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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第一章 六

 翌日。遥の運転する車に乗って、私たちはとある家を訪れていた。緊張を深呼吸で和らげると、インターホンを鳴らす。はーい、という若い女の人の声が聞こえたと思えば、玄関の扉が開かれた。


「ん、どちらさま?」


 現れたのは、二十歳前後の若い女の人だった。邪魔なのか、髪は緩く縛ってあるが、あまり整っていない。化粧はされておらず、上下ジャージ姿と、なんとも気の抜けた格好だ。


(……お姉さん、かな?)


 一瞬家を間違えたかと思ったが、表札の名前は確認したし、昨日遥がこの家の前まで訪れている。緊張しながらも、口を開く。


「あの、連……くん、いますか?」

「ああ! 連の友達? 悪いねー、今あいつ出掛けてんだわ」


 どうやら間違えてはいなかったようだ。しかし、目的の人物は残念ながら外出しているらしい。

 そう、私たちは連の家にやってきた。目的はもちろん、連の願いの内容を聞くため。入れ違いにならないようにと、迷惑にならない程度に早くに訪問したつもりだったが、既に遅かったようだ。


「何か用事? なら呼び出してやるよ」

「え? そんな、私たちの勝手な都合で来ただけなので……」

「そんなに気にしなくていいって。あ、もしもし、連?」


 女性は私の静止も聞かず、すぐさま携帯を取り出し電話をかけてしまう。


「女の子がお前に会いに来てんぞ。それも二人。お前高校入って色気づいたなー! アッハッハッ、ようやくモテ期到来か。よかったなー!」


 あろうことか、話は明らかに脱線しているし、電話先の本人からすれば恥ずかしい以外の何物でもないだろう。少しだけ連が哀れに思えてきた。


「すぐ帰って来るって。ここじゃなんだし、中入んな」

「あ、ありがとうございます」

「まぁ、ありがとうございます。助かります」

「ていうか、あんたもだけど、特にあんた! えらいべっぴんだなぁ。つーか、どっかで見たことあるような……」

「まぁ、ふふ。ありがとうございます」


 女性に促され、家に上がらせてもらうと、居間に通された。広いとは言えないが、整理整頓が行き届いているらしく、落ち着いた空間だ。


「これは……」


 ふとサイドテーブルに視線を向けると、そこにはいくつか写真立てが並んでいた。赤ちゃんの写真や、遊園地で撮ったらしい写真など、様々ある。


「ああ、それね。恥ずかしいからあんまり見ないでほしいなぁ」

「子どもの頃の写真ですか? 可愛いですね」

「だろー? あいつさ、今でこそあたしよりでっかくなってクソ生意気だけどさ。それくらいのときは、ホンット可愛くて仕方なかったんだよなー。お姉ちゃんお姉ちゃんってついて回ってくんの。可愛いのなんのって、なぁ?」

「あはは。連くんも可愛いですけど、お姉さんもすごく可愛いですね」

「アッハ! あんた、いい子だな~。あたしはこんなだし、可愛いなんてガラじゃなさすぎてっけど。言われんのは嬉しいぞ! ありがとな、じょーちゃん」


 わしわしと豪快に頭を撫でられる。その顔はほんのり赤みを帯びているし、どうやら照れ隠しらしい。


「あら、この写真の猫ちゃん、可愛いですね」


 遥が指さした写真には、黒猫が映っている。黒い体毛に、橙色の瞳がよく映える。


「ああ、そいつな。クロっていうんだ。真っ黒だからクロ。そのまんまだろー? 昔、連が拾ってきて、そのままうちで飼うことにしたんだ」

「クロちゃんっていうんですね。可愛い~。この子は今どちらに?」

「あー……クロな」


 遥が尋ねると、お姉さんは言いづらそうに言葉を濁す。


「今いないんだよ」

「えーっと、お散歩中ですか?」

「あー、いや……散歩って言やぁ、散歩なんだろうけど」


 完全な室内飼いでないのであれば、外を出歩くことも多いだろう。と思って聞いたのだが、お姉さんはやはり歯切れが悪い。詳しく聞こうと口を開きかけたそのとき、玄関の扉が開く音がした。そのままドタドタと慌ただしい足音が近付いてくる。


「ただいまっ!!」

「静かに帰ってこい!」

「グハァッ!!」


 勢いよく居間に入ってきた連に対し、お姉さんはその腹部に蹴りを入れる。蹴りの勢いで吹き飛んだ連は、大きな音を立てて床に倒れた。


(お姉さんの蹴りのせいで、もっと騒々しくなったんじゃ……)


 とは、口が裂けても言えそうにない。

 姉弟のやり取りに呆然と目を奪われていると、お姉さんはくるりと反転させ、居間を出ていこうとする。


「長いこと話聞かせて悪かったね。んじゃ、あたしはこの後用事があるから。またね、べっぴんさんたち」

「え? あ、はい。こちらこそ、ありがとうございました!」


 背を向けたまま手を振ると、何の後腐れもなくお姉さんは颯爽と部屋を出て行った。ただ強いていえば、猫のクロちゃんの行方について知れなかったのは少々心残りだが。

 お姉さんはただ客の応対をしていただけなのだろう。彼女がいなくなると、入れ違いに連が入ってきた。


「いってぇ……あのクソ姉貴、思い切り蹴りやがって……」

「大丈夫? 結構大きな音してたけど……」

「まぁ慣れてるし。それより、わざわざ来てくれたのに、待たせて悪かったな」

「ううん、こちらこそ何の連絡もなく突然来てごめんなさい」


 といっても、連の連絡先で知っているのは、住所くらいだったのだから、他にどうしようもなかったのだが。


「……ってそれより、なんでそんな泥だらけなの?」


 見れば、連の服や体が所々砂や泥で汚れている。転んだか、激しい運動でもしなければ、ここまで汚れることはそうないだろう。


「あぁ、これか? いつものことだから気にすんな!」

「いつものことって。連は一体何をしているの?」

「んー? そうだな……。それについて答える前に、聞いてもいいか?」


 連は一瞬口を開くも、すぐに飲み込むように口を閉じた。あたかも、答えを知る権利が私にあるかを推し量るかのように。


「なに?」

「お前は、……二人は、何の目的があって俺を訪ねて来たんだ? ……もしかして、俺の願いを聞く気になったのか!?」


 連の瞳は、昨日と同様、真剣そのものだった。今日は笑顔もない。曖昧に誤魔化す気はないということなのだろう。

 彼が真剣ならば、私にそのように応えるのが適切だ。私は小さく息を吐くと、連に向き直った。


「私はあなたの話を聞きに来た」

「話?」

「うん。あなたの願いは何か。どうしてそれを望むのか。知りに来たの」


 緊張で喉が渇いてきたのを感じる。けれど、伝えなくては。昨日うやむやにしてしまったことを、今度こそ誠意をもって対応する気があるのだと。


「あなたの願いを叶えられるかはわからない。けど、できることなら力を貸したい。……私は、紬喜神社の神子見習い、だから」


 自ら口をついて出た言葉に驚く。今この時、初めて私は自覚出来たような気がしたのだ。――自分が神社の跡取りであり、神子なのであると。


「……、わかった」


 短い沈黙の後、連は小さく頷いた。


「叶えられないかもしれないってことはよくわかった。それでも、お前が知りたいって思ってくれたことも」

「……うん」

「わかった上で、改めて頼む。……聞いてくれるか。俺の、願いを」

「……! うん!」


 強張っていた連の表情が、穏やかなものに変わっている。ほっとしたような笑顔に、私は力強く頷いた。

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