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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第二章 四

「紬喜結衣です。小学生まで清ノ原に住んでいて、最近こっちに帰ってきました。よろしくお願いします」


 あれから数日後。新学期が始まると、私はここ、清ノ原高校へとやってきた。

 二年のクラスは全部で三クラス。清ノ原はさほど大きな町ではないので、各クラスの人数は三十人に満たない。全クラス合同で行う授業もあるためか、クラスは違っても皆クラスメイトの顔を知っているらしい。学年が変わり、クラス替えが行われても、周りには見知った級友ばかりという状況のためか、改めて全員の自己紹介の時間は設けられることはなく、転校生である自分だけが前に立つことになった。


(あっ)


 緊張しながらもクラスを見回すと、見知った顔を見つけた。着崩した学ラン姿の連だ。彼は私と目が合うと、声を出さずに『よっ』と手を上げて挨拶してくれた。それだけで緊張が少し和らぐのだから、転入前に知り合えて幸運だったと思う。


「ねぇねぇ、紬喜さんって前はどこにいたの?」

「東京だよ」

「東京!? わぁ、いいなー! 都会にいたなんて羨ましい!」

「ねっ、スクランブル交差点って本当にあんなに人多いの? ぶつかったりしない?」

「あとあと! 電車が数分おきで来るって本当? 芸能人に会ったこととかある?」

「え、えーっと……」


 担任の先生がいなくなると同時に、クラスメイトの女の子たちにわっと取り囲まれた。東京から戻ってきたのだとわかると、都会に憧れがあるらしい彼女たちは一斉に色めきだつ。寂れているわけではないけれど、賑わっているわけでもない清ノ原にいては、都会というだけで輝かしいものに思えるのだろう。興味の対象は私自身というより都会にあるのか、話はもっぱら東京についての質問だ。


「ちょっとちょっと! さっきから東京の話ばっかりじゃない! もう、紬喜さんが困ってるでしょう!」


 それを止めてくれたのは、隣の席の女の子だった。どうやら先程からの話には混ざらないながらも、話は聞いていたらしい。


「だーって、東京の子がこの町に来るなんて珍しいじゃない。聞きたくもなるよ、ねー?」

「紬喜さんは元々清ノ原出身だから、東京の子じゃないでしょ。気になるのはわかるけど、それにしても聞きすぎ! これから時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり聞かせてもらおうよ」

「まぁ確かに、それもそうかな。……あ、そろそろ時間? 急がないと、怒られるよー!」


 この後は体育館で始業式がある。彼女たちは式の前に、と集団でお手洗いへと消えていった。残ったのは隣の席の子だけと、先程までの騒がしさとは一変して静かになった。


「まったくもう、女の子ってすぐ皆でお手洗いに行きたがるんだから。一人で行きなっての」

「ふふふっ、そういうあなたも女の子だけどね」

「あはっ、まぁそうなんだけどね。ああいう女の子の考えはよくわかんないや。……っと、そうだ、自己紹介が遅れたね。あたしは垣石佳苗かきいし かなえ。これからよろしく!」


 女の子――垣石佳苗さんはニカッと快活に笑った。肩まで伸びた黒い髪は、くせ毛なのか毛先がくるりと弧を描いていて、とても印象的だ。


「垣石さんだね。こちらこそ、よろしく」

「あぁ、堅苦しいし、〝佳苗〟とか〝かな〟とか呼んで。うちの周り、垣石って名字多いしさ」

「わかった。じゃあ、佳苗ちゃんでいい? それとも呼び捨ての方がいいかな」

「あー、できれば呼び捨てで。ちゃんづけってむずがゆくて。あたしも結衣って呼ぶからさ!」

「うん、わかった。それじゃあ改めて、これからよろしくね、佳苗」

「うん、よろしく。……ところで、さっきから気になってたんだけど、結衣って紬喜神社の人?」

「え? あ、うん、そうだけど……」


 佳苗の唐突な質問に一瞬戸惑う。けれど、よくよく考えてみればおかしなこともない。清ノ原の人間であれば神社の名前くらいは知っていてもおかしくはないし、名字が一致しているのだから疑問に思うのも当然と言える。


「あ、変なこと聞いてごめんね。名字を聞いて、もしかしてと思って。それならやっぱり、その子は神社の子?」

「え?」


 そういって佳苗が指差したのは私の後方。振り返れば眠そうにあくびをする清がいた。


「ちょっ……!」


 大声をあげそうになり、咄嗟に口元に手を当てた。周りのクラスメイトには聞こえなかったのか、特に反応されることはなかった。


(ちょっと、なんでこんなところにいるの、清!)


 周りに聞こえないように清にこっそりと話しかける。すると清は楽しそうに腕を組みながらニヤリと笑った。


「バレたか」

(バレたか、じゃないよ! 神社の守りはどうしたの!)

「ちゃんと精霊たちが見回ってるから問題ない。なに、結衣の新たな門出だ。筆頭精霊たるもの、次期神子がどんな学生生活を送るか見守る義務があると思わないか?」

(そんなこと言って。ただ暇つぶしに来ただけなんじゃないの?)

「……」

(図星か)

「てへっ。……いてっ!」


 溜息を一つ吐くと、自由気ままな精霊の額を軽く指で弾いた。それほど痛くはないだろうに、清は必要以上に悲しそうな表情を浮かべて額を押さえている。


「へぇ、結衣って神子なんだ?」

「へ? あっ!」


 今更気付いてももう遅い。今までのやりとりを全て見ていたであろう佳苗は、何かに納得したようにうんうんと頷いている。


「って、佳苗。清が視えるの?」


 清は精霊だ。霊力を扱える者か、連のような特殊な体験をした者にしか彼女の姿は視えない。ということは――


「うん。あたしの家、霊媒師の家系なの。で、あたしももちろん霊媒師! まぁ、まだ半人前なんだけど」

「! そういえば垣石家って」

「そうそう。霊媒を生業として数百年。全盛期を過ぎた今でも、ひっそりと活動しておりますとも」


 霊媒師。自らの体を媒介に、死者の魂を現世に呼び戻す術者のことだ。死者との対話を望む依頼者のため、彼らは力をふるう。生半可な術者では呼び戻した魂に体を乗っ取られてしまうこともあるため、術は常に命の危険と隣り合わせだと聞く。


「垣石家が霊媒師の家系だとは聞いてたけど、まさかこんな近くに霊媒師がいるなんて……」

「それはこっちの台詞だよ! 同じクラスに三人も術者がいるなんて、本当にびっくりした」

「……〝三人〟?」


 この場にいるのは佳苗、私の二人。清のことではないだろうし、その他にも誰かいるというのか。


「うん。……あれ、もしかして知らない? その子も神社の子なんだけど」

「あー、神子の修行を再開したの、最近だから知らないことが多くて……」

「そうなんだ。あ、ほら。今教室出ていった男子。あいつだよ」


 佳苗の指差す方向を見る。確かにそこには一人の男の子がいた。しかしタイミングが悪く、見えたのは髪で隠れた横顔だけだった。


「二ツ羽玲ふたつば あきらくん。二ツ羽神社の男神子だよ。あそこは縁切りで有名な神社で、紬喜神社は縁結びだから、ご利益は真逆だね」

「縁切りの、二ツ羽神社……二ツ羽玲くん、か」

「知ってる?」

「うーん、聞いたことがあるような……。でも覚えてないな」


 はっきりとは思い出せないが、その神社の名前は口に馴染む。きっと昔、学習修行の一環で聞いたことがあったのだろう。ご利益は真逆とはいえ、縁にまつわるのであれば、知識として学ばされていた可能性は高い。詳しく思い出せないのなら、再び勉強する必要があるだろう。


「クラスメイトだし、関わることもあるだろうから、仲良くできたらいいな。それから知っても遅くはないよね」

「あー、それは難しいかも。あいつ一人でいることが多いし、学校もよく休んでるからさ」

「そうなの?」

「そ、家業だろうし仕方ないけどね。体育祭とか文化祭とか、大勢でやる行事にはあんまり顔見てないかも」

「……そっか」


 二ツ羽神社の状況は知らないが、それほど忙しいということなのだろう。家元のいない紬喜神社ほど廃れていないのかもしれない。


(それにしても縁結びより縁切りの方が盛況って、複雑だなぁ……)


 苦しい現状を切り離して解放されたいと感じる人が増えているということなのだろうか。だとしたら、なんとも生きにくい世の中だ。


「ところで、もう一つ聞きたかったんだけど、あの人も結衣の関係者?」

「え?……って、ちょっと!」


 佳苗が視線を向けた先は、廊下を挟んだ窓の向こう。校庭と反対側、山に面した中庭には木々が生い茂っている。その大木の一本に、その人物はいた。


「おや、見つかってしまいましたか」


 悪びれもなくにこりと微笑むその人は、紫乃だった。


「あれ、お兄さん、なんだか変わった気配が……」

「先日まで慄山まで修験に参っておりましたので、そのせいかと」

「あぁ、慄山に! なるほどね~」

「……」


 佳苗と紫乃は和気あいあいと話し合っている。幸いと言うべきか、既に体育館に向かったのか周囲に人はいない。


「清といい、紫乃といい、あんたたちは……」

「……あ」

「お嬢様?」

「結衣?」


 見ている人はいない。この状況なら大丈夫だと判断した私は、


「学生生活くらい、私の好きにさせてよ! このバカ!!」


 大声で二人を叱ったのだった。

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