表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

#05 殺気のおかげで内定が!

 浅川と名乗ったその男は私の顔を見てやはり殺気を感じていたのか、冷や汗らしきものをかいていた。用事が済めば一刻も早くここから立ち去りたい、そんな態度がありありと見える。


 嫌だな、こんなふうにあからさまに怖がられるなんて――


 それでも紗栄子が私をここに呼んだのには理由があるはずだ。怒るにしても帰るにしても、その理由を聞いてからにしよう。


 私は紗栄子の隣にちょこんと座って、バッグの中から出したサングラスを鼻にひっかけた。


「で、紗栄子、用って何?」


「電話で話したでしょ。こちらのイベント警備会社の浅川さん。あんたと話したいから紹介してくれって言われたのよ。急だったのは謝るわ。こういう話は早いほうがいいと思ってね」


「あらためまして、よろしくお願いします」


神尾かみお皐月です。はじめまして」


 私が席に座ったせいだろうか、近くの席にいた乳幼児数人が一斉に泣き始めた。おろおろしながら乳飲み子を抱えて外へ出ていくお母さん達を見ると、申し訳なくていたたまれなくなる。

「これでは話が出来ないから場所を変えましょう」と気を利かせた紗栄子が浅川さんに提案したが、浅川さんは「大丈夫です」と言って自社の説明をし始めた。


 この人は一体何をしたいんだろう?


「あの……お話が見えないんですが」


 私は思い切って聞いてみた。だって本当に分からないのだ。


「え? こちらからお聞きになってないんですか?」


「はい、話してません」


 困惑気味の浅川さんに、紗栄子は臆面もなくそう答えた。


「そうでしたか、すいません。では長い前置きは省いて単刀直入に言いましょう。神尾さんには是非、弊社に入社していただきたいと思っているのです」


「は?」


 藪から棒。青天の霹靂。寝耳に水。急転直下。降って湧いたような……ええと他には……


「だってさ。皐月」


「え? なんで? どうして? わわ私、御社にエントリーシート出しましたっけ?」


「いえ、エントリーはしていただいておりません。ですが弊社は是非、神尾さん、あなたをスカウトしたいのです。あなたが来てくれれば弊社の成長は約束されたも同然です。この動画を見て、そしてあなたにこうしてお会いして、その予感は確信へと変わりました」


 浅川さんはそう言ってタブレットを取り出し、Twitterに投稿されている動画を再生した。どこかの公園で女性が一人、餌をついばむ鳩の大群に近寄った途端、鳩がほとんど逃げ出し女性が呆然と立ち尽くす、という動画だった。


 顔はマスキングされているけど、これは明らかに私だ。誰かが私を笑い者にしようとしたんだ。


「紗栄子! 何? この動画!」


「いや、あたしじゃないよ。どっかの暇人が撮って投稿したみたい。見てみな、リツィート7万だって。それがあたしのタイムラインにも今朝方流れてきたの。で、その動画に返信する形でそこの浅川さんが『この方と連絡を取りたい』って書き込んでたからなんだろってとりあえず興味本位で連絡したらさ……なんかいいお話っぽいからさ……」


 うん。ダイジェストで解説ありがとう紗栄子。そうか、そういう経緯だったか。むしろ紗栄子はよく知らない人にわざわざ連絡とってくれたいい人だったんだね。さすが私の親友だ。


「はぁ……分かりました。それにしても随分唐突ですね。理由をお聞きしてもいいですか?」


 正直、内定は喉から手が出るほど欲しい。もう4年の前期も終わろうというのに内定が一つも取れてないこの現状から少しでも早く抜け出したいのは確かだ。


 しかし、サングラスと抗不安薬でなんとか面接を切り抜けられそうな算段が立った今になって、エントリーシートも出していない会社から内定をもらえるなんて……。


「お願いします。弊社は現在、東証二部に上場しておりますが、あなたのご助力がいただけましたらば悲願である一部上場も視野に入ってくるやもしれんのです」


「どうしてそんなに私を……?」


 浅川さんはその事情を詳しく、解りやすく私に説明してくれた。浅川さんの会社 ――JFHセキュリティというらしいが―― は今のところビジネスショウや企業のプライベート展覧会などを中心に堅調な成長を続けている。だが、今後の成長のために新しいイベント分野にも参入したいらしい。それが芸能分野のイベントなのだそうだ。


 参入にあたって、ある程度のノウハウは経験者をヘッドハンティングすることで補えているが、どうしても芸能人とファンの距離が縮まる握手会やサイン会なんかの警備では、ファンとの距離感が解っていない後発は苦労するらしい。何より、危険なファンの次の行動というのは余程の経験がないと予測不能なのだそうだ。


 私の殺気はその後発の劣勢を覆せるかもしれない、大逆転の可能性を秘めている、と浅川さんは言い切った。


「つまり、私を警備員としてスカウトしたいと? それは無理ですよ。警備員ってみんなすごいマッチョじゃないですか。あんな人達の中で私みたいなガリガリがやっていけるハズがありません!」


「いえ、物々しい装備をしたり、身体を張って暴徒に立ち向かえとお願いすることはありません。ただ、ここぞというところでその殺気を放っていただきたい、それで十分なのです。デスクワークがご希望でしたら通常勤務と特別勤務というふうに勤務形態を分けてもいいと考えています。ほら、ちょうど実業団のスポーツ選手がやるような、あんな感じですね。」


「はぁ……」


 なるほど、ファンの視界に入るところで私が殺気を出していれば、小心者の悪戯は防げるだろうということか。さすが、お金が絡むと企業はいろいろ考えるものだなあ……。勉強になる。


「お話は良く分かりました。ですが少しだけ考えさせて下さい」


「宜しくお願いします。いいお返事が聞けることを期待しております」


 私は即答を避け、その流れでその場はお開きになった。別れ際、浅川さんは何度も宜しく、と私に頭を下げていたが、なんだか妙な気分だ。


 今まで私が何度「宜しくお願いします」と言ってもどの企業も取り合ってくれなかったのに、こんなどんづまりの今になって向こうから「宜しく」って言ってくるなんてね。


 でもとりあえず、内定一つ確定。しかも上場企業! 嬉しいよ? 嬉しいさ! 嬉しくないわけがない。いろいろ引っかかるところはあるけどね。


 そうだ、上野公園の動画を投稿したヤツ。誰だか知らないけどアイツには絶対感謝しない! きっかけを作ってくれたのはありがたいけど、お礼を言う気にはなれないね。

 むしろ、いつかあう日があったらどうしてくれようかって感じ?


 それにしても内定かぁ……うふふ。紗栄子には何かおごらないとね。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ