相棒はエース級のウザさで!
久保田課長に「殺気をコントロールするのよ」と言われてから三日後、私の新しい担当者がやってきた。
その男は私のデスクの前に立ち、名乗りもせずにいきなり口を開いた。
「神尾さん、ですよね。俺、瀬川っていいます。今日からよろしく」
ぐいっと差し出された名刺を受け取りながら、私は内心で深呼吸した。第一印象、悪くない。むしろ爽やかな部類に入る。ちょっと待って、久保田課長はエース級のウザい人が来ると言っていなかったか?
「よろしくお願いします。神尾皐月です」
「あ、知ってます知ってます。SKD値1.0の人でしょ。上野公園の鳩ぶっ飛ばした動画、俺めっちゃ好きで保存してあるんですよ。ウケません? あれ」
知ってた。これだ。これがウザいということだ。
「……笑えません」
「え〜そうっすか。俺、あれ見て絶対この人と仕事したいって思ったんですよね。それで久保田課長にお願いしたんです、俺をここに異動させてくださいって」
「自分から?」
「そうっすよ。だって面白そうじゃないですか。殺気を科学するって話、ロマンあるじゃないですか」
ロマン。この男は私の体質を前にしてロマンという言葉を使った。それだけでこいつが相当鈍いということは分かる。でも……なんだろう、悪い気はしない。怖がられるよりは確実にマシだ。
「瀬川さんは、私を見て怖くないんですか」
「全然っすよ。あ、でも最初の3秒はちょっとだけドキッとしましたけど。なんかオーラありますよね神尾さん。モデルさんみたいな」
「それは……」
モデル。オーラ。SKD由来の何かをそう解釈するとは、この人は相当ポジティブな回路の持ち主らしい。もしくは本当に鈍いか。おそらく両方だ。
「あ、そうだ。早速なんですが神尾さん、今週末、千葉マリンスタジアムでライブがあるんですよ。キャパ3万人。そこに来てほしいんですよ」
「いきなりですね」
「早い方がいいじゃないですか。SKD値の実証データ、屋外大型会場バージョンが欲しいんですよ。久保田課長もOK出してるんで」
私はそっと久保田課長のデスクの方向に目をやった。課長はパソコンの画面から目を上げず、小さく頷いた。
これが私の新しい日常か。
……紗栄子に報告したら、なんて言うだろう。
◇◆◇
「で、そのライブどうだったの」
週明けの月曜、私の部屋に転がり込んできた紗栄子は麦茶を片手に身を乗り出した。
「どうって……3万人のお客さんがいる会場で私が端っこをうろうろしてたら、最前列付近が自然と空いていくの。スタッフさんが感動してた」
「空く!? 3万人いるのに?」
「そう。私から半径30メートルくらいのゾーンが、まるでモーゼの海みたいにすーっとね」
「モーゼ!!」
紗栄子が麦茶を吹いた。
「瀬川さんが大はしゃぎで動画撮ってたよ。業務用途で、って言ってたけど絶対ウケると思って撮ってる顔だった」
「その瀬川って人、だいぶ癖強そうだね」
「うん。でも、怖がらないでいてくれる人って貴重だから」
紗栄子は少し考えてから静かに頷いた。
「そうだね。それは確かに大事なことだ」
窓の外では夜風が柔らかく動いていた。
テレビはつけっぱなしで、ニュースキャスターが何かを読み上げている。
今日はわりと悪くない一日だったと思った。




