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学園へとレミと向かう道中、私は過去の事を思い出していた。
ここまでの思い出、そしてレミから計画を打ち明けられた日の事を。
あれはそう、学園に入学する二年前であったか。
いつものように、眠る前にどちらかのベッドに二人で潜り込み、ひっそりと二人だけのお喋りの時間を楽しんでいた時。
確か、私の方からレミの前世の記憶の話に触れたのだ。
レミが、このままだと私たちは将来幸せにはなれない。なんて言うものだから。
それで、二人で必死になって打開策を考えた。
でもそんな時でも、私は全くの役立たずで、ほとんどの計画を立てたのはレミであったのだが。
「それで、レミ。何故、私たちが幸せになるには、修道院に行かなければいけないの?」
「修道院に本当に行くわけでは無いの。私たちの目的は、私とミアの令嬢としての価値を落とすことだもの」
「でも、それだと私は絶対にお嫁に行けないわ」
レミの言葉に首を傾げる。
修道院になんて行ったら、自ら素行不良だと言っているようなものだ。
高位貴族やお金持ちの商家の娘、それにレミのように魔力が高い子であれば、修道院を出てもどこかの後妻に入れるかもしれない。
でも、私みたいな貧乏伯爵家の娘なんて、誰も好んで嫁には取るはずない。
「それでいいのよ。どうせあのシスコンな父親は伯母様の言いなりなのだから。
このままいけば、私はあの豚そっくりな従兄弟と結婚させられるわ。
それに、ミアは二十も離れた商家の後妻に行かなければいけなくなるのよ!
そんな結婚に私たちの未来何て無いも同然じゃない」
「それも前世の記憶と言うものなの?」
「えぇ、そうよ。悪役令嬢の取り巻きではあったものの、全てを彼女の罪として擦り付けた私たち二人ともう一人の取り巻きは直接罪には問われていないの。
ただ、私たちに関しては悪役令嬢のその後の後に、付け足すように《卒業を待たずに結婚し、学園を去った》の一文で済まされていたけど……。それだけで十分分かるわ」
元々、この家は伯爵という名前だけ立派なだけ。その実、我が家は借金が膨らむばかり。
母が生きている時は、裕福だった母の実家である子爵家から支援があったが、今はそれも打ち切られた。
しかも、問題ばかりを起こし続けた父の姉である伯母が、息子を連れて出戻っているから更に事態は酷いものだ。
金遣いの荒い伯母に、伯母の言う事なら何でも聞くシスコンな父親。
そして、食べて寝るばかりでブクブクに太った従兄弟は、伯母に似て嫌味ばかりを言う。
そんな伯母は、姉であるレミを従兄弟と結婚させてこの家を継がせるつもりらしい。
妹の私は、金持ちの商家で我が家への支援を約束してくれている、私とは二十も年が離れた人の後妻として嫁に出す予定だ。
……だがその人は色々と訳ありで、既に三人もの妻が謎の死を遂げていると聞く。
何故妻たちが相次いで死んだのかは分からない。
だが、全て病死となっている。
……それでも、自分にも同じ未来が待っているのでは無いか。そう思わずにはいられない。
しかも、父と伯母が一度、その人を我が家へと招いた時に挨拶をさせられたのだ。
質の良い流行の装いで全身を着飾ってはいるものの、常に怪しい笑みを浮かべて、こちらを品定めするよう、上から下へとくまなく舐めるような不気味な視線を向けられた。
あの視線を思い出すだけで、今もまた鳥肌が立つ。
きっとこの結婚がまとまったら、私は悲惨な目に合うのは確実なのだろう。
今までの妻たち同様、不審な死を遂げる可能性だって高い。
だが、伯母たちにとって、私の価値は我が家にお金を運ぶ事。その一点のみなのだろう。
「でも、私たちは悪役令嬢の取り巻きになっても罪には問われないのでしょう?
それなら、修道院へは行くことは出来ないわ」
「だから、悪役令嬢と一緒に直接攻撃をすればいいのよ。証拠も残して」
「でも、それだと……その、聖女を危険な目にあわす事にならない?」
そう言った私に、レミは優しく目を細めて「あなたは思いやりのある、優しい子だわ」と微笑む。
「大丈夫よ。私は魔術に関しては得意な方だもの。攻撃をするだけで、怪我をさせる訳では無いわ」
「そう。それなら大丈夫、よね」
「えぇ。そして罪に問われた後は、晴れて修道院へと出発よ!」
まるで修道院が、輝かしい地かのように拳を握りしめて、黄色い瞳を輝かせるレミに思わず苦笑いしてしまう。
「それで、リディ叔母様から連絡はあったの?」
「えぇ、リディ叔母様から協力を約束すると手紙を貰ったわ」
「まぁ!あぁ、良かったわ!」
レミは誇らしげにベッドから身を乗り出すと、近くのテーブルから一通の手紙を取り、私へと差し出した。
それを受け取り、封筒から手紙を受け取るとベッドサイドのライトで手紙の内容を読み込む。
このリディ叔母様というは、母の妹だ。
隣国の男爵と恋に落ち、両親の反対を振り切り、駆け落ちのように隣国へと嫁いでいったというなかなかに行動力のある女性だ。ちなみに、どうやらその駆け落ちに協力したのは、亡き母だったようだ。
母方の祖父母や他の兄弟とは没交渉だったようだが、母とはこっそりと連絡を取り続けたようで、母が生前にリディ叔母様の事をよく語ってくれていたのだ。
「リディ叔母様には申し訳ないけど、この家は伯母親子に乗っ取られて、私たちの身が危ない。
もしかしたら、乗っ取る為に修道院に入れられる可能性もあるって……少し嘘をついてしまったわ」
「とても前世の話なんて出来ないものね」
「そうなのよ。でも、それで随分同情的になってくれて、その時は叔母様が手配して、隣国で面倒を見てくれるって。そう書いてくれているわ」
レミの言葉で、もう一度手紙へと視線を移すと、確かにそう書いてある。
叔母様の姪として、隣国で住む場所や働き口を紹介してくれると、そう書かれていた。
「でも、会った事の無い人よ? 大丈夫かしら」
「そうね、少し心配だわ。でも、お母様がよく言っていたじゃない。『リディはあの家で唯一信用が出来る人よ。困ったときは相談なさい。必ず助けてくれるわ』とね。
それに、私たちには頼れる人なんていないもの」
「そう、ね」
レミは頼もしい顔でニッコリと笑う。
それでも、これを行動に移すのは些か危険が過ぎないだろうか、とも思う。
「でも、レミは本当にいいの? だって、そもそも取り巻きにならなければ、この家は貧乏なのは変わらないけど、傷もつかないし。何と言ってもあなたは、この家を継げるのよ?」
「いいのよ。だって、私はミアが幸せでなければ、私だって幸せになれないもの」
「レミ……」
しんみりとした空気の中、私はレミの優しさに胸が温かくなる。
だが、その空気を明るく戻したのもまたレミだ。
「それに、私だってあんな何もしない豚と結婚なんて嫌!」
「……確かに!」
「あー、もう。諸悪の根源の伯母をこの家から追い出せれば良かったのにね」
「えぇ、本当」
金遣いも荒く、貧乏で使用人たちを沢山雇う事が出来ない我が家では、節約の為と言って、私やレミを扱き使う事が多い。
気が強く言い負かされる事もあるレミよりも、私の方が楽なのか、伯母は私には特に辛く当たる事が多かった。
『取り柄も無いクズ』『姉と違って無能』『これが刺繍?ゴミの間違いでしょう』
幼い時から言われ続けた伯母からの暴言、時に振るわれる暴力を思い出すだけで、体が恐怖で震えて固まってしまう。
最初、レミは彼女たちをこの家から追い出そうとした。
だが狡猾な伯母は、言いなりである父を盾にし、この家の女主人としての実権を全て握ったのだ。
幼かった私たちには、何も成す術が無く、ただ黙って唇を噛み締めるだけの日々を過ごしていた。
だからこそ、この家から、そしてこれから待つ絶望から逃げるという選択をしたのだ。
それでも、レミは変わらず『いつかあの親子と父親に痛い目を見せてやる』と言い続けてはいるが。
そんなレミを心の底から尊敬する。
私は頭が切れる方でもない。
計画だって立てる事が出来ない。
……そして、今なお伯母の顔を見るだけで、声を聴くだけでも身が縮こまり、震えるだけなのだから。