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縁の管理人  作者: 春江紗奈
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第二章 一

 霊力とは、万物に宿る気力のことである。

 大地や空、海に始まる自然はもちろんのこと、この地に生きる全ての生き物はその身に霊力を宿している。しかしその大半は、そのような潜在能力を使うことどころか、その存在さえも知ることもなく、生涯を終える。また、霊力を操るにしても、相応の鍛錬を積まなければ操ることはできない。が、生まれつき、もしくは、何かのきっかけを経て霊力の一部を使うことができる者も時折存在する。それがいわゆる〝視える〟人である。


「――って、話だったよね? 連の場合は、昔から見えてたわけじゃないらしいし、何かきっかけがあったってことなのかな」


 ある日の修行中。遥から改めて霊力についての解説を受けた私は、先日知り合ったばかりの少年のことを考えていた。植坂連という少年は、霊力の扱いに長けている神職の者が身内にいるわけでもなければ、自身も霊力操作の訓練をしたことももちろんない。〝何かがいる〟と感じられるようになったのは、連曰く最近の話らしい。


「そうね。連くんにきっかけがあったとすれば、霊力を多く含む紬喜山を登ったこと――、それに加えて、短い時間とはいえこの紬喜神社で過ごしたこと、特に眠ったという点が大きいかもしれないわね」

「眠ることに何か意味があるの?」

「えぇ。人は深く眠っている間、体の中の動きが穏やかになるでしょう? 静の状態でいると、周りと一体化しやすくなるの。濃度の高い霊力が漂っている場所であれば、尚のこと浸透しやすい。それに、連くんが寝ていたのは結衣のお布団。普段からあんたが使ってるお布団には霊力が浸透しきっていたでしょうから、空気中だけではなく結衣のお布団からも濃密な霊力が溢れていたはずだわ」

「なるほど……、だから〝感じる〟ようになったってことか」


 濃い霊力を備えた神社で眠りに就くこと――それは体にこの地の霊力が染み渡りやすくなるということらしい。ただ山を登ったり神社で過ごしたりするだけであれば、そうそう霊力が移ることはない。意識がはっきりしている状態では、自身に宿る霊力が周囲の霊力に反発して弾いてしまうのだ。そのため、参拝者や依頼人がこの地に足を踏み入れただけで全員漏れなく〝視える〟ようになる、ということはない。

 そこまで理解した上で、一つ疑問に思う。


「……でも、それならどうして清の姿も〝はっきり視える〟ようになったのかな?」


 あの糸結びの儀を執り行った日から数日経った、ある日のこと。神社に遊びに来た――正確に言えば、美人の遥に会いに来たのだろう――連が、私の肩を見て叫んだのだ。〝何かいる!!〟と。

 その時私の肩には清が座っていた。以前の通り気配だけを察知しているのかと思えば、清の見た目の特徴を言い当てることができるほどに、はっきりと視えるようになっていたのだ。これまでとは認識のレベルが全く違う。


「うーん、そればかりは私にも……」

「うむ、それは私が答えてやろう」

「清。理由がわかるの?」


 遥と二人、頭を捻っていると、ひょっこりと姿を現した清が話に混ざってきた。


「断言はできんが推測ならばできるぞ。最近奴の周囲で起きた出来事に、心当たりがあるな? 霊や生死に関わることで、だ」

「連の周囲で起きたといえば……、クロちゃんのこととか?」

「そう、それだ。奴は最近愛猫を亡くしただろう? それが原因といえよう」


 連は先日、長年共に過ごしてきた家族――愛猫のクロちゃんを亡くした。その数日前から失踪し、かろうじて息を引き取る寸前に再会することができたのだ。連の腕の中で眠りに就いたクロちゃんは、とても幸せそうな顔をしていた。


「近しい者の死――その相手が縁深い者であればあるほど、彼の者への影響は大きいものだ。社会的にも、精神的にも、様々な点においてそれは言える。元々奴はこの場で過ごしたことで、奴に潜む霊力の片鱗を覗かせていた。その状態で精神に深く影響する出来事が起きれば、その身に宿る霊力が表面化してもなんらおかしなことはない」

「つまり、大事な家族のクロちゃんを失ったことで、発動しつつあった霊力が本領発揮し始めた……ってこと?」

「まぁ、平たく言えばそういうことだな。本領発揮というには、奴にはそもそも霊力がさほど宿っていないから、せいぜい〝視える〟くらいが関の山だろうがな」


 霊力の大きさは生まれた時に決まる。基本的には霊力の質や量は血縁者から遺伝するものだが、連の家系には神職の者はおらず、霊力の高い者もいないのだろう。それゆえに、連は視えるようにはなっても、磁場の強い環境で過ごすか霊力増幅の鍛錬でも行わない限り、それ以上の力を使えるようになるわけではないようだ。


「なるほど……、それで連が清を視えるようになったのか。ありがとう、教えてくれて」

「どういたしまして。まぁ、ただの推測だがな。……というわけで、一般人の連と違って神職者特有の高霊力を持つお前は、自在にその力を扱えるようにならないとな?」


「うっ、……はい」


 清の声から圧のようなものを感じる。私の疑問に親切に答えるのと同時に、早く一人前になれ、と急かす意図も含んでいたのだろう。とどのつまり、私語はやめて集中しろ、と言いたいのだ。

 そもそも今は修行の真っ最中。確かに私語が多すぎただろう。清から感じる圧も、さり気なく背後から伝わる遥からの圧も、地味に怖い。


(……ふぅ)


 集中しようと静かに息を吐くと、 正座の状態で背筋を伸ばし、両手を胸の前で合わせた。

 今日の修行は、自分の中に潜む霊力の発動及びその制御が目的だ。それにはまず自分の霊力を自分自身で感知する必要がある。


(うん、よし)


 気を落ち着かせ霊力の発動を意識すると、今度はそれを体の内側から全身へと均等に行き渡らせる。こうすることで周囲の霊力と自分の霊力とを混ぜ合わせ一体となる。今から行う術式には、周囲環境と一体となることが必要なのだ。



「――糸手繰り(いとたぐり)の儀」


 首を垂れ、両手を拝殿の床に着ける。すると、自分を中心として赤い光が円を描き、その円から数本の赤い光が周囲へと勢いよく走った。

 糸手繰りの儀は、対象者に備わっている縁の糸を辿っていく術だ。その効果範囲は術者の力に左右されるが、強い者であれば半径一千キロメートル以上、日本全土を超える範囲をに及ぶこともあるという。

 縁は、生まれつき魂に宿るもの。まだ出会ったことのない者であっても、いずれ何かの形で出会うことがある相手であれば、希薄ではあるが縁で繋がっている。その繋がりを探る際にこの術は使用されるのだ。


「うーん、お母さんのところまで行くかなと思ったけど、届かなかったなぁ」


 今は練習を兼ねて、自分自身を対象として術を発動させた。自分と縁のある者の元へと無差別に光が走ったはずだが、遠方にいる母のもとへは到達しなかった。


「そうそう簡単に長距離での発動はできないわよ。今回が初めてなんだし、発動できただけ優秀だと思うわ」

「そっか。いつかお母さんのところまで届くといいな」

「そうね。結衣の修行が上手くいけば、灯里あかりさんもきっと喜ぶと思うわ」


 紬喜灯里――私の母の名前だ。母は東京で営業の仕事をしているキャリアウーマン。父とは転勤先のこの地で出会い、紆余曲折を経て結ばれたのだと聞いている。父は紬喜神社本家の人間。そんな父が完全な一般人である母と結ばれるには、それなりの苦労があったことだろう。が、結局は縁の糸で結ばれているのだからと、祖母が周囲を説得し、結婚に至ったと言う。

 仕事が好きな母は、結婚後も仕事を続け、現在は本社のある東京で単身赴任をしている。会えない時間は多いが、定期的に連絡を取っているし、私たちは仲の良い家族だと思う。


「……ん?」


 穏やかな気持ちで母のことを思い出しながら術を解除しようとすると、ある違和感に気が付いた。


「どうしたの、結衣」

「あー、うん。実は、縁の糸が紬喜山じゃない別の山奥まで伸びたみたいなんだけど、終着地点に着く前に消えちゃったみたいで。今のはどこで、誰と繋がってたんだろう……。うーん、やっぱりまだ不安定なのかな」


 紬喜山を離れた別の山奥。県内の山ではあるようだが、磁場が強い場所だったのか、術の維持が難しく途中で途切れてしまったのだ。


「術が不完全なのはもちろんあるでしょうけど、まだ出会ったことのない人だったのかもしれないわよ。だからはっきり視えなかったんじゃないかしら」

「そういうものなのかな。確かに縁が希薄だとわかりにくいみたいだしね。そんな相手にまで術が届くなんて、本当に無作為なんだね、この術」

「その中から媒介なしで選別できるようになるのも、修行の一環よ。頑張りなさい」

「うっ、それも修行なのか……、頑張ります」


 要するに、全て自分が未熟だからできないことらしい。修行の必要性を改めて痛感させられて、思わず溜息が漏れた。

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