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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第一章 四

「ところで君、名前は? 家はどこ? あんな場所で何をしていたの?」

「待って、結衣。そんなに矢継ぎ早に質問したら困っちゃうでしょ」

「あ、そっか。えっと、私は紬喜結衣。とりあえず、君の名前を教えて」

「……」


 返答はない。


(あれ? もしかして無視?)


 少年の方を向くと、少年は再び不審なものを見る目で私を見ていた。余程警戒されているらしい。


「ね。あなたのお名前、教えてくれる?」

「は、はい! 植坂連(うえさかれん)、今年清ノ原高校の二年になります!」


 見かねた遥が尋ねると、少年改め連はハッとした顔をして瞬時に答えた。どうやら私には未だ警戒心があるようだが、遥に対してはないらしい。職業までは訊いていなかったが、私と同い年のようだ。


「そっか。 清ノ原高校ってことは、結衣の同級生だね~。結衣はこの春から 清ノ原高校に転入するの。これから結衣のこと、よろしくね」

「……え、そうなんですか? ……まあ、……はい」

(こら、そこ!)


 遥の社交辞令に、連はちらりと私の方を見た後、露骨に嫌そうな顔をした。確かに連からすれば、何も無いはずの空間に話しかけた私は不審に見えるかもしれないが、そこまで嫌がられるようなことでもないだろう。随分と嫌われたものだ。


(はぁ、仕方ない)


 どうやら私の相手をする気はないようなので、ここは遥に任せて沈黙に徹することにする。


「ここに来るまでのことは覚えてる? あなた、雪の中で倒れていたそうよ」

「えっと確か……、紬喜山を登ってる途中に雪が降ってきて、まぁでももう春だし、大したことないだろ、と思ってそのまま登ってたら、雪が激しくなってきて、それから……」

「……そこからは覚えてない?」

「眠いなって思ったら、体が重くなってきて……」

「……そっか。怖かったね」

「! ……、……はい」


 遥が連の頭を撫でると、連は嫌がる様子もなくされるがままになる。心なしか、安心した表情になったように見えた。


(そうだ。連は雪山で倒れる、って怖い思いをしてたんだ。……私、事情を聞き出そうとしてばかりで、連の気持ちを汲もうともしなかった)


 遥が当然のように連に配慮している姿を見て、はたと気付かされた。そんな怖い思いをした後に、見慣れない場所で目を覚まし、姿の見えない何かに囲まれていることに気が付けば、さらに恐怖を覚えてもおかしくない。


「……連」


 グッと決意すると、私は連の傍に膝をついた。


「ここは神社。……の離れで私の家。私は神子……見習いで、遥は私の教育係なの」


 まずやるべきは、連の事情を聞き出すことではなく、連を安心させることだ。そのためには、連が疑問に思っていることに回答する必要がある。


「君が感じている〝何か〟の気配っていうのは、勘違いじゃない。その正体は、この神社に昔から住んでいる精霊だよ」

「精霊……?」

「結衣」


 遥は注意をするように、静かに私の名を呼んだ。一般人である彼に神道にまつわる話をするのは、褒められたことではないだろう。けれど、それを承知の上で、私は連を安心させたいのだ。

 そして、その甲斐あったのか、今まで私の言うことを無視してきた連だったけれど、ついには私の方を向いて返事をしてくれた。そのことにほっとしながら、話を続ける。


「そう。全ての大地や自然には、魂が宿っている。それらが長い年月をかけて力をつけ、形作られるようになると、精霊になる。ここにいる精霊たちは、私たち神職の者と共に暮らし、力を分けてくれているの。君が倒れていることを私に教えてくれたのも、木霊って言う精霊の一種。悪事には関わらないし、いい子たちばかりだよ。例えば……清」

「はいよ」


 名を呼ばれた清は、少年の目の前をサッと通過した。その拍子に、連の前髪が風に揺れる。


「おわっ!?」


 連は驚いたように前髪を手で押さえた。その様につい笑みが零れる。


「今、何かいたな!? ……魔法か?」

「魔法って、違うよ。今のは、精霊の清が君の目の前を通ったの。ほら、今も君の目の前にいる」

「やぁ、少年。私がわかるかな?」


 清は手をあげて挨拶しながら、連の顔を覗き込むようにじっと見つめている。が、対する連は清の姿は見えないらしく、目を凝らしながら不思議そうに首をひねっている。


「でも、普通の人には彼らの姿や声はおろか、気配だって察知できないはず。……ねぇ、君は神道を志しているの? もしくは、家族に神職がいるとか」

「いや。俺、そういう宗教的なのはサッパリ。親も無宗教だしな」

「そっか。……そこが不思議なんだよね。彼らを認識できるのは、神道に関わる者だけのはず。気配だけとはいえ、どうして君は認識できているんだろう……」


 本人や直近の家族が神道を信仰しているわけではないのだとすれば、遠い祖先にでもいるのだろうか。理由を考えてみるが、心当たりが見つからない。


「なぁ、聞いてもいいか?」


 頭を捻っていると、連が口を開いた。先程までの嫌悪感のようなものは見受けられない。どうやら恐怖心を取り払うことには成功したようだ。


「なに?」

「お前、さっきここが神社だって言ったよな。それって、紬喜神社のことか?」

「そうよ。正しくは、紬喜神社の離れだけどね」

「本当か!?」

「うわっ!?」


 掴みかからんとする勢いで、連が近付いてきた。反射的に上体を後ろに反らしたが、気付けば両手首を掴まれている。


「俺、ここに来たかったんだよ! 山道は長いわ雪は降って来るわで、本当に辿り着けんのかと思ったけど、そうか、ここが紬喜神社か。倒れて目冷ましたら目的地って、はー、俺ラッキー!」

「……」

「……」


 今まで大人しかった連はどこへ行ったのだろう。遥と二人、今日一番のテンションの上がり様についていけない。


「なぁ、ここって何でも願い叶えてくれんだろ!? 俺の願い、叶えてくれよ!」

「は……、はぁ!?」


 何の脈絡もない突然の依頼に、素っ頓狂な声をあげてしまった。けれど連はそんなことなどお構いなしに、私の両手首を握る力を強めながら迫って来る。


「なぁ頼むよ。俺、本当に困ってんだ。ここって縁結びの神社で有名なんだろ? だったら、俺の願いくらい簡単だって!」

「そ、そんなこと急に言われても、全然簡単じゃない……」

「頼む! この、とーり!」


 ようやく手を解放してくれたかと思うと、連はパンッと音を立てて祈るように顔の前で合掌した。


「……」


 どことなく必死さを感じさせる連の様子に私は――


「無理」


 彼の頼みを一蹴した。


「え」


 呆気にとられる連から視線を逸らし、簡潔に理由を答える。


「今は縁結びの依頼は受けてないの。休業中」

「は? なんで」

「……、糸結びの術を行う神子は私のおばあちゃんなんだけどね、少し前から療養してるの。私たちはその留守を預かってる身。何もできないよ」

「でもお前、さっき自分は神子見習いって言ってなかったか? 見習いなら、その糸結びの術?っての、できんじゃねぇの? それか、見たことくらいはあんだろ?」

「……そりゃあ、見たことはあるけど」

「じゃあさ! 見よう見まねでいいから、やってみてくれよ! 失敗しても文句言わねぇし! 頼む!」


 連は床に手を付いて頭を下げてきた。いわゆる土下座と呼ばれる体勢だ。


「――っ!」


 そこまでするのだ、連には余程の事情があるのかもしれない。彼の姿を見れば、頭ではそう理解できた。

 ――けれどその姿以上に、彼の言ったある言葉が、私の頭の中を支配してしまった。


「……し、っぱい……」 

「――、結衣!」


 目の前にあるはずの光景が見えなくなる。視界がくらむ。前が見えない代わりに、頭の奥からいつかの情景が蘇ってきた。


 ――『結衣ちゃんのせいだ』


(この声、は……)


 ――『酷い、酷いよ』

 ――『もういいや。飽きちゃった。だって面倒臭いんだもん』


(だめ、だめ……。これ以上、考えたら……)


 止めようとしても、思考は止まらない。暗く黒い何かがお腹の中に落ちていく感覚から、抜け出せない。


 ――『え? 知らないよ、そんなの』

 ――『……っ、なによ! うるさい!』

 ――『……嫌い。結衣ちゃんなんて、大嫌い!』


 頭がぐるぐると回っているのがわかる。記憶か、思い出か、意識していないのに勝手に何かが蘇って来る。


(嫌……、私を、呼ばないで。やだ……やだ……!)


 頭が痛い。ガンガンと鳴り響く声がうるさい。これ以上は、もう嫌だ。考えたくない。思い出したくない。


「結衣!」


 ハッと気が付けば、目の前に遥がいた。その奥では、連が膝をついたままの姿勢で、不思議そうな顔で私を見ている。


「あ……」


 肩に触れた遥の手の温度が伝わって来る。いつの間にか冷えていた体が、そこから少しずつ熱を持っていくのがわかった。


(やっちゃった……)


  思い出さないようにと被せていた記憶の蓋が、少しだけ開いてしまった。 急に頭を抱えて黙りこくった私を、連はさぞ不審に思っていることだろう。


「……ごめん。私には、無理だから」


  それ以上その場にいることが居たたまれなくなると、それだけ吐き捨て、遥が止めるのも無視して私は部屋を飛び出した。

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