第一章 十 (完)
「こんにちは、連」
「来てくれたのか。あがってくれ」
数日後。遥と私は、改めて連の家を訪れていた。
「こんにちは、クロちゃん」
目的は、クロちゃんに会うため。写真の中のクロちゃんは、連の腕の中で幸せそうに笑っていた。
「ありがとな。クロも喜んでると思う」
遺影に手を合わせ、振り返ると、連が私たちに向かって頭を下げていた。
「お世話になりました。無理を言って悪かった。でも、二人のおかげで、最期にもう一度クロに会うことが出来たよ。本当に、ありがとう」
「いいえ。ギリギリになってしまったけれど、連くんたちが再会できたことは、私たちも嬉しいの。力になれてよかったわ」
「うん。……でも、連と初めて会った時に力を貸していれば、もう少し長く一緒にいられたかもしれないのに、本当にごめんなさい」
後悔があるとすれば、そこだ。連と出会った時に話を聞いて儀を執り行えていれば、一日でも長く一緒にいられたかもしれないのだ。
トラウマに錯乱したり、未熟であるからと逃げ腰にさえなっていなければ、よりよい結果になっていたはずだ。後悔せずにはいられない。
「いいんだ。元々、ダメもとだったんだし、叶えてもらっただけで、十分ありがてぇよ。それにいつもクロを見てくれてた医者がさ、死因は老衰だって言ってたんだ。成猫としては長生きした方だとも言われたし、初めて会った時に願いを叶えてもらってたとしても、すぐに別れることになってたよ」
「……うん、ありがとう」
連は優しい。私が心から申し訳なく思っていることでも、気にするなと言ってくれる。けれど、それではだめなのだ。
「……あのね、連。実は私が今日ここに来たのは、もう一つ目的があるの」
「ん、なんだ?」
「お礼がいいたくて」
「……礼?」
連は何のことかわからないないらしく、頭に疑問符を浮かべている。けれど、心当たりがなくて当然なのだ。これは私が勝手に思っていることなのだから。
「私たちを信じて、依頼してくれてありがとう」
「……は?」
連はますます首をひねる。それはそうだろう。依頼した側が礼を言われる理由など、普通はないはずなのだから。
「私は見習いで、術も未熟。この地に帰ってきたのも最近で、正直を言うと神子になる気なんてほとんどなかったの。後継者って言われても、実感がなかった」
「そうなのか?」
「うん。……やれって言われたことをやってるくらいで、神子としての自覚も、覚悟もなかった。……でも」
視線をサイドテーブルに移す。そこにはクロちゃんの写真がある。私が依頼を叶えた、その証だ。
「連の話を聞いて、依頼を叶えて、神子の自覚が持てた。人が心から望むことを叶えるだけの力が、その義務が、私にはあるんだって」
視線を戻すと、決意を告げるように、連を真っ直ぐに見つめた。
「私、神子になるよ。どんな願いだって叶えられる、人の力になれる……そんな神子になる」
「……」
「……」
暫くの間、連はぽかんと口を開いて固まっていたけれど、その一瞬の後、フッと噴き出した。
「ハハッ、わざわざその宣言しに来たのかよ。それに礼って。俺、本当に何もしてねぇじゃん」
「そ……そうかも、しれないけど! でも、本当に連が願ってくれたから私もこうして自覚を持てたわけで……感謝、してるんだよ、これでも……」
何がおかしいのか、連は声をあげて笑い出す。まさか笑われると思っていなかった私は、恥ずかしさで居たたまれなくなってきた。
「クハハッ、でもだからってわざわざ、なぁ?」
「わ、笑わないでよ……。もう、言うんじゃなかった」
「悪い悪い。まぁ、頑張れ。お前の最初の依頼人として、応援してるよ」
「……なんか生意気。でも、ありがとう。ふふふっ」
相変わらず無遠慮な連の態度に、笑みが零れる。連がこんな前向きな性格の人だったからこそ、叶えられたのかもしれない。そう思うと、自分の初めての依頼人が連でよかったと心から思えた。
「さ、決意を新たにした結衣ちゃんには、今日から早速新たな修行プランを用意しました~。帰ったらみっちりやるからね?」
「げっ……、お手柔らかにお願いします……」
遥はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。この決意表明を遥に聞かせるべきではなかったのではなかろうか。後悔しても、もう遅い。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
「おう、また学校でな」
「あ、そっか。同級生になるんだよね。これからよろしくね」
偶然とはいえ、連とは同じ高校の同級生になる。今後はかなりの頻度で会うことになるだろう。きっとこの明るい性格に助けられることも多いはずだ。
「ね、連」
「ん?」
「無力な私を、信じて任せてくれてありがとう。あなたの力になれて、本当によかった」
「……!」
「またね」
「お、おう……」
改めてお礼を伝えると、もう一度だけ写真立てへと目を向ける。 写真の中のクロちゃんは、心なしか先程見た時より幸せそうに笑っているような気がした。
(よし、これから頑張るぞ!)
両手でパンッと頬を叩いて気合を入れ直すと、遥を追って連の家を後にした。
縁の管理人 第一章 終