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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第二章 七

(……結局答えが出ないまま当日になってしまった)


 約束の日。私は儀式の準備を整えて拝殿で早崎様を待っていた。山までの道のりは険しいため、遥が彼女を迎えに行ってくれているのだ。


「……清」

「んむ?」


 傍に控えてくれていた清の体は、以前と同様に体が少し大きくなっている。事前に清にお願いして、霊力を溜めてもらったのだ。これから行う予定の術式は、自分の霊力だけで事足りるはずだが、依頼を受けた以上、万全を期した状態で挑むのが望ましいと考えた結果だ。


「いいのかな、あの子の願いを叶えても」


 準備は整えたが、未だ胸中には不安が渦巻いている。依頼人の望みだからといって簡単に叶えて良いものなのか。希望を叶えた結果、元の状態より悪化する可能性があるのではないか。そう考えると、あと一歩が踏み出せない。


「そんなもの、わからん」

「わからんって、薄情だなぁ……」

「薄情と言われようがわからんものはわからん。私にわかるのはこの町に生きる者たちの今だけ。未来のことなどわからんよ」


 清は私の周りをくるりと舞うと、私を眺めるように片腕に肘をついた。


「今のお前にできるのはあくまで縁を繋ぐことだけ。それからどうするかは依頼者に委ねられるんだ。今更私に相談してどうする」

「それは、そうだけど……。でも、今回の依頼人はまだ小学生だよ。そんな彼女に決断を強いるには酷だと思う」

「まぁ、確かにそうだな。それなら、高校生のお前はどうすべきだと思う? こうして儀式の準備をしているんだ。決めてはいるんだろう?」

「……うん。迷ってはいるけど、決めてる」


 今回行う予定なのは糸手繰りの儀だ。彼女と縁ある者の居場所を探る術式。まだ半人前の私では、広範囲を捜索することはできないが、術の届く範囲内であれば探すことができる。範囲外、術の届かない場所――たとえば、死後の世界である、常世に魂があるのであれば、探し出すことは不可能だ。

 そして、この術にできるのは、あくまで〝探す〟ことだけ。縁を結ぶためには、居場所を把握した上で糸結びの術を施す必要がある。だが――


「私が今日やるのは、糸手繰りの術だけ。居場所を突き止めるだけよ」


 元々、彼女の願いは〝母親を探すこと〟だ。居場所さえわかれば、縁を結び、引き合わせることも不可能ではない。けれど、今回の場合、それ以上は越権行為に当たると判断したのだ。


「早崎様のお父様が彼女を母親に会わせないのも、詳細を説明していないのも、きっと理由がある。彼女が願ったからといって、お父様に黙って勝手に術を施すのは違うと思うの」

「ふむ、なるほど。では、彼女には居場所だけを教えて、会いたいのであれば父親の了解を得てからもう一度来させる……ということか」

「そう。それで、仮にお母様が既に亡くなっていた場合は見つけ出すことは出来ないし、そのときは術が届く範囲内にはいない、って答えるつもり。……どうかな?」

「うむ、縁は繋がず居場所だけを教える、もしくは術が届かないところにいると答えることで、あちらは一応の願いを叶えられ、こちらは必要以上に罪悪感を覚える必要もない、と」

「そういう言い方されると私すごく嫌な奴みたいなんだけど。……まぁ、そういうことだね。」

「どちらも損はないし、悪くないのではないか? 術者側にもどうするか選ぶ権利くらいはあるであろう」

「そう言ってもらえるとほっとする。……っと、来たかな」


 拝殿に近付く足音に、私は姿勢を正した。足音は拝殿の前で止まると、扉が開かれる。そこには緊張した面持ちの早崎様がいた。


「こ、こんにちは……」

「こんにちは。お待ちしておりました、早崎様。どうぞこちらに」


 彼女を部屋の中央まで招くと、床に座るよう伝えた。


「媒介……お母様との思い出の品はお持ちいただけましたか?」

「あっ、はい。これです……」

「これは……」


 差し出されたのは、ボロボロになったテディベアだった。目は片方取れ、片足はもげて綿が見えているし、首に巻かれているチェック柄のリボンも随分とボロボロだ。色もくすんでいるし、かなり年季が入っている。


「あっ、あのっ……こ、これ、最後にお母さんと遊んだ時のままなんです。いっぱい遊んだからこんなふうになっちゃって……」

(別れる前のままって、こんなボロボロの状態で遊んでたの? 直してあげられなかったのかな……)


 思わず顔が引きつりそうになるのを、首を振って誤魔化す。どんなにボロボロでも、早崎様にとっては大切な思い出なのだ。部外者が勝手なことを言えない。


「お預かりしますね」


 なんとも思っていないふりをして、早崎様と私の間にテディベアを置く。優しく持たなければ今にも手足がちぎれてしまいそうだ。案の定、床に置くのもバランスが保てず座らせることができない。諦めて横に寝かせると、ようやくぬいぐるみから手を離した。


「では、術式を始めますね。お母様の居場所を探ります」

「よ、よろしくお願いします」


 深呼吸をすると両手を胸の前で合わせた。自身の霊力を周囲の霊力に溶け合わせる。さらに、私たちの間で同じように手を合わせた清も、溜めた霊力をその中に混ぜ合わせてくれる。そのおかげでより濃度の高い霊力が生み出されていく。


「糸手繰りの儀」


 清と私の霊力が十分に周囲に溶け込んだのを感知すると、両手を床に付けた。


「わっ……!」


 早崎様を中心として赤い光が円を描いた。その円から一本の赤い光が流れ出し、今度はテディベアを赤い光が取り囲む。

 本来糸手繰りの儀は、術の対象者と繋がっている縁の糸を導き出すものだが、媒介を通すことで媒介と深く関わりのある者だけを限定して示してくれるのだ。


(……薄い)


 テディベアを囲む赤い光から、さらに一本赤い光が外へと走っていく。だがその光は非常に希薄で今にも消えてしまいそうだ。関係の希薄さを物語っているようで、一瞬不安になってしまったが、すぐに振り払い意識を集中させる。


(さて、居場所は、っと……)


 赤い光には霊力が宿っている。その霊力を探知の力で追いかけることで場所を突き止めるのだが、縁が希薄すぎて探るにも一苦労だ。


「お姉さん?」

「お静かに」


 糸手繰りの儀は、糸結びの儀と違って直接対象者同士を結ぶものではないため、術をかけられている本人には自分と媒介を取り囲む赤い光しか視認できない。この光を認識することが出来るのは、霊力の探知能力に長けた者だけだ。彼女の目には、首を垂れたまま動かない異様な光景だけが映っていることだろう。

 やがて希薄な光はとある場所で止まり、消えていった。


(え、ここって……)


 光が消えたのは、予想外な場所だった。霊力を辿る際、その周辺の光景が脳裏に映し出されるのだが、それがつい最近見た光景だったのだ。


(……これって、どういうこと?)


 ――その場所は、早崎様のご自宅だった。

 そして光が消える前、光の先には三十歳くらいの女性がいるのを確認した。彼女がきっと早崎様のお母様なのだろう。早崎様が会いたがっていた張本人が今まさにご自宅にいらっしゃるとは、一体どういうことなのか。


(早崎様がお母様に会いたがっていることを知ったお父様が、お母様をご自宅に呼びだしたとか? でもそれなら前もってお伝えしていてもおかしくないはず……。驚かせようと思って言ってないとか? いやいや、そんなばかな。でも、じゃあこれは一体……?)

「お姉さん?」


 はっと顔を上げると、早崎様が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。早崎様を取り囲んでいた赤い光も既に消えている。にもかかわらず、私が固まったまま動かないため、不安になったのだろう。


「失礼いたしました」


 小さく咳払いをすると、居ずまいを正す。疑問は残るが、術式の結果を伝えなければならない。


「お母様と思しき方を発見いたしました」

「! ど、どこに!? お母さんはどこにいるんですか!?」

「……」


 これが一体何を表しているのかはわからない。けれど、ご自宅にいらっしゃるのであれば、伝えても伝えなくても出会うことには変わりないだろう。


「お母様は――」


 そう判断した私は、早崎様にお母様の居場所をお伝えした。

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