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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第一章 三

「ふう……、とりあえずはこれで大丈夫かな?」


 少年の体は外気ですっかり冷え切っていた。少年を離れへ運び込むと、溶けた雪でびっしょりと濡れた上着を脱がせ、 自分の布団に寝かせることにした。部屋の暖房と布団とで、少しは体を温めることが出来るだろう。


(服が濡れてなかったのは助かったな。流石に寝てる男の子の服を着替えさせるなんて出来ないし)

「ふわあぁ……」

「清、眠いの?」

「そうだね……」


 他に何をするべきだろうかと考えていると、清が大きな欠伸をした。目をこすりながら、体を元の小人サイズへと戻す。


「少し疲れた。……寝る。おやすみ」

「え? う、うん。おやすみ」


 言うが早いか、少年の枕元で横になると、清はスヤスヤと寝息を立て始める。


(体の大きさを変えるのは、負担がかかるのかな。だとしたら悪いことしたな)


 今まで清がその姿を変化させたところを見たことがない。そうすることで、体に負荷がかかるために控えていたのだとしたら。そう思うと、自分一人で少年を抱え上げられないが故に彼女に無理をさせてしまった、と申し訳ない心地になる。


「ありがとう、清。おやすみ」


 その頭を指先で軽く撫でると、私は部屋を後にした。





「ただいまー」


 お昼過ぎ。遥が作り置きしておいてくれた昼食を終え、洗い物をしていると、遥が帰ってきた。


「あ、おかえり。雪、大丈夫だった?」

「大丈夫じゃないわよー。外での撮影だったのに、寒いし天気悪いしで延期になったわ。まあ、そのおかげで早く上がれたんだけど」


 不満そうに愚痴をこぼしながら、遥は沸かしたばかりのお茶を飲む。はぁー、あったまる~、と嬉しそうな遥の横顔は寒さで冷えたのか、白くなっていた。


「ところで玄関に見慣れない靴があったけど、誰か来てるの? 親戚のジジ……おじさん? ……にしては若い子が履きそうな靴だったわよね。……もしかしてー、男の子連れ込んじゃった? やるわねー、結衣!」


 ここまで一息。ニヤニヤと楽しそうなその笑顔に対し、私は呆れて溜息を零す。


「わかってて言ってるでしょ。まぁ……連れ込んだ、ってのはあながち間違いでもないけど」

「あらやだ、この子ったらもう! 子どもだと思ってたけど、十六歳ならもう立派なオ・ト・ナってことなのかしら。きゃー!」


 緊急事態だったとはいえ、承諾もなしに家に運んだという意味では、的外れと言うこともない。

 そう思って遥の妄想の一部だけに同意したのだが、どうやらそれがいけなかったらしい。遥はますます笑みを深くして騒ぎ出してしまう。


(誤解を招くような言い方するんじゃなかった)


 ふざけているのだとわかっても、こうも騒がれるとうっとうしいものだ。両手で耳を塞いで遥に背を向けると、私は再び溜息を吐いたのだった。


「よ!」

「わぁ!?」


 すると突然、視界に逆さになった人の顔が入ってきた。よく目を凝らして見れば、それは私の布団で休んでいたはずの清だった。


「清、起きてたの?」

「今起きたとこ。んで、あの子も起きたぞ」

「! どんな様子だった?」

「軽く錯乱してる」

「……は?」

「うーん、まぁ、来てみればわかるよ」


 清の不穏な発言に一抹の不安が残る。


(でもまぁ、目を覚まして知らない場所にいたら、びっくりもするか)


 だがそれにしては〝錯乱〟という言葉がいささか引っかかる気もする。普通なら〝混乱〟していると表現するのが適切だろうに、あえてそう告げた理由はなんなのか。


「ねぇねぇ、どういうことなのー? 教えて、結衣ちゃん」

「わかったわかった、説明するからとにかく行こう」


 話に混ぜてほしい、とでも言うように遥が背後から覆いかぶさって来る。それを適当にあしらいながら、私たちは部屋を目指した。

 ――そして、先程抱いた疑問を、私たちはすぐに理解することになる。




「えーっと。あのー、入りますよー」

(自分の部屋なのに断りを入れるのって、違和感あるな)


 部屋の外から声をかけ、中の様子を伺う。何かが動いたような物音がしたけれど、それ以外に返答はない。


「沈黙は了承と捉える、ってことで! しっつれいしまーす!」

「あっ、ちょっと、遥! もう」


 どうしたものかと悩んでいると、遥は私の遠慮などお構いなしに襖を開いた。


「……」

「……」


 目の前に広がる光景に、私たちは言葉を失くした。

 でんと構えた部屋の中央には、こんもりと山を作る羽毛布団がある。もちろん、私の布団だ。中にいるのが誰かなんて、考えなくてもわかる。だが、一体彼は何がしたいのか、私たちにはさっぱりわからなかった。


「……あのー」

「※◆×◎*△!!」

「うん。何言ってるかわからないから、それ脱いでもらっていい?」

「……! ……」


 布団越しでは彼の声がはっきりと聞こえない。遥が瞬時に返答するも、彼は沈黙するだけで動かない。


「……結衣」

「……うん」


 このままでは、埒が明かない。遥に頷き返すと、私は布団を思い切り捲り上げた。


「どわっ!?」


 すると、布団はあっさりと剥がれ、中から体を小さく折りたたむようにしてうずくまる少年が現れた。


「か、返せ!」

「あっ! ……ってそれ、私のなんだけど」


 身を隠すものを奪われ、驚いたように目を丸くした少年は、私の手から無理矢理布団を取り上げると、再び体に巻き付けた。


「だ、誰だ!」

「家主だけど」

「家主!? お前、この妖怪屋敷に住んでるのか!?」

「は? 妖怪屋敷って……また随分な言い草だね。確かに古いけど、そんなに陰気じゃないと思うけど」


 少年の口から発せられた言葉に耳を疑い、つい返答に怒気を含ませてしまう。


(失礼な人。……でももしかして、参拝者が減って廃れ始めたせいで、そんな噂が出回ってるの? ううん、この子はさっきまで寝てたんだもん。ここが神社だってことも知らないよね)


 では、少年がこの離れを妖怪屋敷と表現した根拠は一体なんなのだろう。その疑問は意外なところから明らかになった。


「この家、何かいるだろ!」

「何か、って?」

「なんかこう……見えない何か、だよ! 気配がするかと思ったら、たまに笑い声みたいなのも聞こえるし、妖怪の類じゃないのか!? お前には聞こえないのか!?」

「え?」


 姿が見えない何か。気配、笑い声。妖怪ではないとしたら、それはもしかすると――


「そうだ。この子、私のことがわかるみたいなんだよ」


 頭に浮かんだ可能性を肯定するように、清が返事をしてくれる。少年を不審がらせないように声には出さず、目だけで清に合図すると、清はそのまま続けた。


「見えてはいないけど、察知してるっていうのかなー。具現化するだけの力がないだけで、私以外にも精霊はいるし。はっきり認識してるわけじゃなくて、精霊たちの噂話が耳に入った、ってところだろうけど」

「やっぱり何かいる!」


 清が試しに少年の目の前を飛んで通り過ぎてみると、少年は逃げるように体を後ろへ逸らす。ほらね、と両手を上げる清の顔はなぜか得意げだ。

 

(それならつまり、この子が錯乱したのは、精霊の気配に気が付いたからってことか。……ん?)


 少年の気が動転している理由に検討がついたと同時に、あることに気が付く。


「ってことは、アンタのせいじゃない」

「てへっ♥」

「てへっ♥ じゃないよ。まったく……」

「お前、誰と話してんだ……?」

「あ」


 しまった、と思った時にはもう遅い。清を認識できない彼の前で、つい声をだして清をいさめてしまった。みるみるうちに、少年の目が不審なものを見るような眼差しへ変わる。どうしたものかと固まっていると、隣からパンッと軽く柏手を打つ音が聞こえた。


「まあまあ。ここには確かにあなたが言うとおり、何かいるのかもしれないけど、まずはあなたが元気みたいでよかったわ」

「え、あ、おわ!?」


 気まずい空気を壊すように、遥が明るい声音で少年に語り掛ける。少年が狼狽するのもお構いなしに、少年の額へと手を伸ばす。


「うん、熱はないみたいね。体はどう? だるいところは、ない?」

「へ!? あ、はい……ないです……」

(おお! あれだけ騒いでたのに大人しくなった!)


 遥は曲がりなりにも、美形で売っているモデルだ。見目の整った異性に至近距離で見つめられれば、相当慣れていない限り目が泳ぐのも仕方ないだろう。


(まあ、男なんだけどね)


 それをわざわざ教えて、夢を壊す必要もあるまい。半ば温かい目で静かにその光景を眺めていると、不意に少年が気付いた。


「あ、あの……、も、もしかして……HARUKA……?」

「あらー、私のこと、知ってるの? 嬉しいー!」


 HARUKAとは、モデルとしての遥の名前だ。どうやら少年はHARUKAを知っていたらしい。モデルと言っても、全国区の雑誌なんてものには載っていないし、せいぜい地方誌レベルだ。それでも知っていると言うことは、少年がコアのファンか、HARUKAの知名度があがってきたということか。


「し、知ってるも何も、俺のクラスの男子がいつも騒いでたし! HARUKAは色気がヤバイって!」

「色気? あら、んふふ、ありがとう。でも、クラスの子がってことは、応援してくれてるのはあなたのお友達だけで、あなた自身は私に興味ないってことかなぁ? だとしたら……、残念だなぁ」


 自分のことを知っているということに調子づいたのか、遥は自分の魅力に揺らぎつつある少年に追い打ちをかける。 悲しそうに顔を伏せながら、目だけは少年の方を向けると、その視線に何を感じ取ったのか、少年は慌ててピンッと姿勢を正す。


「そそそんなことは! 興味なら全然あります! めちゃくちゃ美人で綺麗です!」

「ふふ、そっか~、ありがとう! HARUKA、嬉しいなー!」

(ああ……こうして一人、哀れな子羊がHARUKAの毒牙にかかってしまった……)


 心の中でこっそりと哀れみを向けながら、話を本題へ移そうと咳ばらいをした。

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