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#05 殺気のおかげで内定が!

浅川と名乗ったその男は私の顔を見て、額に冷や汗が浮かんでいた。用が済めば一刻も早く立ち去りたい、そんな態度がありありと見える。


嫌だな、こんなふうにあからさまに怖がられるなんて——


でも紗栄子が呼んだのには理由があるはずだ。怒るにしても帰るにしても、まず理由を聞いてからにしよう。私は紗栄子の隣にちょこんと座り、バッグからサングラスを取り出して鼻にひっかけた。


「で、用って何?」


「電話で話したでしょ。こちらのイベント警備会社の浅川さんが、あんたと話したいって言ってたから紹介したの。急だったのは謝るわ。こういう話は早いほうがいいと思ってね」


「あらためまして、よろしくお願いします」


「神尾皐月です。はじめまして」


席に座った瞬間、近くにいた乳幼児が数人一斉に泣き始めた。おろおろしながら乳飲み子を抱えて外へ出ていくお母さんたちを見ると、申し訳なくていたたまれない。


「お話が見えないんですが」


「え? こちらからお聞きになってないんですか?」


「はい、話してません」


困惑する浅川さんに、紗栄子は臆面もなくそう答えた。


「そうでしたか。では単刀直入に言いましょう。神尾さんには是非、弊社に入社していただきたいと思っているのです」


藪から棒。青天の霹靂。寝耳に水。急転直下。ええと他には——


「だってさ、皐月」


「え? なんで? どうして? わ、私、御社にエントリーシート出しましたっけ?」


「いえ、エントリーはしていただいておりません。ですが弊社は神尾さんをスカウトしたいのです。あなたが来てくれれば弊社の成長は約束されたも同然です。この動画を見て、そしてあなたにこうしてお会いして、その予感は確信に変わりました」


浅川さんはタブレットを取り出してTwitterに投稿されている動画を再生した。どこかの公園で一人の女性が餌をついばむ鳩の大群に近寄った途端、鳩がほとんど逃げ出し、女性が呆然と立ち尽くす。顔はマスキングされているけれど、これは明らかに私だ。誰かが私を笑い者にしたんだ。


「紗栄子! 何これ!」


「いや、あたしじゃないよ。どっかの暇人が撮って投稿したみたい。リツイート7万だって。それがあたしのタイムラインにも今朝方流れてきたの。で、その動画に返信する形でそこの浅川さんが『この方と連絡を取りたい』って書き込んでたから、なんだろって興味本位で連絡してみたら……なんかいい話っぽかったから」


なるほど。ダイジェストでありがとう紗栄子。よく知らない人にわざわざ連絡を取ってくれたいい人だったんだね。さすが私の親友。


「はぁ……わかりました。それにしても随分唐突ですね。理由をお聞きしてもいいですか?」


内定は喉から手が出るほど欲しい。もう4年の前期も終わろうというのに内定が一つもないこの現状から、一刻も早く抜け出したい。でも、エントリーシートも出していない会社からスカウトされるなんて——


「お願いします。弊社は現在、東証二部に上場しておりますが、あなたのご助力がいただけましたならば悲願の一部上場も視野に入ってくるやもしれんのです」


浅川さんはその事情を詳しく話してくれた。JFHセキュリティというその会社は今後、芸能分野のイベント警備に参入したいらしい。経験者のヘッドハンティングはしているが、握手会やサイン会のような場では危険なファンの次の行動を予測するのが難しい。私の殺気はその後発の劣勢を覆せる可能性を秘めている、と浅川さんは言い切った。


「つまり私を警備員としてスカウトしたいと? 無理ですよ。みんなすごいマッチョじゃないですか。あんな人たちの中でガリガリの私がやっていけるはずがありません」


「物々しい装備をしたり、身体を張って暴徒に立ち向かえとお願いすることはありません。ここぞというところでその殺気を放っていただきたい、それで十分なのです。デスクワーク希望でしたら通常勤務と特別勤務に分けることも考えております。実業団のスポーツ選手がやるような、あんな感じですね」


「はぁ……」


なるほど。ファンの視界に入るところで私が殺気を出していれば、小心者の悪戯は防げるということか。


「お話はよく分かりました。ですが少しだけ考えさせてください」


「宜しくお願いします。いいお返事を期待しております」


その流れでその場はお開きになった。別れ際、浅川さんは何度も頭を下げていた。


今まで何度「宜しくお願いします」と言っても取り合ってもらえなかったのに、こんなどん詰まりの今になって向こうから「宜しく」と言ってくるなんて。


でもとりあえず、内定一つ確定。しかも上場企業。嬉しいよ? 嬉しいさ! 嬉しくないわけがない。いろいろ引っかかるところはあるけれど。


そうだ、上野公園の動画を投稿した奴。誰だか知らないけれど、アイツには絶対感謝しない。きっかけを作ってくれたのはありがたいけど、お礼を言う気にはなれない。


いつかあう日があったらどうしてくれようか。


それにしても内定かあ……うふふ。紗栄子には何かおごらないとね。




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