第15話 紅蓮の騎士と〇〇〇の騎士
午後のひととき、ティータイム。
テーブルの上には、エイミーが淹れてくれた紅茶が二人分と、様々な種類のクッキー。
向かいのソファにはもの言いたげな表情で私をじっと見つめるレオ。
よくここでレオとティータイムを楽しんだけれど、あの時と比べて本当に大きくなったわね。
ソファが小さく見えるわ。
しかも、最近さらに筋肉質になっている気がする。
牢で衰えたと言っていたから、こっちのほうが本来の姿なのかもしれない。
「どうぞ気を張らずにリラックスなさって。今日は毎日部屋の前を警護してくださるあなたをねぎらうために呼んだのですから」
レオは病院に行った日以来、毎日部屋の前で夜間の警護してくれている。
一日の休みもなしに。
たまには休んでと言っても、昼間寝ているから問題ないと。
やっぱりセティのことが気にかかってるのでしょうね。本当はもう未遂を含めれば三回も侵入されてるのだけど。
レオに申し訳ないわ。
本当のことを言うわけにもいかないし、せめてリラックスとはいかないまでもレオが警備を考えない時間を作りたい。
もちろん変な噂が立たないようにエイミーも部屋の中に待機している。
「甘いものがお嫌いでなければ、クッキーも召し上がってくださいね」
「お気遣い痛み入ります」
「クッキーはお好き? わたくしはジャムののったクッキーが一番好きなのです」
「ええ……俺もそれが一番好きです」
どこか遠い目をするレオ。
昔を思い出しているのかしら。
「じゃあジャムのクッキーはレオが全部食べてくださいね。わたくしは二番目に好きなチョコチップクッキーを食べますわ」
ふ、とレオが笑う。
エイミーが真っ赤になるのがちらりと見えた。
「ありがとうございます。ところで聖女様。俺に何か隠していませんか?」
飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「何か、とは」
「セティウス関連で」
鋭い。
時々侵入してきていることに気付いている?
ううん、そんなはずはないわ。
それならもっと大ごとになっているはず。
「……特に何も」
「付け狙われたり何かされたりしていませんか?」
「いいえ」
「まさか部屋に入ってきたりとか」
「あ、ありえませんわ。レオがいつも警備についていてくれるでしょう」
「それはそうですが……」
彼がジャムのクッキーを口に入れる。
少し表情が和らいだ。
やっぱりまだ好きなのね、このクッキー。
この体格で甘いものが好きって、なんだかかわいい。
「どうしてそんな心配を?」
「聖女様は優しいので、セティウスのことに責任を感じて何かあっても黙っているのではないかと」
ほんとに鋭いわね。
でも黙っているのも侵入を許しているのも、罪悪感からだけではないの。
彼に何か目標を与えたかったから。
それが私への復讐であっても、それは生きる力になるから。
それに、彼は精神が安定しつつある気がする。今はそれを見守りたい。
最初に会ったときは病的だと思ったけれど、やっぱり淀んだ魔力の影響が大きかったのね。
「何かあったらレオに言いますわ」
「ぜひそうしてください。聖女様は優しいだけでなく能天気で無防備なところがあるようですから」
笑いを含んでレオが言う。
ひどくない? それ。
「わたくしは能天気でも無防備でもありませんわ」
レオは一体私のことをなんだと思ってるのかしら。
私の不満そうな顔が面白かったのか、レオは小さくクスッと笑った。
「そうですね。聖女様は能天気で無防備ではありません。聖女様に向かって大変失礼いたしました」
全然そう思っていない様子でレオが言う。
もう!
「さて、俺はそろそろ行きますね。長居して妙な噂が立つのも良くない」
親指で口の端をぬぐう。
そのしぐさと大きな手が妙に男性的で、なんとなく見入ってしまった。
「お茶とクッキー御馳走様でした。では失礼します」
「ええ。レオもたまには休暇をとってくださいね」
「善処します」
休暇をとる気はなさそうね。
レオは一礼すると、部屋から出て行った。
扉が閉まったところで、エイミーがふうううと大きく息をつく。
「どうしたの? エイミー」
「あ、失礼しました。その、緊張してしまって。紅蓮の騎士様があまりに素敵で……って私ったら!」
「紅蓮の騎士? レオのことよね?」
「ええ。ご本人がそう名乗っているわけではなく、皆がそのように呼んでいます」
「そうなのね。他にはどんな二つ名があるのかしら」
「神聖騎士団長様は黄金の騎士様ですね。あとは神速の騎士様とか漆黒の騎士様とか……」
色にまつわるものが多いのね。
でも色なんて限りがあるから、二つ名で呼ばれるような人は有名人なのかもしれない。
セティが侵入してくる日に窓の下の警備をしてる騎士には、居眠りの騎士様の称号を授けよう。
「セティウスにも二つ名はあるの?」
「セティウス様というと……」
「銀髪で痩せている騎士よ」
「ああ、あの方ですか。たしか誰かがもやしの騎……いえなんでもありません」
それは二つ名じゃなくて悪口でしょ。
まったくもう。
セティは健康になればすごく美形になると思うわ。
あの子も恋をしたりして、人生を楽しんでくれるようになったらいいのだけれど。
その日の夜、またセティが部屋に侵入してきた。
居眠りの騎士様が窓の下の警備をしてる日なのでしょうね。
私はというと、ソファに座ってランプの明かりで優雅に本を読んでいた。
「またいらしたの? 懲りないわね」
本から視線をそらさずに言う。
うふふ、この悪女っぽい感じがたまらないわ。
「あんたなんでいつも夜中に起きてるんだよ」
「たびたび夜這いにくる方がいますから」
「なっ……ちがう!」
「あなたのこととは言っていませんわ」
「じゃあ誰だよ。まさかレオが……」
「冗談ですわ」
「……」
私はぱたんと本を閉じ、テーブルに置いた。
ようやく彼に視線を向ける。
窓辺に腰掛ける彼は、初めて会った時よりもかなり顔色がよくなっている。クマが薄くなってるわ。
それに少しふっくらしてきた。
何よりも、瞳から病的な影が消えつつある。
だんだんと健康になってきているわ。本当によかった。
「ちゃんと眠れていますの?」
「おかげさまでクソ女にイライラしてしょっちゅう目が覚めるよ」
「それはいけませんわね。ところで、もうみだらなことをしようとするのは諦めたのかしら」
「みだ……あんたなんかに少しでも気があると思われるのはしゃくだから、それはもうやめだ」
あら。
意地っ張りなんだか素直なんだか。
かわいいわね。
辱めるなんて、最初から本気じゃなかったのねきっと。
「じゃあ何をしにここへ?」
「嫌がらせだよ。これでもくらえ!」
彼は私に向かって口の開いた袋を投げつける。
とっさに張った障壁に、複数の何かが当たってボトボトと落ちた。
それは虫だった。
ウゾウゾと動く毒々しい色合いの毛虫や芋虫、巨大なミミズ。ついでにたくさんのダンゴムシ。
「……」
子供なの?
嫌がらせのレベルが幼すぎる!
だんだんと精神の歪みが治りつつあるのはいいことだけど、もうすぐ二十三歳という年齢の割には幼い感じがする。
ずっと心を閉ざしていたせい? それとも淀んだ魔力のせいかしら。
「どうした、恐怖で声も出ないのか?」
不敵な笑みを浮かべるセティ。
たしかに女性には虫が苦手な人も多いのだけど。
これで嫌がらせって……。
私は赤と深緑の巨大な芋虫を素手で軽くつかむと、セティに向かって投げつけた。
「うわあっ!!」
セティが必死の形相で避ける。
そうそう、セティは虫が苦手だったわね。
それなのによくこんなに集めたものだわ。
「申し訳ないけれど、わたくしは虫が苦手ではありませんの。そしてダンゴムシは好きですわ」
「なんでだよクソッ……うわぁ毛虫を素手で触るな!」
私はわざとらしくため息をついた。
毛虫はそっと袋に入れる。
「そもそもあなたはわたくしを傷つけたいのでしょう」
「そうだよ」
「やり方が甘いですわ。もっと色々あるでしょう」
どうやらセティには嫌がらせの才能はないらしい。
ミリアの侍女だったサラに弟子入りさせたいくらいだわ。
「色々ってなんだよ」
「目立たない場所を殴るとか、死なない程度の毒を飲ませるとか」
「なんでそんな過激なんだよ。いくらむかついてても女にできるかそんなこと」
「悪意のある噂を流すとか」
「そういうのは嫌いだ」
「ベッドに巨大な蛇を仕込むとか」
「僕は蛇も嫌いだ」
「あれもこれも嫌いじゃ何もできないでしょう」
「ごめん……ってなんでだよ! そもそもなんであんたが自分への嫌がらせを考えてるんだ」
「それもそうですわね」
夜中になぜこんな問答をしているのかしら。
さすがに眠くなって、手でおさえながらあくびをする。
「ずいぶんと余裕な態度じゃないか」
「何度も侵入されると慣れてしまいますから」
虫を回収しながら言う。
ダンゴムシはどこかへ行ってしまったのが何匹かいるわね。
踏まないように注意しないと。
「あんたは僕が襲わないと本気で思ってるわけ? 女を傷つける最大の方法だろう」
ここで「思ってる」と言うと意地になるんでしょうね。
だいたいそれはもうやめるとさっき自分で言ったばかりじゃない。
「以前よりも体力が回復してきているようですけど、まだ勝てますから。あと虫は私が持っていて、それを投げつけることもできます」
「……」
「わたくしに嫌がらせしたいのなら、まずはわたくしを観察して何を好み嫌うのかを知ればいいのです。そろそろお部屋への侵入は遠慮してくださいな。寝不足でお肌が荒れてしまいますわ」
もう一つあくびをする。
つられたようでセティもあくびをかみ殺していた。
だめよ、笑っちゃダメ。
セティが絶対にへそを曲げるから。
「なんでそんな悠長にあんたを眺めなきゃいけないんだ。あんたの嫌いなものってなんだよ、今教えなよ」
「うーん、神官長ですね」
ぶっとセティが吹き出す。
そんな自分に驚いたかのように、彼は口元をおさえた。
ここで反応したりからかったりしたら、私の前で意地でも笑わなくなってしまう。何もなかったかのように振る舞おう。
「じゃあ今日はもう寝ますわね。嫌がらせはまた後日」
「おい」
「もう眠くてたまりませんわ。虫は袋ごと持って行ってくださいね。下の居眠り騎士にでも差し上げてください」
「……くそ」
口癖ってうつるというけれど、完全にレオのがうつってるわね。
本人は気づいていないのかもしれないけど。
いそいそと眠る準備を始めると、セティは渋々窓から出て行った。
ベッドに入って明かりを消すと、窓の下からギャッという短い悲鳴が聞こえた。
芋虫毛虫ダンゴムシの目覚ましといったところかしら。
うふふ、職務怠慢の罰よ、居眠りの騎士様。




