「秋といえば?」
秋と認めてもいい、気候が程よい暑さと寒さの間となり始めた今時分。話相手の口を突いたのは「秋といえば」と言う典型的な質問だった。
「秋といえば何がある?」
「秋ぃ? ……食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋……」
思いつくのはそれこそ典型的な解答ばかり。そんなのを求めていないだろうに、目の前の話し相手は成る程ねぇ、と相槌を打った。
缶コーヒーとオレンジジュースが乗った白い丸テーブル。それを挟むように向かい合い、簡素な白い椅子に座る男子大学生二名。学内一の新しい校舎では名も知らない在学生達が昼食を下げて、あるいはレポートの山を抱え込んで往来していく。その波に取り残されたこの二人は特に教材やパソコンを広げることなく、食べ終えた昼食を隅に寄せて飲み物だけで居座っていた。
聞き手の黒髪学生は、話題を振った金髪の様子を密かに伺う。缶コーヒーの縁を持ち横に揺らすのは納得してない時に出る癖だ。バイト先の後輩に整えられた綺麗すぎる爪を見ながら
「じゃあヒントをどーぞ」
「ヒントぉ? それこそ難しい……」
色素の薄い彼は顎に缶を持った手を当てる。
「えぇ、なんだろ。そういうのじゃなくて物的なのがいいなぁーって」
「物?」
「そう。例えば紅葉とかイチョウとか……そういう形ある感じ」
「赤とか黄色とかは?」
「アウト。形があるのがいい。どんぐりとか」
「わがまますぎる……リンゴとかぶどうとか?」
「そうそう。柚子とかもいいよね。あとは魚とか花……」
そこまで言って言葉が止まる。次の言葉を待つ間にオレンジジュースを飲んでいると「そうだよ、金木犀だ」と切り出した顔が明るくなり
「今日、ここ来るまでに金木犀の匂いしたんだ! だから秋といえばみたいなのが出てきたんだね。はぁー納得」
なんでこの質問したのかわかんなかったんだ、と目の前の男は快活に笑う。無意識の疑問から解放された表情が秋晴れの様に曇りのない爽やかさなのに対し、付き合わされた黒髪はわざとらしいため息をひとつ吐いた。
スタートを切る気満々で構えていたのに、ゴールテープさえ見せてもらえなかった選手の気持ちはこういうものなのかもしれない。そんな風に思いつつ
「じゃあもう話終わるじゃん。秋といえば金木犀」
「だね。でもそれじゃつまらないじゃん。せっかくだからコンビニ行こう」
今度は味覚の秋を探そうぜと悪戯っぽく笑う向かい合っている顔に吊られるのはしょうがない話だろう。何せこちらは始まる前に終わったのだから。次空きコマだしな、と理由をつけて腰を上げたにしては随分と体も一歩も軽かった。
こうなったら味覚だけと言わず、とことん秋を探してやろうと決意しながら。
金木犀の匂いが最高に好きです。
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