おでんのだいぼうけん
弱火で煮られてぐつぐつぐつ。
ほっこり湯気がほかほかほか。
鍋にはおでんがもりもりもり。
大根、たまご、いとこんにゃく。味がしみてそろそろ食べごろ。
おだしを吸ったちくわにはんぺん、ふっくらふくれておいしそう。
他にも牛すじコンブ、つみれにロールキャベツにがんもどき。
おでんのみんなはおだしのお風呂でぬくぬくと、ゆったりまったり、できあがりのその時を待っていました。
「ねえ、あのね」
突然口を開いたのは、はんぺんです。
「なんだい、どうしたはんぺんやい」
すぐとなりにいた、おだししみしみのがんもどきが応えます。
はんぺんは言いました。
「ぼく、じつはかまぼこになりたいなって」
「いやほんとどうした急に」
突然のカミングアウト。はんぺんは真っ白い顔に神妙な表情を浮かべて続けます。
「いまぼくさあ、はんぺんじゃん。白いじゃん」
「そうだな。関東で流通してるタイプのはんぺんだな」
「白一色ってダサくない?」
ダサい。はんぺんの自己評価に、がんもは怪訝な顔。じわわと寄せた眉根から、つゆが染み出します。
はてさて、どうしてそんなことを思ったのやら。
「いいじゃねえか、真っ白で。けがれない感じでさ」
「やだー、ぼくピンクとホワイトのツートンがいい~」
はんぺん、叶うはずのない駄々をこねます。もちろんがんもは困った顔。もっと深くなった眉間から、じわわとおつゆ。
「あのね、ぼく、スーパーにいるときにね……」
はんぺんはぽつぽつと話しはじめます。それは彼がまだ、スーパーの練り物コーナーに陳列されていたときのこと。
はんぺんはさいしょ、となりに品出しされていたかまぼこのことなんて、気にも留めていませんでした。
ところがどっこい。
「お母さん、見てみてかまぼこだよ!」
「うどんに添えると、見た目が華やかになるんだよね」
「ご覧くださいこの鮮やかな、ピンクと白のコントラスト」
売り場のあちこちから聞こえてくる、かまぼこへの賞賛の数々。お客さんだったり、販売員だったり。みんなかまぼこが大好きな様子。
はんぺんのおとなりで、かまぼこの売れ行きは絶好調。
さいしょはなんとも思わなかった白とピンクも、こうなってみればそこはかとなくオシャンティー。
同じタラのすり身でできているはずなのに、どうしてこんなにも違うのか。白一色のはんぺんは、なかなか買い手がつきません。
幸い、半額シールが貼られたところでやっと買われることができたはんぺんですが。
「ぼく、そのときからずーっと思ってるんだ。生まれるなら、かまぼこが良かったなって」
おでんの具として煮られながら、はんぺんはしみじみつぶやきます。
そんなはんぺんの語り口に、聞き役のがんもは「ふーん」です。「ふーん」と答えるしかありません。はんぺんとして生まれたはんぺんの運命は、赤の他人のがんもにはどうしようもないのです。あとあんまりはんぺんに興味がない。
「あーあ。ぼくはこのままはんぺんとして食べられて、一生を終えるのかなぁ」
「うーん、そうだろうな……」
はんぺんの無念の声に、がんもがどうでもよさそうにうなずいたとき。
「あきらめないで!」
ざばばっ。
真矢〇きみたいな台詞とともに、おつゆの湯舟からにょきりと生えるなが~い練り物。
ちくわの登場です。
「その夢、あきらめちゃダメ! 私にまかせて!」
「ちくわさんに?」
「ええ! そうねぇ、タイムトラベルで、過去へとぶ、なんてどうかしら?」
「たいむとらべる?」
胸をはるちくわに、はんぺんとがんもはきょとんと首をかしげました。
タイムトラベルの意味は分かります。直訳すると時間旅行。過去へ行ったり、未来へ行ったり。
でもそんなことをするには、ものすっごく発達したテクノロジィが必要不可欠。現代には存在しないはずの技術です。
「うふふ、こんなこともあろうかと、このお鍋を煮てるガスコンロをタイムマシンに改造しておいたわ!」
なんということでしょう。ガスコンロがタイムマシンへ、匠の手により劇的大改造。
「わあ、ちくわさんすごい!」
「量子もつれやらブラックホールをアレコレして、過去へ行くことができるわ!」
「よくわかんないけどやったあ!」
そんなわけでさっそく、おでん鍋は時間旅行へ出かけます。
「さあ、行くわよ! はんぺんをかまぼこへ転生させるために!」
「興味ないんだけど……」
「しゅっぱーつ!」
そしてお鍋がぐるぐるぐるぐる、どっかーん!
期待に白い身体をいっそう輝かせるはんぺんに、気乗りしないがんも、うきうきするちくわにその他のおでん種を乗せ。
コンロに生じた重力場やら事象の地平線やらの荒波に乗じ、お鍋は全速前進どんぶらこ。
あっという間に、お鍋は数日前の大海原へタイムスリップ!
青い海の上に浮かぶおでん鍋。ざざんと太平洋の波が鍋底を撫でていきます。
「さあ! まずははんぺんの前世、スケソウダラの群れを探すわよ!」
「ああっ、ちくわさん! あそこに魚群がいるようだよ!」
さっそくです。ソナーなしであっさり魚群は見つかりました。
さて、ここからが問題。はんぺんから採取したDNA情報を元にちくわが解析した結果、魚群には確かに、はんぺんの前世の姿であるタラがいるようです。
しかしタラたちの進む先には、一隻の漁船。
「いけないわ……あの漁船に捕まったら最後、タラたちははんぺんに加工されてしまうわ!」
「ええっ、そんな……真っ白に!?」
「そうよ、真っ白よ! だから!」
ちくわ、長いその身で逆側を指し示します。その先には、また別の漁船が一隻。
「あちらの漁船へ誘導すれば、かまぼこに加工してもらえるわ!」
「なるほど!」
「でも……どうやるんだ?」
話している間にも、タラたちははんぺん漁船へ向けてすいすい泳いでいます。考えているヒマはありません。
「ごめん、がんも!」
「えっ」
はんぺんはすぐそばにいた糸こんにゃくをほどき、がんもに結わえました。
そして無情にも鍋から突き落とされるがんも。ぽっちゃんと、あたたかい鍋から冷たい海へ真っ逆さま。
海面に浮きあがり、あっぷあっぷしながらがんもは喚きました。
「ま、まて! おれをエサにする気だな!」
「悪く思わないでね。ぼくがかまぼこになるためだから」
「こ、このやろ……がぼがぼがぼ!」
溺れかけてるがんもを尻目に、はんぺんはちくわへ声をかけます。
「いいよ、ちくわさん。あっちの漁船に向けて全速前進!」
「ヨーソロー!」
糸こんにゃくの端を持ち、はんぺんは釣り人気分。
すいーっと鍋は海原をかまぼこ漁船へ向けて走り、がぼがぼしてるがんもに、タラの群れが寄ってきます。
そして、鍋の描く軌跡を魚群も辿り。
見事、誘導成功!
魚群を漁船へほどよく引き付けたところで、やっとがんもは鍋へ引き上げられました。
「はんぺん! てめえよくも!」
「いいじゃん、どうせ人間に食べられるつもりだったんでしょ? 魚に食べられるのもおんなじことじゃん」
「ふざけるな! おれは味が分かるやつに食べてもらいたいんだ!」
すっかりしょっぱくなったがんも、はんぺんに怒りをぶつけますが、真っ白はんぺんは馬耳東風。
さて、おでん鍋の目の前では、スケソウダラの群れが魚網にかかって、甲板へ引き上げられるところ。
漁を終えた船は、どっどっとエンジンの音を響かせて、大漁旗掲げて港へ帰っていきます。
おでん鍋も、ひっそりその後を追いました。
港から陸揚げされたタラたちは、トラックに積まれてずんずん輸送されていきます。おでん鍋も、その後をこっそり空中を飛びつつ追いました。
そうしてやがてたどり着いたのは、かまぼこ工場。搬入されるタラたちを追い、おでん鍋もステルス機能を有効にして工場へ潜入します。
「いよいよかまぼこに加工されるね!」
「ええ、ついにあなたがかまぼこへ生まれ変わるときがきたのよ!」
「帰りたい……」
さて、おでんたちが見ている前で、タラたちは包丁でさばかれ頭を落とされ、内臓も取り除かれてすりつぶされます。
おのれの前身が無残に解体されるさまを、はんぺんは無表情で眺めていました。となりのがんもは「こいつサイコパスだ」と思いました。
ミンチにされたタラの身は、調味料を加えられ、機械でしっかりねりねりねり。
そして板に白いすり身を乗せて、さらにピンクのすり身をその上に重ね、熟練の職人さんが成型し。
蒸しあげたなら、かまぼこの完成です!
「ああ……かまぼこ……」
「はんぺん!」
おでん鍋の中。はんぺんの身体は神々しく光り輝いています。歴史を改変したことで、はんぺんはついにかまぼこへ生まれ変わろうとしているのでした。なお、この作品においては、親殺しのパラドクスや、元の世界から改変後の並行世界が分化して云々かんぬんといった小難しい理論は、考えないものとします。
ともかくはんぺんです。はんぺんはいままさに、望みを叶えようとしています。
「やったわね、はんぺん! かまぼこになっても、元気でね!」
「うん、ありがとうちくわさん!」
「はんぺんはともかく、おれたちはどうなるんだちくわさん? 帰れるのかよ、元の時代に……」
「まあがんもったら! 自分のことよりもまず、はんぺんのことを喜んでさしあげたら!?」
「理不尽!」
がんもが不条理を嘆いているさなかにも、はんぺんを包む光は強さを増していきます。
──ありがとう、ありがとうみんな……。
──ぼくはかまぼこに生まれ変わって、オシャンティーなツートンになってちやほやされるんだ……。
「はんぺーーーーん!」
そしてはんぺんの姿はまばゆい光にかき消され……。
気が付けば、はんぺんはかまぼこになっていました。しかし、はんぺんとしての記憶はありません。彼は工場で加工され、蒸しあがったときから生粋のかまぼこでした。
ダンボールに詰められて、トラックに載せられて。
出荷された先は一軒のスーパー。
かまぼこは練り物のコーナーに陳列されました。白とピンクのツートンカラーは、よく目立ちましたが。
そのとなりに陳列されるのは、どういう運命の巡り合わせか、真っ白いはんぺん。
「そろそろおでんの季節ね」
「お母さん、おでんにはんぺん入れたい」
「ふわふわの食感がいいよね」
「けがしたいほどの純白」
「はんぺんチーズトースト」
はんぺんの売れ行きは絶好調。真っ白い四角はとぶように売れる売れる。
その横で、かまぼこの売れ行きはいまひとつ。
閉店間際。パートのおばちゃんに半額シールをぺたりと貼りつけられたとき、かまぼこはしみじみ思いました。
(はんぺんになりたい……)