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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第一章 二


「う~っ、寒い」


 外に出ると、冷たい風が肌を刺した。いかに天気が良くとも、日の当たらない日陰にいては、体はすぐに冷え始めてしまう。日向を見つけてストレッチを始めると、清が顔を覗き込んできた。


「今日はどれくらい走るつもりなんだ?」

「うーん、そうだなぁ。走り込み自体久しぶりだし、軽く境内を何周か、って感じかな」


 境内の敷地自体はそれほど広くはない。一周の距離は短いが、回数を重ねればそこそこの走行距離になるはずだ。

 けれど清は私の答えに満足していないのか、うーん、と唸る。


「せっかくだから、山道に出たら? 巡回も兼ねてさ」

「巡回って、山に何かあれば木霊が知らせてくれるんでしょう? する必要ある?」


 清のような精霊がこの神社にいるのと同様に、山や森にはその木々に宿る木霊と呼ばれる精霊が存在する。この紬喜山に住む精霊たちをまとめているのが清なのだが、異常事態が起これば彼らはすぐに清にその情報を伝えてくれる。だが、早々そういった事態は起きないし、実際、私がこの町に戻ってきてからトラブルに見舞われたことはない。そのため、清の言う巡回の必要性というものを、私は感じなかった。しかし、清はやはり不満そうに首を振る。


「それは確かにそうだけど、この紬喜山で起きる事象に関しての責任は、紬喜神社が取る。つまり、後継者である結衣には、この山を管理する義務があるってことだ。何も起きなくても、木霊たちに挨拶するくらいはしておくべきじゃないか?」

「……確かに、そうかも」

「だろ? そうと決まれば、紬喜山パトロールに、しゅっぱーつ!」

「あっ! もう、待ってよ、清!」


 清の言い分について少し納得しただけだというのに、清は言うべきことは言った、というように先を進んでしまう。こうなっては私の意見など聞く耳を持たない。早々に説得を諦めると、清の後を追った。




『あれ、結衣だ』

『おはよう、結衣! 朝から精が出るね』

「おはよう。やっぱりまだ寒いね」


 山道を走り出すと、辺りから声が聞こえてくる。木々に宿る精霊たちだ。その姿は見せず、口々に声をかけてくる。


『私たちも寒いのよ~。早く春にならないかしら』

「そうだね。こう冷えると、朝起きるのも億劫で仕方ないよ」

「今日も遥に起こされてたもんね」

「清、そういうことは言わなくていい」

『ククッ、どうせ今も遥に言われて嫌々走ってるんだろう? 結衣は遥に弱いからなあ』

「……ほら、清が余計なこと言うから」

「そう思うなら自分で起きたらいいでしょうが」

「……」


 正論だ。これ以上何か言っても、自分の首を絞めるだけだろう。言い返すことはやめて、走ることに集中することにする。




「はぁ……そろそろ折り返そうかな」


 どれくらいの時間を走っていただろう。神社のある山の中腹から、気付けば見晴らしの良い開けたスペースへ辿り着いた私は、休憩を兼ねてその場にあった適当な岩に腰を落とした。


「……なーんにもないなぁ」


 山からの景色をぼんやりと眺める。眼下には、転々と広がる田んぼ、町役場、住宅街、商店街。目玉となるような特徴は一切ない、至って平凡な町だ。


「何もないって失礼ね。紬喜神社があるでしょうが」

「強いてあげれば、ね。でも、あってないようなものじゃない」


 町の特徴としてあげられるとすれば、全国の縁結び神社の総本社である紬喜神社くらいであったが、それも家元が倒れてからというもの、このザマだ。


(でもまぁ、おばあちゃんがいたときから既に廃れつつあったしね。 『早く後継者を!』……なんて焦る必要なんてないんじゃないのかな )


 人々からの信仰が厚かった時代は過ぎ去ったのだろう。家元が倒れる前から、神社を訪れる人は数える程度だった。それほど求められてもいないのに、急がなければならない理由がイマイチわからない。跡を継げとしつこく急かしてくるのは、運営を任されている親戚陣だが、彼らには神社の現状が見えていないのではないだろうか、と疑う程だ。


「わざわざ町を出ていった私を呼び出す程とはとても思えないよね。……おじさんたちは何を考えてるんだか」


 私は小学生までこの町で過ごした後、母の住む東京で四年間過ごしていた。予定ではそのまま向こうで高校生活を送るはずだったが、高校二年への進級を控えた冬、祖母が倒れたという情報が入った。――脳梗塞だった。

 幸い発見が早かったこともあり命に別状はなかったものの、リハビリ生活に明け暮れる祖母にはとても神子のお務めがこなせるはずもなく。代わりに務めを果たせる者を――と、直系の血族である私が呼び戻されることになったのだ。

 戻った私を待っていたのは、祖母の側仕えをしていた遥による修行生活。宮司の父は、宮司の仕事を親戚に任せ、祖母の面倒を見るために、祖母の入院している病院の近くに一時引っ越しているため会えていない。その親戚は任された仕事を面倒くさがっているのか、事務作業程度しか行わず、神社にはほぼ顔を出さないため、遥と私、そして精霊たちだけが神社で暮らしている状況だ。これで神社の役割を果たせているのかと問われれば、誰がどうみても首を横に振るだろう。


「……そうだね」

「……清?」


 神社の現状に対する本音を口にしたところ、清はツンとすましたような顔をしてそっぽを向いてしまった。もしや怒らせてしまっただろうか、と覗き込もうとすると、不意に清はピクッと何かに反応した。


「……雪」

「え?」


 清の呟きに反射的に空を見上げると、上空には分厚い雲が鎮座していた。


「うそ、あんなに天気よかったのに」

「早く帰った方がよさそうだね。先行くよ」

「あ、待って。清!」


 またも先を行く清を急いで追いかける。走り出すと、それを待っていたかのようにチラチラと雪が降り始めた。出来る限り速いペースで駆け降りるが、雪は待ってくれない。ものの数分であっという間に雪が積もり始めてしまった。


(清がいてくれてよかった)


 真っ白な光景に浮かぶ小さな精霊の姿は、はっきりと私の目に映る。視界が白く染まり始めても、それでも道を見失わないで済むのは清が先導してくれるおかげだ。


「見えてきた……!」


 やっとの思いで神社が見える場所まで辿り着くと、安堵で溜息を吐いた。ここからなら多少ペースを落としても無事家に帰ることが出来るだろう。


(洗濯物、大丈夫かなぁ。後で遥に怒られそう)


 離れの庭に干した洗濯物は、この雪できっとずぶ濡れになっていることだろう。故意ではなかったとはいえ、後々待っているであろう叱責を思うと、先程とは別の意味の溜息が漏れた。


『結衣!』


 突然自分を呼ぶ声がして、驚いて立ち止まった。姿は見えないが、声は木々の間から聞こえてきたように思う。きっと木霊だろう。


『こっちに来て! 男の子が倒れてるの!』

「え!? この雪山に!?」

『いいから早く! このままじゃ危ないんだ!』

「清!」

「うん。確かに気配がする。……弱ってるみたいだね。行こう」


 気配を察知した清が再び先導してくれる。その後を追っていくと、次第に白い視界の中に明らかに自然のものではない何かが視界に入ってきた。


「本当にいた……!」


 その少年は、木の太い幹にぐったりともたれかかって眠っていた。年は私と同じくらいだろうか。その瞳は苦しげに閉じられている上に、息も荒れている。素人の目で見ても、危険な状態であるとわかった。


「よい、っしょ、っとと……!」


 肩を貸して担ぎ上げようとするけれど、完全にぐったりと脱力した少年の体は想定以上に重かった。少年より体の小さい女の自分では、立ち上がらせることすら出来そうにない。


「手伝うよ」


 ポンッと音がしたと思えば、清の体が私と同じくらいの大きさにまで変化した。精霊である彼女は体の大きさを自由に変えられるらしい。

 彼女と協力して少年の体を持ち上げることに成功すると、ひとまず私たちはそのまま彼を神社まで運ぶことにした。

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