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「ミア、大丈夫?顔色が悪いわ」
「いいえ、大丈夫よ」
「そう?それならいいのだけど……」
いけない。
つい過去の事を思い出して、暗い顔をしていたみたい。これでは、折角沢山の準備をしてくれてこの日を迎えたレミに心配をかけてしまう。
だが、私の否定した言葉にレミはどこか納得していないかのように唇を尖らせて、私を注意深く観察しているようだ。
「さぁ、今日から始まるのよ。まずは、ラシェル・マルセル侯爵令嬢を探さなくてはね」
「えぇ、そうね。彼女は黒髪だから、すぐに見つかるはずよ!」
話を逸らすように話題を変えた私に、レミはすぐに意識を元の断罪計画へと戻したようだ。
そんなレミを横目で見てほっとする。
彼女には、いつも心配ばかりかけているのだから、これ以上負担をかけたくない。
だからこそ、この計画がどうか順調に進みますように。
そう願ったのもつかの間。
「何か……おかしい」
レミのその一言で、私たちの計画は全く順調では無いことを悟った。
「悪役令嬢が入学していないし、ヒロインのアンナも何処かおかしい。
みんなゲーム通りじゃないわ」
「そんな……。それじゃあ、私たちは隣国には行けないってこと?」
「いえ、計画を変更して様子を見ましょう。とりあえず、悪役令嬢の取り巻きの筆頭でもある、カトリーナには気に入られているみたいだし。彼女と行動していれば、悪役令嬢とも会える可能性があるわ」
「そ、そう。レミが言うのならそうなのでしょうね」
入学してから早数か月が経った。
だが、レミから聞いていた物語とは全く違う学園の様子に、私たちは戸惑っていた。
修道院に行けなければ、隣国に行くチャンスは低いのだから。
ただあの家を逃げ出すだけでは、きっとあの伯母のことだ。私たち……いえ、レミという能力の高い姪と金蔓の私を必ずや見つけ出すだろう。
そうなれば、今よりももっと酷い状況になるのは明らかだ。
だからと言ってこのまま物語と全く違うストーリーを追っていけるのだろうか。
今だってカトリーナの取り巻き状態の私たちは、彼女の顔色をうかがってばかりいる。
これで本当に合っていたのだろうか。
……ダメダメ。
私が考える事なんてレミの足元にも及ばないもの。
レミととりあえずは、カトリーナの取り巻きとして情報を集めると決めたのだからそうしなければ。
そんな日々を一年続けた頃、物事は急速に動いた。
「悪役令嬢……ラシェル・マルセルが学園に来たわ」
「えぇ、でも……」
「ミアが言いたいことは分かる。だって私も戸惑っているもの」
「そう、よね。だって、どう考えても悪役……という風には見えなかったわ。それに、王太子殿下とのことも」
「そうなのよね。悪役令嬢の筈のラシェルとメイン攻略対象の筈の殿下が……あんなにも仲が良さそう、というより本当に想い合った婚約者同士に見えるなんて」
ようやく悪役令嬢のお出まし、という事で意気込む私たちを他所に、悪役令嬢である筈の人物がレミに聞く人物とはかけ離れていたのだ。
確かに黒髪に猫の様な吊り目、一見性格はキツそうに見える彼女であるが、どう見てもヒステリーで他人を攻撃するようには見えない。
それどころか、暫く病気の為に療養していたと聞いていた通り、物静かで凛とした美しさを感じる人であった。
「レミ、どうするの?」
「困ったわね。悪役令嬢さえ学園に戻れば物語が動くと思っていたけど、このままだと計画は思う様には進まないわ」
「まさか、殿下が婚約者である彼女とあんなにも仲が良いとは思わなかったわね。噂では不仲だと有名だもの。
あの様子だと、私たちが彼女の取り巻きになるのは難しそうよ? だって彼女、私たちだけでなくカトリーナ様に対しても警戒していたようだもの」
私の言葉にレミはハッとしたように頭を上げると、何事か深く考え始めた。
何かおかしなことを言っただろうか。
不思議に思いながらも、顎に手を当てて「いえ……という事は……もしかしたら?」と小さく呟きながら思案しているレミの横顔を眺めつつ、紅茶のカップを手に取ると一口流し込む。
数分が経っただろうか。目の前のお菓子に手を伸ばそうとした時、レミが「そうよ!」と大きな声をあげる。その声に驚いた私は、ビクッと肩が揺れて、手に取ろうとしたクッキーを取りこぼしてしまった。
「ど、どうしたの?」
「今や殿下の気持ちはラシェル・マルセルにあるという事よ!だから、本来の乙女ゲームヒロインには靡かなかったのだわ。という事は、ラシェル・マルセルをヒロインとして設定し直せば良いのよ」
興奮したように頬を蒸気させ、早口で捲し立てるレミに私は思わず苦笑いになってしまう。
レミには何か光が見えたようだが、私には全く話が見えてこない。
それどころか、私の目線には、先程食べ損ねたクッキーが視線をとらえて離れない。だが無情にも、そのクッキーを口にすることは今の状況では無理だ。ということだけを、今この瞬間理解した。




