走れ! 走れ!
突然響いてきた不気味な低音は、部屋の出口の方、つまりダンジョンの入口から聞こえてくるみたいだ。
な、なに? 地震!? でも地震にしては音がおかしい。爆発音に近かったような……?
不安げにキョロキョロと辺りを見渡す私たちの、足元をつたう振動が次第に強くなってくる。身体の中にまで響くその轟音はその後も数回続き……ダンジョン全体を揺さぶる振動はどんどん激しくなっていく。これじゃラーテルさん、手元が狂ってオウルさんを傷つけてしまうかも! 心配になった私が二人に視線を移したその瞬間だ!
ラーテルさんとオウルさんの真上、壁に埋め込まれた大きな岩が抜け落ち、ぐらりっと大きく揺れたがのが見えた。
「ラーテル!」
オウルさんの声。鈍い音をたて転がり落ちる岩。それとともに崩れる壁、舞い上がる砂埃。
助けなきゃ! と伸ばした私の指はわずか、ラーテルさんに届かない……! ただ彼女の先で倒れこむオウルさんと、それより早く地面に叩きつけられるラーテルさん姿だけがちらりと見え……しかしそれも舞い上がる土埃ですぐ様見えなくなる。
「二人とも!」
そう叫んだはずの私の声はかき消され、自分も激しい揺れで地面の上に投げ出されてしまった。舞い上がる埃をもろに吸い込んでしまい、むせながら……意識が遠くなり……。
気づくと私は地面に突っ伏して倒れていた。
腕に誰かがしがみ付いている。レト? 辺りは真っ暗で何も見えない。床に置いていたカンテラは倒れて消えてしまったに違いない。そういえばラーテルさん! オウルさんも無事だろうか? とにかく明かり、カンテラを探さないと!
私は焦りながら、注意深く辺りを見渡してみる。ん? わずかだけど光……目を細めその方向を見る……偶然にも数メートル先、倒れながらもわずかに光を残すカンテラがあるじゃない! 思いっきり体を伸ばし、それを引き寄せる。まっすぐに立て、光が強くなったのを確認して、取り急ぎ、私の腕を握りしめたままホコリだらけで倒れるレトの肩を揺すった。
「レト! レト大丈夫!?」
レトのエメラルド色の目がパチリと開いた。そして、むくりっと起き上がる。レトの服についた砂ほこりがファサッと舞い散り、私もまた咳き込んでしまった。
「う、うん。ペッペ。口に砂が入ったけれど。ケガもないし、大丈夫ぅう」
「良かった……そう! ラーテルさんと、オウルさん!」
ついさっきまで言い合いをしていた二人。真相も謎のまはまだけど、今は緊急事態だもの。私はレトと手を繋いだままカンテラをかざし部屋の奥、先程二人がいた壁際に目を凝らす。そして……。
ウソ……。その場の凄惨な様子に全身の血の気が音を立てて引いていくの感じた。
そこには壁から転がり落ちた大きな岩があるだけ。二人の姿はない。まさか下敷きに……? そんなこと! 私はブンブン首を振った。サイアクな考えを振り払い、岩の横へと回り込む。
と、そこには! 砂ぼこりで美しい黒髪を真っ白に染め、呆然と座り込むラーテルさんの姿が映しだされたじゃないか!
「ラーテルさん! 大丈夫ですか!?」
心の奥底からホッとして私は震える声で彼女の名前を叫んだ。ラーテルさんが弾かれたようにこちらを見上げる。
「わ、私は大丈夫です! でも」
どうしたんだろう? ケガは無さそうなのに。彼女のこ声は妙に上ずっているし顔色もかなり悪い。私の手にしたカンテラの光がラーテルさんの潤んだ紫色の瞳を映し出す。私とレトは足元の石に気をつけながらラーテルさんのそばへと急いだ。
ラーテルさんの横に立ち、彼女の座り込むその足元、壁から転がり落ちたレトの身長ほどありそうな大きな岩の隣を見つめる。土埃のせいでだいぶ薄汚れてしまっているけれど、地面に乱れたストロベリーブロンドが見えた。紺色のローブを着て、うつ伏せに倒れているその姿……お、オウルさん!? メガネは粉々に砕け散り、フレームがひしゃげた状態で落ちている……横に向けた顔に血の気はない。
し、しかも! 額からだいぶ大量の血液が流れているじゃないか! 痛みのせいか眉間にしわを寄せその目はかたく閉じられている。意識は全くなさそうだ。
「オウルさん!」
動機が激しくなる。まさか、まさか死んじゃったりしてないよね!? 私は大きな声で呼びかけてみる。でもピクリとも動かない。
「私を助けようと突き飛ばして。ご自分が岩に当たって……オウルさん、起きてください!」
取り乱したラーテルさんがオウルさんをゆすろうと身体に手をかけた、その瞬間だった。
「動かしちゃダメ!!」
突如背後から鋭い声が上がり、私たちは驚いて振り返った。そこには両手を胸の前で強く握りしめたレトが立っている。い、今のってレトの声!?
「頭を打った人を動かしちゃダメなんだ。ぼ、ボクがとりあえず診るから、二人とも離れて」
レトとは思えないしっかりとした発言。私は黙ってうなずき、呆然としたラーテルさんの肩を抱き、レトに場所を譲る。ラーテルさんのきれいな紫色の瞳からポロポロと涙がこぼれる。
「なぜ、私を助けたのでしょう。あのように責めていた私を……そのせいで……私のせいで」
ラーテルさんが両手で顔を覆った。私は思わず彼女を抱きしめる。
「そんなことないです! 突然の地震が起きたからじゃないですか。ラーテルさんのせいなんかじゃないです。それにラーテルさんは私とレトを守ろうとしてくれてたんですよね! オウルさんも分かっていたと思います。意識が戻ったら最後まで、話を聞いてみましょう! ね!」
私の首に腕を回したラーテルさんが小さく頷いたのが分かった。だんだんと乱れていた彼女の呼吸も落ち着いてくる。……よかった。あとはレトを信じて回復を祈るしかないよね。
置いたままのカンテラを引き寄せ、レトがオウルさんの傷を見ている。肩掛けカバンを下ろし中からガーゼを取り出すと、そっと血を拭きながら私たちを振り返った。
「だ、だだだ、大丈夫! 血を拭いたら回復魔法をかけてみるからね。ぼ、ぼ、ボクがいるから、二人とも、大丈夫だよぉお!」
レト……。声も、ガーゼを持つ指も震えている。けれど昨晩の約束を守ろうと、一生懸命頑張っているのが伝わってくる。そうだ。レトはお医者さんの卵なんだもの。絶対大丈夫!
「うん! レトがいるものね! 大丈夫だよね!」
私がそう言ってラーテルさんの肩をたたくと、レトも半泣きながらも大きくうなずいた。
その時だ。
また何か音がした。さっきの地震の続き? やはりダンジョンの入口の方からだ。でも今回は爆発音のようなものではない。何か引きずるような、崩れ落ちるような、奇妙な音が断続的に続いている。
「こ、この音……」
私の声にラーテルさんは、ハッと顔を上げて、辺りを見渡した。そして、土砂に埋もれていた木槌の柄をつかみ、渾身の力で砂から引き出すと肩に担ぐ。
「レト。ここをお願いします。様子を見てきます」
「待って、ラーテルさん! 私も行きます!」
カンテラはレトに残した分しかない。仕方なく私たちは闇に目を凝らし、ゆっくりと小部屋から出た。長細い通路を忍び足で駆け抜ける。大部屋に出るその手前。先ほどの地面を引きずる音がだいぶ近く聞こえて……! ラーテルさんが立ち止まり、私に壁際に身を寄せるように合図を送った。私もいち早くそれに気づいて、背中をぺったりと壁にくっつける。
闇にじっと目を凝らす。大きなおうぎ形の部屋の中で何か大きなものが蠢いているのが分かった。しかもその影は一体ではない。何体か徒党を組んでゆっくりとこちらへ。この通路に向けて歩み寄ってくる。
「悪魔の眷属!」
私は声をあげそうになり、自分で口に手をやった。ラーテルさんが鋭く咎めるような視線を送る。
「オウルさんの言葉が本当だとするなら、彼が気を失ったせいで、封じられていた眷属たちが動き出したのでしょう。私たちを排除するつもりなのかもしれません」
彼女の囁き声に、私は口に手を当てたまま叫びそうになった。排除!? 1ヶ月前の、まだ記憶に新しいあの壮絶な夜の出来事が鮮明に蘇る。
「ど、どうしよう」
耳と尻尾がブルブルと増えてくる。感情のないやつらの動き、そして振り上げられた腕。ひしゃげた馬の……イヤ!!
「アーミー! オウルさんを動かすことが出来ない今、私たちは助けが必要です。外に出て助けを呼んできてください!」
ヘナヘナと座り込みそうになった私の腕を、ラーテルさんがつかんだ。声を押し殺しているけどかなり強い口調だ。で、でも一人だなんて。みんなをこんな危険な所に残して行くなんて、できっこないよ!
「私、一人外に行くなんてできない!」
確かに私の魔法を使えば、眷属をまいて外に出れるはず。でも、レトとラーテルさん、そしてオウルさんは? ここに残していってもし何かあったら……! 考えるだけで身も凍るような結末を想像しそうになり泣きそうになってしまう。涙ぐむ私に、ラーテルさんが顔を近づけ、私の顔を覗き込む。
「あなたの魔法が頼りなのです! お願い、アーミー! 私はここで奴らを足止めします。レトはオウルさんを一秒でも早く回復させる。そしてあなたは一刻も早く人手を連れてくる! それしか皆が助かる方法はないのです」
「で、でも」
鋭い彼女のアメジスト色の瞳が一瞬優しさを帯びる。
「アーミー。昨夜のことを思い出してください。私たちはお互いの命を守る、と約束を交わしました。レトはオウルさんの命を守ろうと頑張っています。私もレトとオウルさんの命を守るためここで戦います」
ラーテルさんは左手に携えたままだった私のナイフの柄を、こちらに向け私の右手にそれを握らせた。
「アーミーは……私とレトと、そしてオウルさんの命を守るため、一刻も早く助けを呼んできてほしいのです。あなたに私も含め多くの人の命を任せてしまうことになるけれど……どうか」
「みんなと頑張る! そして私も二人を守りたい!」。私は昨晩そう二人に約束した。この場にいて一緒に戦うこと以外にも守る方法はあるって、それはわかるけれどでも。私はラーテルさんを不安げに見上げた。彼女一人であの眷属と戦えるのだろうか……? 私の気持ちに気づいたように、ラーテルさんはまっすぐに凛とした視線を私に向けた。そして。
「信じてください」
そう言い切った。
信じる……そうか……。ラーテルさんは私が応援を呼んでくると信じて戦うと言っている。きっとレトだって、ラーテルさんだって怖いに違いない。でもお互いを信じて頑張ろうとしている。私もレトとラーテルさんが無事でいると信じて一刻も、いや、1秒でも早く応援を呼んで来なくっちゃいけないんだ!
「う、うん、やってみます!」
私が言うとラーテルさんが優しく微笑む。そしてそっと頭を撫でてくれた。私は急いで涙をぬぐう。そうだよね、泣いてる暇はない! とにかく急がなくっちゃ! みんなを守らなくちゃいけないんだ!
「ラーテルさん、レト! すぐに助けを呼んでくるからね! 絶対に死んじゃダメだよ!」
私が言うとラーテルさんがにこりと笑う。
「もちろんです!」
「もちろんだよぉお!」
レトも小部屋で聞いていたのだろう。背後からハッキリとした返事が聞こえた。その力強い二人の返事に勇気をもらい、私はナイフを鞘に戻すと、息を吸い込み一息に呪文を唱えた。
「ライトニング・スピード!」
さあ! みんなを助けるため、超特急で応援を呼びに行かなくっちゃ!!




