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#01 殺気のせいで就職が!

「ねえ、私って実は神様なんじゃないかしら?」


 東京都江東区、大島にある女性専用マンションの一室。403通目の不採用通知を開封した時、思わずその言葉が私の口から漏れた。

 もう涙は出ない。「またか」という感想と「やっぱり」という諦めの気持ちがいつものように湧き上がり、しばらくの間、頭に(もや)がかかったようになる。


「はぁ? 唐突に何を言い出すのよ? 内定出なさすぎて妄想癖にでもなったの?」


 隣に住んでいる小学校の頃からの親友、紗栄子(さえこ)。数少ない私の友達だ。用があろうがなかろうが私の部屋に来て私の部屋の冷蔵庫をあさり、時には夕食を作ってくれる。こんな時には正直ありがたい存在だ。


「だってね……これまでに403社の採用担当者が私の今後のご活躍をお祈りしてくれているんだよ。403人もの人にお祈りされるなんて凄くない? 国津神社に参拝する人より多いと思うよ? 私はきっと、神様に違いないよ!」


皐月(さつき)、辛いのは判るけど現実見ようよ。そんでちゃんと対策して、次の面接に行きな?」


「対策なんて人一倍やってるよ。自己分析に企業分析、業界動向からSPIまでさ……」


「まあね。あんたの頑張りは私も横で見てて知ってるけど、あんたの場合やんなくちゃいけない『対策』はそこじゃないと思うんだ」


「うん―― 」


 わかっている。そんなことは言われなくてもわかっているのだ。


 


 殺気、というのを実際に感じた人は居るだろうか。人の気配、その中でも最大級の敵意を持つもの。すなわち殺意。それをバリバリに撒き散らしている人間が居たとしたら、そんな人間を採用する企業が存在するだろうか?


 否。断じて否。


 だが、私はどういうわけだか常日頃、その殺気を周囲にダダ漏らしで撒き散らしているらしい。


 周囲への目配り、足さばき、姿勢、表情、呼吸、体臭―― 気配というのはきっとそういったものの組み合わせだと思う。

 紗栄子が言うには、私の場合、日常でのそれらの組み合わせがちょうどぴったり、人が殺気を感じるところで安定してしまっているらしい。


 もちろん、私は誰かを殺したいとは思っていない。東京に出て来たばかりの頃、都営新宿線で4日連続で痴漢にあった時は流石にその痴漢を殺してやりたいと思ったけど、痴漢は私の目を見た途端心臓がどうにかなったらしく森下の駅で担架で運ばれていったっけ。


 そんなわけだから、こと他人と関わる事ではうまくいったためしがない。


 教育学部を出て小学校の先生になるという夢は早々に(はかな)く消し飛んでしまった。教育実習で低学年を担当した時、恐怖のあまり5人の児童がひきつけを起こしたのだ。なんとか実習先に頼み込んで高学年を担当させてもらい、単位と教員免状はなんとかなりそうだけど、教員採用試験ではあえなく撃沈してしまった。


 並行して一般企業に職を求める活動も怠らずエントリーシートを出しまくってみたが、当然のように面接で全部落とされる始末。その結果がこれでもかとメールフォルダに溜まっていくお祈りメールだ。


 最近では、壁の向こうからでも私の殺気を感じる、という人も多いらしい。すでに状況は非科学的な領域に突入しつつあるのだ。


「皐月にはいいところもあるんだから、そんなに自己否定しちゃダメだよ。あたしなんて皐月がいなくなったらチョー困るんだし」


 紗栄子はすでに私の殺気に馴れてしまっている。馴れてしまえばどうということはないようだ。空気を読むのが苦手な人や鈍い人なんかも、私の殺気にはあまり気が付かないらしい。


「そりゃあ、あんたはね……」


 私達が住んでるマンション。私の部屋の両隣は私が入居した数カ月後から目まぐるしく居住者が入れ替わった。更新の時に不動産屋に聞いたが、出ていった人達は皆「異様な心理的圧迫感があり、耐えられなくなった」らしい。あまりに短いサイクルで賃貸人が出ていくものだからついには私の部屋の両隣は心理的瑕疵物件扱いとなり、紗栄子はそこに破格の安値で住み着いたのだ。


 それでも私は紗栄子の存在がありがたい。何もしなくてもそばにいてくれて、私を嫌わないでいてくれる彼女の存在は何者にも代え難い。


『次のニュースです。江戸川区で起きた連続殺人事件の新しい被害者が出た模様です』


 夜のニュースは相変わらず物騒だ。隣の江戸川区で、若い女性が攫われて乱暴されて殺されたらしい。もう3人目だそうだ。


「ケーサツは何をやってんだろうねえ。怖くて夜にコンビニにも行けないよ」


「ほんとよね」


 殺された若い女性達は本当に気の毒だとは思うが、テレビ画面を眺める私の心はどこか上の空だった。


 私はこれからどうなるんだろう。人並みに彼氏も欲しいし、社会参加もしたい。大きく言えば幸せになりたい。だけどこのままだとそれは凄く難しそうだ。

 家に引きこもってでも出来る仕事ってなんだ? 小説家?


 私はそんなことを真剣に考え始めるほど、追い詰められていたのだ。


 ……ダメだ。泣けてきた。


 その時、ぽすん、と紗栄子が私の頭を手刀で叩いた。


「??」


「しょうがないなあ。この紗栄子様が良い知恵を授けてやるから心して聞きなさい」


 捨てる神あれば拾う神あり。ここにもう一人、神がいた。


 少なくとも、私にはそう見えた。

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