#06 殺気が取り持つなんとやら!
浅川さんの唐突なスカウトから数週間、私は被撃墜マークをさらに4つ増やした。サングラスや抗不安薬で善戦はしたものの、この時期にまだ募集をかけている企業の倍率はハンパなものではなかったのだ。
ことここに至っては、浅川さんの名刺に書かれていたメールアドレスにメールを入れるしかなかった。
くう。なんか負けた気がするが……これも御縁と考えるとしよう。
「御社にお世話になろうかと思います。まだ大丈夫でしょうか?」
浅川さんの返事はありがたいことに、大歓迎の三文字だった。次の日には何やら書類が届き、入社前のアルバイトやインターンなんかもどうですかというお誘いもされたよ。間に合った。良かったよかった。
私の未来をお祈りしてくれた409人の採用担当者さん達、ありがとう。私、今、幸せです!
実家に報告したら、親兄弟もそりゃあ喜んだ。「上場企業に三顧の礼で迎えられただと?さすが我が娘だ」って舞い上がっちゃって、なんだかこっちも泣けてきちゃったよ。紗栄子も喜んでくれたし。あと、「あの動画は私じゃないから、絶対!」って何度も念を押されたな。私、何も言ってないのに。
それからの私は結構忙しかった。他の内定をもらった人達と違い、なんだかJFHセキュリティの偉い人達にも何度も合わされたり会議に呼ばれたりもした。私の殺気について、それまでとても信じられないって言ってた人達が私と顔を合わせるとあっという間に納得してくれる。
喜んでいいのか悲しんでいいのか―― ま、いいか。今回はこれが内定の決め手だったんだし。
そうそう、偉い人達が持ってた資料の中に、なぜか紗栄子が描いていた縦軸がSKDのグラフが何枚もあったのはちょっとびっくりしたわ。
余談だけど、偉い人に会いに行くとその分日当が出たのでなんだかお金にも余裕が出てきたよ。
だってさ、よくよく考えたら一社面接受けるのに往復電車賃400円かかってたとしたら、これまでに16万円ほど交通費だけで使っちゃってた計算なわけよ。この金額、大学生には相当痛いよね。
面接の交通費は、出してくれるところも結構あるけど知らんふりする会社の方が多かったもの。売り手市場かなんだか知らないけど、これが今の日本の現状だよ。ふん。
それが今や面接に行く電車賃もいらないし、会社に行って偉い人と面談するだけで何千円ももらえるんだ。凄くない?
◇◆◇
「え? あんたに彼氏が?」
「うん……」
「うそ……人間なの……?」
「うん……ってなんでそこ疑うのよ」
「いや、だって……うーん……」
11月のある日、私に彼氏が出来たことを紗栄子に報告すると、紗栄子はまず自分の耳を疑い、次に私を疑った。そして両方とも正常だと判断すると、次に待っていたのは質問攻めだった。
どんな出会いだ、どんな男だと、そりゃあしつこかったよ。自分は医学生とのお付き合い隠してたくせに。
「いい加減吐けコラ! どこの馬の骨よ。私の皐月を掠め取っていったのは?」
「わかった。言うから、もう。JFHでバイトの指導についてくれてる人だよ。個別指導してたらドキドキして目が離せなくなったって言ってくれたんだ」
「新人食いか……個別指導で盛り上がって……? あんたそれ、吊り橋効果じゃないの?」
「何よそれ! 五味さんそんな人じゃないもん! ちゃんと私のこと好きって言ってくれたもん!」
「うーん、にわかには信じがたいけど……皐月、だったらその奇特な男、絶対離すんじゃないよ? 吊り橋効果はきっかけにはなるけどその時に抱いた恋愛感情は文化祭の時と同じ! 修学旅行の時と同じ! 錯覚だからね!? 錯覚をなんとかうまく恋愛感情に定着させるまでは気を抜くんじゃないよ!」
吊り橋効果とか奇特な男とはなんて言い草だ! 人の彼氏のことを何だと思ってるんだこいつ。やっかみか? 私に彼氏が出来たことをやっかんでるのか?
……いや、それはないな。どう考えても紗栄子のほうが美人だしスタイルもいい。今じゃ東京の空気をまとって田舎に帰ると「生態系を乱すから帰ってくるな」とまで言われるほどの彼女がまだ見ぬ私の彼氏の話を聞いただけでやっかむなんてことあるはずがない。
「ちょっと酷いよ。紗栄子……もう少しこう、言い方ってもんがあるじゃない?」
それからしばらくの間、紗栄子はトーンダウンしつつも私が騙されていないか、財布代わりの便利な女だと思われていないかなどを事細かにチェックしてきた。やはり私のことを心配してくれているのだろう。 私はいい友達を持った。うん。
「ホント気をつけてね。あんたが変な男に騙されて、絶望して田舎にでも帰っちゃったらあたしどこに住めばいいのよ」
言ってはならんことを言ってしまった紗栄子は慌てて自分の口に手を当てた。が、もう遅い。たぶんその時の私は2.5SKDくらいの殺気を出していたに違いない。紗栄子でさえ思わず後ずさっていたみたいだし。
「ってあんた、私の彼氏よりあんたが私のことを便利な何かに使ってるんじゃないの?」
その日、私達は久しぶりに喧嘩をした。わかってる。紗栄子だって別に安い家賃が目当てで私の面倒見てくれてたわけじゃない。だってそのずっと前から友達なんだから。でも、始まったものは止まらない。
そう、彼氏の名誉のためにも、紗栄子には少し痛い目にあってもらわないと。
「何よ! あんたなんか!あんたなんか!」
「うるさいわ! たまたま彼氏が出来たからって!」
そうして始まったつかみ合いの戦いはそのうちじゃれ合いになり、三十分ほどで終わった。紗栄子も、本気で私とどうにかなるつもりは無いらしい。
「で、その五味って男どんな男よ。写真くらい撮ってるんでしょ。見せなさいよ」
「しょうがないなあ……ほらっ」
私はスマートフォンの写真フォルダに入れてある五味さんの写真を紗栄子に見せた。おどけた明るい顔。決して二枚目ではないが、誠実そうで、それでいて一緒にいると楽しそう。そんな五味さんを見ればきっと紗栄子だって……
「……いい男ね。少なくとも外見は」
いやほんと、照れるけどいい男なんだこれが。つか、一言余計だよね。
「てか、すごく写真が上手じゃない?」
「うん。なんでもインスタ投稿が趣味なんだって。1日にすごい数の写真撮るって言ってたよ。これはそのうちの1枚」
「ふーん……あんた、おかしな写真撮られて全世界に痴態を晒すようなことだけはやめてよ?」
「だから、五味さんはそんな人じゃないってば!」
こうやって、人にのろけ話をするなんて初めてだ。内定も出た。バイトも順調、彼氏も出来た上にのろけ話を聞いてくれる友達までいる。
最強! 私、今、最強!
思わず握る拳にも力が入る。
「皐月、あんた今凄い殺気が出てるわよ。ほら、お薬飲んどきな」
うう、打ち下ろしたい。この拳を再び紗栄子の頭に……っ!
SF[空想科学]にて「人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました」という作品も書いております。
こちらもよろしくお願いします。
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