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#07 皐月の殺気は即戦力!

 自重、というのは少なくとも一度は調子に乗って失敗したことがある人にしか理解できない行為だろう。そりゃ確かに人の失敗を見て我がふりを直すなんてこともあるかもしれないけど、それは自重というより……うーん、慎重? 教訓? うまい言葉が出てこないけどそっちかな。


 何が言いたいかって言うと、内定をもらって彼氏も出来た後の私は自重とは程遠い行動を取ってたということだ。


 私は生まれてはじめて浮かれポンチになって人生を謳歌したよ。彼氏と一緒に。


 この殺気も自分の個性だと思えばそんなに悪くもないね。バスや電車が混んでいても窮屈な思いはしなくて済むし、夜中に出歩いても変な男に後をつけられたりもしない。

 あ、いや、夜は視覚が制限される分SKD値が下がるから鈍い男はやっぱりおかしな行動してくるけどね。コートをぱーっと開くと中は……なんてのもある。その時はたまたまバイト帰りだったから、その困ったおっちゃんにバイト先の警備会社の事務封筒を見せてあげるとすごい勢いで逃げていったけどね。


 バイトも面白かった。握手会をしていた地下アイドルさん達からは凄く感謝されたし、横浜の成人式では逮捕された新成人の数が半分になったって役所の人にお礼を言われたよ。

 線路の脇で畑を踏み荒らす撮り鉄も、鎌ヶ谷街道でいきがってた暴走族もみんな私を見て逃げていったし。


 あ、でも、同じ警備会社の人の柔道の試合についていって相手をずっと睨んでろって言われた時はちょっと複雑だったなぁ。相手の人が殺気にひるまない人って後で聞いてちょっとホッとしたけど。ただ、やっぱり全体的にJFHの選手の勝率は跳ね上がったみたい。うーん……。


 アーチェリーとか、ああいう精神統一が大事な競技の試合見に行ったら絶対に選手全体の平均点が下がるだろうなぁ。うかつにそういうところに行かないようにしよう。


 あ、これが自重ってやつか。なるほど理解。


 でもなんだかね、今まで背中を丸めて世間様に申し訳ないとずっと心の中で平謝りしていたのが何だったんだろうって改めて思う今日この頃だよ。



◇◆◇


 それから私は大学を無事卒業して、晴れてJFHセキュリティに入社した。イベント警備の方はまだ実績が足りないのと、競合他社がそもそも結構な既得権益を持っているせいでなかなかお呼びがかからなかったけど、それでも新人研修の間に2,3回呼び出されることはあった。


 研修をたびたび抜けることで同期からは「いいなあ」となぜか羨望の眼差しを受けていたけれど、これはお門違いもいいところだ。研修が退屈だったり理不尽だったりするのは解るけど、私はみんなより先に現場に立ってるんだよ?


 そんな同期入社のデスクワーク組や開発職(警備会社ってかなりの数のエンジニアがいるんだよ!)の人達の不満はある日、研修の教官に向けて暴発したらしい。どうして私がそんなに特別待遇なのか、だってさ。

 困った教官達はそういう人達を集めて、私を中心とした半径2.5mの円, SKD=1.5 圏内っていうのかな、そこに入れた。そしたらその人達はその後何も言わなくなった。ひどいね、同期も教官も。


 でもね、吐くことはないんじゃないかな。失礼だろうキミタチ、人の顔見て吐くだなんて。もらいゲロもいっぱいいたみたいだけどさ。あ、逃げるな。ちゃんと汚した畳掃除しときなよ。


 ……ちっ……顔覚えたからな。


 あと、新入社員研修の合宿で誕生したカップル数が多い、と教官に愚痴られてしまった。研修所の壁を突き抜けた私の殺気が若い男女に吊り橋効果をばら撒いたらしい。知らんがな。

 出生率が一向に上がらないこの国で、カップルをガンガン成立させる私はむしろ褒められるべきだと思う。社内恋愛で寿退社続出? それも私のせいなの?

 会社が人事施策をうまいことやって、働き続けたい会社にすればいいんじゃないの? 働き方改革やってんじゃなかったの弊社は!?


 そんなわけで、私が正式にセキュリティサービス本部の企画部に配属されてしばらく経つと、オフィスフロアにはなんとなくピンク色の色ボケた空気が漂い始めた。

 え? 私? うん、もちろんそのピンク色の空気の一部だったと思うよ。彼氏の五味さんとは本部が同じだから仕事中も結構話ができるし、そもそもデスクワーク中は基本的に抗不安薬を飲んだりしてぽやんとしてるからね。

 でも、抗不安薬の中には30日以上続けて飲むと強烈な依存性を持つものがあるらしくて、私が飲んでるのもそうなんだそうだ。だから、土日や出動がある日なんかはできるだけ薬は飲まないようにしてるし、3年目以降は在宅勤務制度も使える。そこは会社も了解済みだ。


「なんか、いいのかな。私が会社の人事制度をかなり特例で捻じ曲げてるような気がする」


 ある日、私は五味さんに自分の社会人生活が本当にこれでいいのか聞いてみた。「大丈夫」って言って欲しいだけだった気もするが、何かこう、足元がおぼつかないようなそんな感じなのだ。ここのところ特に。


「問題ないだろ。皐月から捻じ曲げてくれってお願いしたわけじゃないんだし、実際に芸能系のイベントは受注が増えてるらしいしさ。会社的には十分プラスなんだから」


「いやぁ……どうなのかな。寿退社ラッシュは一応収まったけど、なんかこう、会社に地味にダメージ与えてないかなあ……? 私は怖いんだよ。こんなに順風満帆だったこと、今まで一度もなかったから」


「不安なわけか。皐月は今の状況が自分に都合良すぎていて後でしっぺ返しが来るかもしれない、と、こう思ってるんだな?」


「うん。まあそんなとこ」


「もし、多少は泥をひっかぶっておいたほうが気が紛れるって言うんなら実はそんな話はいくらでもあるんだぜ」


「へ?」


 五味さんがいたずらっぽく笑って私の背後にあった壁をどんと掌で叩いた。


 か…壁ドン? なんだろうこの状況? 話の流れ的にご褒美じゃないよね?

 調子に乗りすぎてた罰を五味さんが直々に私に下すってこと? え?


サブタイトルは枕詞です。枕詞には通常、続く特定の言葉があります。その言葉がその話を象徴している感じです。

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