#9.貴族
#9.貴族
馬車は三十分もしないうちに目的地に到着した。
巨大な鉄の門が自動で開き、俺たちを馬車ごと迎え入れてくれる。
「着いたみたいですね」
俺がまだこの世界の状況についていけないでいると、リースが優しい鈴の音の様な声で教えてくれる。
「……」
とりあえず俺は、馬車の中にある小窓から外を確認するが、平原の様な広場が広がっているだけで、今の所身ぐるみをはがされる心配はなさそうだ。
「じぃ! じぃ!」
リースは先に馬車から降りて、人を呼ぶ。
「お帰りなさいませ。リース様」
そこにどこからともなく執事なのか、それでも立派な燕尾服で身を包んだダンディな背の高いおじさんが現れたが、どうやら対応を見るにリースの家来の様だ。
それにしてもあれがリースのお屋敷だろうか?
俺は、向こうの東京ドームにも負けなさそうな過剰な家を見て息をのむ。
やはりリースは俺がいくら頑張っても勝負にならないくらい大金持ちの様だが、ルックスも良くて、これで人並外れた才能があったら、なんて神様は残酷なのだろう?
「じぃ、これが妹のお薬です」
「さようでございますか……。では早速、妹様に飲ませたいと思います」
そのまま俺たちは、屋敷の中に足を一歩踏み入れる。
「ビアンカ! ビアンカ!」
すると今度はメイドの様なリースとは違う意味で美しい、健康そうな褐色の女性が現れた。
「何でしょう? リース様?」
「この者をお風呂に入れて差し上げて」
「かしこまりました」
「はぁ? え? ち、ちょっと!」
そこでビアンカは、俺を見た目以上の腕力で強引にどこかに引っ張っていこうとしたが、俺がそれに必死に抵抗すると、リースが眉を八の字にして不思議そうな顔をする。
「どうしましたか? 俊彦?」
「いや、お風呂はちょっと……」
さすがに初めてきた家でお風呂はどうだろう?
人並み以上の人生で大抵の事は動じない方だと思うが、逆にそういう事は少し戸惑ってしまう。
「遠慮しないで? 見たところご無沙汰の様ですからね?」
そう言うとリースは指を大きく鳴らし、どこからともなく色んなメイドが二列に整列した。
「た、助けてー!」
そのままそんな俺の言葉を無視して、俺は学校のプールの様な大きさの浴場に連れていかれたのだ。