな本がお好きなのですか? よろしければ私のおすすめをお教えしますが」


 あいまいに笑って、あえて答えない。

 会話らしい会話は今日が初めてという間柄で、この感じはちょっと距離感を間違っている気がする。

 まだじっと見てるし。


「わたくしはそろそろ戻りますね」


「あのっ……聖女様」


 去ろうとすると、彼が一歩近づいてきた。

 ぞわりと鳥肌がたつ。


「下がれ」


 その声に驚いて振り返ると、すぐ後ろにグレンの姿があった。

 入口付近にいると思ったのに、いつの間に?

 厳しい顔をしたグレンが、私の前に出る。


「無礼者。それ以上聖女様に近づくな」


「話していただけだ。近衛騎士を無礼者呼ばわりできるほど神聖騎士は偉いのか?」


「己の立場も弁えぬ者から聖女様をお守りするのが我らの役目だ」


 二人とも険しい表情で睨み合っている。

 あまり大ごとにしたくないわね。

 具体的に何かあったわけでもないし。


「もう戻りましょうグレン」


「……承知いたしました」


 あえてラッセル卿と目を合わせず背を向ける。

 そのまま歩き出すと、グレンも無言でついてきた。

 グレンのぴりぴりとした空気が背中にまで伝わってくるようだわ。

 さすがにラッセル卿はついては来ない。よかった。

 図書館を出て神殿にだいぶ近づいたところで、私は大きく息を吐きだす。自分が緊張で息をつめていたことに、そこで初めて気が付いた。


「ありがとうグレン」


「いえいえ、これが神聖騎士の仕事ですからねー」


 さっきまでの険しい表情からは想像もつかない陽気な声で答える。

 あえてそうしてくれているのかもしれない。


「やっぱりあの男に迷惑してたんですね」


「迷惑というか……少し戸惑っただけです」


 同じ近衛騎士でも、フランダール卿に話しかけられた時とは違う。

 彼のときは何の警戒心も生まれなかったけれど、ラッセル卿のときはなんだか怖かった。


「グレンや昨日少し話した近衛騎士と話すときは、怖かったり不快に思ったりしないのに。どうして彼だけそんなふうに感じるのかしら。騎士を差別してるようでそんな自分も嫌なのだけれど」


「そりゃあいつが変な雰囲気を出してるからですよ。馴れ馴れしいし明らかに聖女様に気があるし、オレでもキモいと思いましたもん。やばそうな奴に対して不快感が出るのは当たり前です」


「そういうものかしら」


「そういうものですよ。美人ってのも大変ですね。レオが警戒するのも納得です」


「からかわないでください」


「からかってなんていませんよ。ま、常に護衛はつけてくださいね。レオが心労で元神官長みたいにハゲないように」


 思わず吹き出してしまう。


「想像してしまいました」


「あいつがハゲたらウケますよね。でも残念ながら毛根も図太そうなんですよねーあいつ」


 騎士との私的な会話という点では同じなのに、どうしてこうも違うのかしら。

 こうしてグレンと話していても、ラッセル卿と話していた時のような不安感は微塵もわいてはこない。むしろ楽しい。

 一方で、ラッセル卿には苦手意識を抱いてしまった。

 初めて会った日はそんなことはなかったのだけれど、今日は嫌な感じがした。

 私に興味を抱いているようだけれど、どうにも距離感がおかしい。

 もしかして陛下との昨日の会話を聞いていて、それで近づいてきた?

 そうだったら余計に怖い。


「あんまり怖がらせたくないんですが、あの男はちょっと警戒しといてくださいね。冷たくしても勝手に盛り上がるタイプだと思いますから」


「冷たくしても?」


「あの男が持ってた本のタイトル、『踏んでくだ』……いや、やめときます。護衛を忘れず」


「ええ……」


 なんだか聞くほど怖くなってくる。

 今日はエイミーもルカも連れてきていないけど、今後はなるべく一緒にいるようにしよう。

 近衛騎士ともあろう者が変な真似をしてくるとは思えないけど、警戒はしておいたほうがよさそうね。



 神聖騎士があちこちにいる神殿の敷地内以外は、護衛と侍女を連れて歩くようにしてから五日ほど経った。

 その間、特に何事もなく平穏な日常が続いた。

 グレンから話をきいたレオのアドバイスどおり、セティへの対策としてランス卿からもらった双子の魔石も、ひもを通して常に腕に巻いている。

 念のため図書館にも近寄らず、本の返却は騎士に代理でお願いした。

 街への外出もまだ実現していない。

 ちょっと距離感がおかしい近衛騎士がいただけでここまで警戒しなきゃだめかしら、と思うけれど、そう言ったらレオの顔が怖くなるのはわかりきっていたので大人しく従った。

 前世と立場が逆転しているわね。

 レオは聖女を守る立場とはいえ完全に保護者みたいになっているし、私は心配をかけたくないのでレオに従うしかない。


 また行動範囲が狭くなってしまったので暇で仕方がない。

 新鮮味のまったくない神殿の庭園でぼーっとしているけれど、一日が長く感じられる。

 前世ってこんなに暇だったかしら。

 そろそろ孤児院への訪問を始めようかな?

 前世では年に一度だったけれど、今回は月に一度にしたいと思ってる。でも許可や警備体制の確認が必要だから、すぐにというわけにはいかないわね。

 今日は神殿の裏手……聖女廟近くの広場でピクニックでもしてみようかしら?

 聖女廟が近いのがちょっと気になるけど、レオが廟の周りをただ寂しいだけでなく美しい場所にしてくれたから、もう怖くはない。

 それにしても、護衛をどうしよう。

 敷地内ではあるけれど、あそこは人目も少ないので一応護衛はつけたほうがいいと思うのだけれど。

 エイミーに詰め所に行ってもらって手の空いている人を呼んでこようかしら。

 そんなことを考えてると、遠くにセティとアイラを発見した。

 いくら私の耳が良くても会話までは聞こえないけれど、アイラのほうは愛想よく話しているように見える。

 一方のセティはつまらなさそう。

 あ、セティがアイラから離れた。……こっちにくる?

 セティは一直線にこちらへ向かってきて、私の目の前で優雅に一礼した。


「聖女様におかれましてはご機嫌麗しく」


「ごきげんようセティウス」


 今日はやけに丁寧ね、と思ったのだけど。


「変態近衛騎士に絡まれたそうで。災難ですね」


 触れられたくないことを、そんな半笑いで。

 やめてよね。


「わたくしの苦手なものがわかって嬉しいかしら」


「全然。そんな男が苦手だとわかってもなんの意味もないし。むしろ不愉快」


 後ろに立つエイミーがおろおろしているのがわかる。

 そうよね。こんな言葉遣いだし。

 敬語も使ってるし、だいぶ丁寧になったとは思うけど。


「聖女様は散歩中? 敷地内とはいえ護衛はつけたほうがいい。お供しますよ」


「アイラとのお話はもう終わったのですか?」


 こっちをものすごく睨んでるけど。


「別に僕は彼女に用事がありませんから。めんどくさいから行きましょ。今日はどこに行くんですか?」


「裏手の森の近くに行こうと思っていたのだけど」


 セティの顔から表情が消える。

 複雑よね。ミリアが眠る場所が近いんだから。


「やっぱり別の場所にします。用事があるわけではないし」


「お気遣いなく。行きましょう」


「じゃあ先に神殿に戻って敷物を取ってきますわね。あなたはここで待っていますか?」


「いいえ、一緒に行きます。また絡まれたくない」


 三人でいったん神殿に戻り、エイミーが用意してくれた敷物をセティが持った。

 そして再び庭園に出て裏手への道を行く。アイラの姿はさすがにもうなかった。

 セティが先導するように少し前を歩く。

 少しくせのある銀髪がさらさらと風になびいて、とてもきれい。

 心なしか背も高くなった気がする。

 でもこんな短期間では伸びないわよね? 姿勢がよくなったせいかしら。

 森の前の広場に着くと、セティに敷物を敷いてもらった。

 その上に靴を脱いで座り、二人にも一緒に座るように勧める。

 エイミーは固辞したけれど、セティは靴は脱がず足だけ外に出したまま、敷物の上にごろんと寝転んだ。

 リラックスしすぎでしょ。

 これで前世の記憶がなければ、セティのことも距離感がおかしい騎士だって警戒するところなのかしら。

 やっぱり私の中で差別みたいなものがあるの?

 でも……嫌なものは嫌、好きなものは好きでもいいか。みんなにいい顔する必要もないわよね。


「風が気持ちいいですね」


 視線を空に向けたまま、セティが言う。


「そうですわね」


 遠くを見る目。

 レオもミリアを思い出すとき、そんな目をしている。

 やっぱりここに連れてきたのは酷だったかしら。


「聖女様は変わりませんね」


「?」


「僕が死にかけの時と今。悪女のふりはやめたようですが」


 悪女のふりって、あれが演技だってわかってたのね。

 なんだか恥ずかしい。


「別に悪女のふりなどしていませんわ。あれがわたくしの素顔です」


「あーはいはい。そういえば元気になったら遊んでくれるんでしたよね」


 上半身を起こして、セティが私にそのきれいな顔を近づける。

 目元に影を落とすほど、まつ毛が長い。


「どんなことをして遊んでくれるんですか?」


 甘さを帯びた声。

 口元には余裕の笑み。


「き、騎士様!」


 エイミーがあわてて間に入ろうとするのを片手で止めて、私は視線を下げる。

 セティがつられて下げた視線の先には、小さなカエルがいた。

 今にもセティの手に飛び乗りそうになっている。 


「わっカエル!」


「小さくて緑色で、なんてかわいいのかしら。カエルを愛でて遊ぶのなんていかがかしら」


「僕はカエルも嫌いです」


 心底嫌そうな顔をして、セティがハンカチでバサバサとカエルを追い払おうとする。

 カエルがかわいそうなので、そっと手に乗せて敷物の外に出した。


「あなたは本当に貴族の令嬢だったんですか? カエルを素手で触るなんて」


「あら毒はありませんわ」


「そういう問題じゃない……」


 セティが脱力したようにうなだれる。

 エイミーは笑いをこらえながら私にハンカチを差し出してくれた。


「本当に聖女様はお変わりにならない」


「どういうことですか?」


「僕の容姿に惑わされないってことですよ。惑わされてくれたら楽しいのに」


「セティウスは元気になってすごく美形になりましたものね」


「否定はしませんが、聖女様に何も感じてもらえないならメリットは何もありませんね。容姿だけで近寄ってくる女が増えてうんざりです。陰でもやしとか死にかけとかキモいとか言ってた女たちが手のひら返して気色悪い」


 さっきの態度、もしかしてアイラもそうだったのかしら。 


「でもあなたは僕がボロボロのときから蔑むこともなく、本気で心配して本気でぶつかってくれましたから」


 こんなことまで言えるようになったのね。

 会うたびに精神も健康になっていてうれしいわ。

 ちょっとひねくれてはいるけど。


「別に心配したりしていませんわ。ゴロゴロ転がされたのを忘れたのかしら?」


「はいはい悪女悪女」


 再びセティが寝転がる。

 彼は首をひねって、チラリと森の奥への入り口の鉄のアーチを見た。


「あの奥。聖女廟があるんですよね」


「……ええ」


「僕は行ったことがないんです。聖女様はありますか」


 なんとなくそうかな、とは思っていたけれど。

 やっぱりセティはそこを避けていたのね。


「廟の中には入りませんでしたが、きれいな場所でしたわ。白い花が一面に咲いて。レオが雑草を取り除いていました」


「レオがずっとそこに通ってたのは知っていました。まだ幼い頃から、何度も何度も通って……あいつがきれいな場所にしたんでしょうね」


 エイミーが「ハンカチを洗ってきます」と近くの水汲みポンプのある場所へと向かう。

 込み入った話になりそうだからあえて離れてくれたのね。

 エイミーもルカもほんとに優秀な侍女なのよね。私にはもったいないくらいだわ。

 

「僕たちが三代前の聖女に引き取られたことはご存じですか」


「レオから聞きました」


「僕はその方のことが大好きで大好きで、亡くなったときは辛すぎて。だから聖印にすがりました」


「……」


「無意味とわかっていてもそれしかなかった。廟にも近づけなかった。レオはあの方が眠る場所を少しでもきれいにしようとしている間、僕は何もせずただ殻に閉じこもってた」


「悲しいときにどうするかは人それぞれです」


「そうなんですけどね。それでもレオの強さがうらやましかった。だから意地になって逆に聖印にすがったのかもしれませんね」


「……聖印のことは」


「前にも言った通り、消されたことに対する怒りはもうありません。おかげ様で肉体も精神もみるみる健康になっていきましたし。でも、そのことに罪悪感も感じている。心も体もあの方を忘れていくようで」


「あなたが望んで聖印を消したわけではないのですから、罪悪感など感じないでください。わたくしの勝手な行動の結果ですから、わたくしを恨んでください。でも、あなたたちを引きとった聖女様は、あなたが元気になったことを喜んでいるとわたくしは思いますわ」


 空を見上げたままだったセティが、こちらに視線を向ける。


「確かめようはありませんが、そうだといいです」


「ええ……」


 うつむいて視線をそらす。

 三年にも満たない期間を一緒に過ごしたミリアを、ここまで想ってくれるレオとセティが愛しくて悲しかった。


「引き取ってほんの数年で亡くなってしまったことを恨めしく思ったことは?」


 こう言ったら不快に感じるかもしれないと思ったけれど、セティは穏やかに笑った。


「そんなわけはないでしょ。亡くなったのはあの方のせいじゃないし、わずかな期間でも本当に幸せだったんですから」


 ぐっと喉の奥がつまる。

 きっと今私はそう言ってほしくて質問をした。彼に許してほしくて。

 私はずるい。

 誰よりもミリアにとらわれているのは結局私。

 彼らには過去をひきずらないでほしい、未来を生きてほしいと願いながら、私はずっと前世という過去にとらわれている。


「いつか……もう少し気持ちの整理がついたら、聖女廟へ一緒に行ってもらえますか」


 セティが上体を起こす。

 彼の視線の先には鉄のアーチ。


「え? ええ」


「聖女様の護衛としてなら廟の入り口までは入れますから」


「そうですね」


 彼らに対して申し訳ない気持ちはずっとある。

 でも、いつまでもその気持ちを引きずっていては彼らに失礼かもしれない。

 セティも前を向いて歩きだしたし、もう彼らは私に手を引かれていた子供じゃない。

 騎士として自分の道を歩いている、立派な大人の男性になったのだから。


「風が強くなってきましたね。部屋に戻りませんか」


「そうします」


「一つだけお願いが。これからは僕をセティと呼んでくれませんか。丁寧な口調もいりません。せめて周囲に人がいない時だけでも」


 ミリアだけに許していた愛称。

 レオにすらそう呼ばれるのは嫌がっていたのに。

 私にそんなに心を許してくれたということかしら。


「わかったわ、セティ」


 セティが柔らかく微笑む。ああ、なんてきれいなんだろう。まるで絵本に出てくる天使様みたいだわ。

 彼は立ち上がって、私に手を差し伸べた。

 私はその手をとって立ち上がる。

 ちいさくて柔らかだったぷくぷくの手は、いつの間にか男の人の大きな手になっていて、その成長をうれしく感じると同時になぜか切なくもなった。


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