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「つまり、カトリーナ様の嫉妬心を煽るという事?」
「えぇ、そうよ。だって、そうでしょ? カトリーナは王太子殿下の事が幼い頃から好きなのよ。元々のストーリーでも、悪事を働いたのはラシェルだけど、彼女を唆して動かしたのはカトリーナ。でも、彼女は裏でラシェルを乗せていただけだから罪には問われていない」
「何故そんなことを?」
「元々、王太子の婚約者の座を二人は争っていたのよ。だからこそ、今でもカトリーナはラシェルを婚約者の座から引きずり下ろしたいってこと」
まさか、そんな裏話があったとは。
でも、そんな狡猾なことをするカトリーナ様が果たして、レミの計画する様にあっさりと尻尾を掴ませるだろうか。
それどころか、ラシェル・マルセル侯爵令嬢だけでなく、カトリーナ様をも傷つけて巻き込むことにならないだろうか。
「ミア、どうしたの?浮かない顔ね」
「うん……。私たちの計画の為に、誰かを巻き込んでいいのかと思って。
元々決められている未来だと思って納得していたけど。……これだと、カトリーナ様を巻き込むことになるわ」
私の言葉に酷く傷ついた様子のレミは、一瞬言葉を無くす。
その顔を見て、ハッとした。
レミは、私のことを想ってこんな計画を立ててくれたのだ。
私があの男に嫁がなくて済むように。
それなのに、今の言葉はレミの想いに背くことだった。それに気づき、直ぐに「レミ。あの、ごめんなさい」と口にするが、レミは首を横に振って「いいの」と呟くように口を開いた。
「そうね。私たちのしていることは他の誰かの破滅を望むことよね。確かにそれは間違っている。それは分かる」
レミは私の手をギュッと握ると、黄色い瞳で私を力強く見つめた。
「でもね、他の誰よりもあなたが大事なのよ。
私の大事な片割れ。あなたが不幸になり、死ぬかもしれない未来なんて私には耐えられない」
「レミ……」
レミの言葉に、胸の奥から様々な感情が揺れ動き、溢れ出そうになる。
誰も傷付けたくない。
誰も悲しませたくない。
でも、自分も死にたくない。
こんなの、あれも欲しいこれも欲しいと駄々をこねる子供と同じじゃないか。
自分は何の決意も出来ていないのに、レミにだけは全てを背負わせている。
自分の中の醜い感情に嫌気がさす。
私の言葉はレミを困らせ悩ませ、傷つける。
本当は彼女だってこんな役回り嫌な筈なのに、それでも私の事を想ってくれているのだ。
「私はミアがどんなに反対しても、一人でもやり遂げるわ。カトリーナには申し訳ないけど、彼女は私たちが動かなくても、きっと何か行動に起こす筈だもの。
だから、ミアはそんな罪悪感を持たなくてもいいの。これは私の我がままだから」
「……いいえ」
「ミア?」
「私も一緒よ。自分たちの目的の為に誰かを傷つけるの。
でもきっと、これは私たちが幸せになる未来があっても、消える事はないと思うの」
「……えぇ」
「だから、もし私たちが幸せになってカトリーナ様が不幸なままであったなら。
その時は、私たちが彼女を何とかしなくては」
私の言葉に、レミは目を丸くしてポカンとした表情をする。
と同時に、肩を揺らしてクスクスと笑い始める。
「カトリーナが私たちの救いなんて突っぱねそうだけどね。頑固だし、プライドが高いから」
「……そうかもしれないけど」
「でも、いいわ。カトリーナだって今のままだったら、幸せにはなれないもの。
あのプライドをへし折るのも、将来的には悪くないはずよ。彼女の未来もまるごと計画に入れておきましょう」
きっと私の言葉は偽善なのだろうし、自己満足なのだろう。
カトリーナ様から馬鹿にするなと言われても仕方が無い。
でも、きっと私たち三人、そして本来の悪役令嬢であるラシェル・マルセル侯爵令嬢。
私たちにも未来があっても良いのではないか、とそう思わずにはいられない。
それからの私たちは、というよりも私はほとんど何もしていないと言ってもいいだろう。
何故なら、ラシェル様を陥れる罠をカトリーナ様は既に着々と準備していたのだから。
そんな時に、偶然ラシェル様の悪い噂を流す事に成功することが出来た。
それは、この国では存在が認められなかった闇の精霊とラシェル様が契約しているとレミが偶然知る事が出来たからだ。
普通、精霊と契約するには、《精霊召喚の儀》が必要になる。
だが、何故か彼女はそれを行わずして精霊と契約していたのだ。
ちなみに、この精霊。
魔力の強い者しか見る事は出来ないし、契約する事など出来ない。
つまり、私は生涯見る事は叶わないという事だ。
だがレミは違う。レミは元の魔力が強い為、精霊を見る事が出来るのだ。
だからこそ、ラシェル様と闇の精霊が一緒にいるところを発見し、契約している事実を知り得たのだ。