庭の片隅に咲く白い花
「ええ〜〜、ボク難しい本はちょっとぉ。絵本ならいいんだけどなぁ。アーミーたちは読んでたよね。後で要約して、教えてほしぃいなぁ」
「こらこら、ズルはいかん。食堂の本棚に絵本がある。のぞいてみるといい。ちなみに二人は好きな話はあるか?」
エルクさんが苦笑いしつつ、私達にたずねた。伝記! 今ちょうど読んでいる話でもあり、元々本好きな私は目を輝かせてその話に食いついた。
「私は女勇者の話です」
「あ、ラーテルさん、私もです。でも今読んでる王都建立の話も好きかなあ」
と。なぜかエルクさんが笑いを噛み殺したような表情で、隣で静かにミートローフを食べていたウルカスさんを肘で小突いた。
「おいウルカス。ワインセラーから10年もののヴィンテージ赤ワイン持ってきてくれ。いい酒が飲めそうだ。で、なぜ、その話がなぜいいと思うのだ?」
エルクさんも女勇者さんが好きなのかなあ、と思いつつ、私はその理由を腕を組んで考えた。
実はあの話、勇者が世界の果てに向かうまでの、各地での冒険話も収録されているんだ。それが案外面白かったりするんだよね。
「勇者様のその後の冒険話が好きです。知らない町を想像したりするのが楽しくて」
私の言葉に、エルクさんが、ウンウンとうなずく。
「私は女勇者様は最後……どのような答えを見つけたのか、それが気になります……」
ラーテルさんは、なぜか目の前の空っぽのお皿を覗き込みながらそうポツリとこぼした。
そういえば、馬車の中でも何か深い事情がありそうな様子だった。私は彼女の横顔を見つめ、どう声をかけようかとヤキモキしてしまう。
しかし私より先に、エルクさんが、テーブルについた両手の甲にあごを乗せ、伏し目がちに口を開いた。
「そうだなあ。彼女の答えは短期間で出るようなものではない。長い年月が経ち、いつかネオテールの全ての子どもたちが笑顔で、子供らしく生きていける世界が築けたその時、初めて彼女は笑って答えを出せるのかもしれない……」
エルクさんが顔を上げた。豊かな茶色の髪が肩から流れ落ちる。彼女はそのまま私たちを見つめる。
「子供の可能性は無限大だ。内に秘められた僅かな光を垣間見れる瞬間が私は何より好きなのた。まさにここは未来にかがやきそうな子供たちを見守る荘。で、かがやき荘という。まんまの名前だな。まあそういうわけで私は寮母をしているというわけだが……ククク」
と、途中までいい話だったのに! 聞き入っていた私たちは、自分で言ったダジャレに笑い出したエルクさんに、気が抜け椅子から滑り落ちそうになってしまった。っていうか、かがやき荘ってそういう意味だったの? ってそれより、今のそんなにウケるとこかなあ!?
「ぶふ!」
って、隣でワインボトルのコルクを抜いていたウルカスさんまで吹き出してる! 終いには2人で肩を震わせて笑い出す始末……。
私はラーテルさんを見た。ラーテルさんも私を見た。ありゃ、ラーテルさん、ものすごい塩っぱい顔をしている。
そうだよね、そのリアクションで良いんだよね。
多分私もそんな表情をしているんだろあ。真ん中に座るレトは何も理解できてないようで、キョトンとした表情で、口に唐揚げを放り込んでいる。
エルクさん、ごめんなさい。エルクさんのこと大好きだけど、そのノリにはついていけません。
……っていうか、ウルカスさんも、そこがツボな人なのかあ。うーん、無口なのも相まって、全くつかめない人だなあ。
「とまあ、おふざけはこの辺にして」
しばらく笑いあってた2人だけど、おもむろにエルクさんが顔を上げた。深紅のウィンが注がれたグラスを片手に、一度深呼吸をして、少し真剣な表情になる。
「この王都では、私はお前たちの母親がわりだ。困ったことがあったらなんでも相談してくれ。私生活のことでも、プライベートのことでも。もちろん仕事のことでもなんでもな」
揺れるロウソクの炎が彼女の顔を照らす。あれ? さっきの様子とは一変……表情がかげっている?
「どの仕事もそうだが。それに携わる以上、命に関わるような事案が出てくることもあるからな……」
「何か、昔あったのですか」
まさに寮の門のアーチに咲いたバラの花のように、明るい雰囲気の彼女が、そんな表情をするのが信じられなくて。私は思わず聞いてしまった。エルクさんは、ハッとしたように私を見つめ返し、
「……きちんと遺跡調査課の上司の言うことを聞き、守れば大丈夫だ」
そう答える。しかし私たちの顔を順に見つめる眼差しは、なんだかとても真剣だ。
「でもなにか仕事を進める上で、悩んだり、心配なことがあったりしたら、なんでもいい。私に言ってくれ。必ず相談に乗る。わかったな」
一言一言言い含めるように話すエルクさんの様子に、私達は引き込まれ、次第に表情が強張っていく。
見かねたウルカスさんが、エルクさんの肩をたたいた。2人は視線を合わせ……すぐさま彼女は笑みをこぼした。
そして片手を顔の前にかざしながら、片目をつぶり、笑いながらこちらにワインボトルを差し出した。
「すまんすまん、思った以上にお前たちが可愛いくてな、つい心配になって。老婆心から口うるさく言ってしまっただけだ。他意はない。ほら、景気付けにお前たちも少し飲むか?」
「……エルク。彼らは明日から出勤だ」
ウルカスさんが困った顔で止めてくれる。エルクさんは、ああ、そうだったな、じゃあ、お前と私で開けるか、などと言って、豪快にグラスの赤ワインを飲み干した。
もぉ、そうやって怖がらせないでくださいよぉ、一気に飲んで、大丈夫ですか?? なんて笑い合いながらも、私は庭の隅。ランプの光に静かに照らされ揺れている花がずっと気になっていた。キッシュに付かうハーブを摘んだときに気づいていたんだ。
それは白い小さな菊の花。あれは確かスプレーマムという白菊。普通は敬遠されて庭には植えないけど、大切な人が亡くなったお家は植えるのだ。お墓参りの時にそなえるために。
私はそれを知っている。2年前におばあちゃんの庭に植えたから……。
まさか……この寮で誰か、亡くなるようなことがあったとか……? まさか、まさかね……。
考えるのが怖くなり、私はにぎやかなみんなとの会話を楽しむことに集中する。
そのうちにそんな事もだんだん頭の片隅に押しやられ、あっという間に消えてしまったのだった。




