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ヴェリスト家のシャーロット  作者: 水廉
第一章
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月夜の邂逅

部屋の外は少し寒い。本当は特に目的はなかったのだが、少々歩くことにした。


ダイニングは一階に位置しており、出てすぐ目の前には屋敷の入口が見える。大広間だ。


シャーロットは壁にかかっている燭台を手に取り、階段を上った。


自分の部屋とは反対の位置に、気になる部屋があったことを思い出したからである。


ーーこの部屋は“開かずの間”だ


昼間のディルの言葉が思い浮かぶ。


鍵がないのに、絶対に開かない扉。壊そうとしても、決して壊れないという話だ。


万が一入ったら呪われる、とも言っていた気がする。


(入ったら呪われる…ね)


そもそも入れないのに、入ると呪われることがわかっている、というのもおかしな話だ。おそらく呪いなど存在しないのだろう。


かと言ってもちろん入る気などなく、なぜだか足が向いただけである。


しかしその部屋に向かう途中で違和感を覚え、シャーロットは足を止めた。


(…なにこれ)


異様に寒い。


近づかない方がいい、と直感がそう告げる。


よろよろと数歩下がり、踵を返す。


(まさか、本当に呪いが…?)


まだ少し曖昧な記憶をたどりながら逃げるように長い廊下を歩いた。


壁には等間隔に窪みがあり、その全てに、灯る燭台が置かれている。


夜中は屋敷内の電気は全て消え、その火だけが、ゆっくりと揺らめいていた。


そんな何気ないことでさえ怖いと感じたが、部屋に戻る気にはなれず、適当に角を曲がると、思い切り誰かにぶつかってしまった。


「うわっ…」


取り落とした燭台がカシャンと甲高い音を響かせ、同時に蝋燭の炎が消える。


「…前を見て歩け」


シャーロットは上から降ってきた冷たい声に、さっと血の気が引くのを感じた。


「すみません!」


シャーロットは燭台を拾い上げ、慌てて頭を下げる。


ぶつかった相手は薄暗くてしっかりとは見えないが、綺麗な顔立ちをした青年だった。


出かけていたのか、外出用と思われるコートを羽織っている。


「おまえ…見ない顔だな」


「…あ、はい!わたしは今日からここで働くことになった者です。昼間に皆さんに挨拶を済ましたつもりだったのですが、あなたも使用人さんですか?」


「ああ。少し用があって出ていた」


そう言うと、青年はじっとシャーロットの瞳を見つめた。


獰猛な獣に狙われているかのような威圧を感じ、思わず息を呑む。


「で、新入りがこんな時間に何をしている」


「……図書資料室に行きたくて…この時間だと皆さんもう寝ておられるので、場所を聞くこともできず、彷徨っていました」


もちろんデタラメだ。図書資料室は位置する(フロア)すら覚えておらず、探してなどいない。


そしてほとんどの使用人たちはダイニングで眠っている。


だがミータが誘った人以外にそのことを言うわけにはいかなかった。首を刎ねられる。


「図書資料室は夜中は施錠されていて入れない。そもそも場所はわかっているのか?」


「えーっと…なんとなく…?」


青年はため息をついた。


「俺が案内しよう。あちこち迷われては困る。場所を確認したらさっさと自室に戻るんだな」


「え!?あ、ありがとうございます」


予想外の申し出に、シャーロットは慌てて礼を言う。


しかし青年はその言葉を聞く前にさっさと歩き始めた。引き離され、自然と足早になる。


前を歩く背を見ながらシャーロットは思った。


彼は人に合わせたことがないのだろうと。


(それに少し、怖いような…)


いや、人様を外見や言動で判断するのはよくない。現に彼には案内をしてもらっているではないか。


無言のまま歩いていると、ふと窓から差し込む柔らかい月の光に気づき、シャーロットは外を見た。


「あ…見てください、月が!雲が少なくて綺麗に見える」


青年は立ち止まった。


少し離れたところで嬉しそうに窓の外を見つめる少女を一瞥し、同じように外を見る。


「…そうだな」


彼は一言、静かにそう言った。


シャーロットは言葉を続ける。


「わたし月が好きなんですよ」


「…月が?ただの天体だろう。それに月は自分では光ることのできない、言わば無力な存在だ」


「そうですけど…」


青年は切り捨てるかのようにそれだけ言うと歩き出した。追いかけながらシャーロットは話しかける。


「偶然だとしても、太陽との関係があって輝けているって、すごいと思いませんか?それに月がなかったら夜はもっと暗かったはずですし」


「…月は存在している。無かったらという仮説を語ったところで何にもならないぞ」


「そんな言い方…その考え方で、人生楽しいですか?」


シャーロットがため息混じりに尋ねると、青年は呆れたように失礼なことを言った。


「おまえのような考え方を持って生きていくことが楽しいというのなら、俺は楽しくなくて構わない」


完全に否定する言葉で言い切られてしまった。


「…もういいです…月にいる動物もあなたは存在しないと思っているんでしょうね…」


こちらを一切見ることのなかった青年が、それを聞いてなぜか急に振り返る。


「…本気で信じているのか?」


驚いたように問われ、シャーロットは何度も目を瞬いた。


「…え?…月には何も、住んでいないんですか…?」


逆に問い返す声が、思わず震えた。


嘘だ、幼い頃からずっとそう教わってきた。村人はみんな信じている。


…はずだ。


不意に面白がるようなカイムとラーフェの顔が思い浮かんだ。


(…あれ?わたしだけ信じてる可能性も…)


「……俺が知るわけないだろう」


結局相手は言葉を濁した。


だがそれは逆に肯定に近いものがあり、虚しくなる。


また長い沈黙が続いたが、不意に青年は足を止めて肩越しに振り返った。


「ここだ。帰りはそこの階段を降りて廊下を右に進めば大広間が見えてくる。そこからならわかるだろう、自室に戻るといい」


頑張って歩いたが彼との差は結局縮まらず、二人の距離は遠かった。


シャーロットは足を止め、青年を見つめる。


ここからでは彼の姿は影に隠れて見えない。


「あの、ありがとうございました。お名前を、お伺いしても?」


「……ベイトだ」


「ベイトさん、これからよろしくお願いします」


シャーロットが丁寧に頭を下げると、青年は何も言わずそのまま歩き去って行く。


予想通りの反応だ。


シャーロットは密かに息を吐いた。


やはり怖い人である。ミータが歓迎会に誘わなかったのもわかる気がした。


あの人がいるだけで、あの賑やかなダイニングの温度は一気に下がるだろう。


シャーロットは何の用もない資料室の扉を開けようとしたが、やはり閉まっている。


自分は何をしているのだろう、などと思いながら、青年に言われた道を進みダイニングを目指した。


「ベイトさん、か…あの人よりもヴェリスト家の当主は怖いのかな…」


間近で見た、どこか冷えきった瞳を思い浮かべながら、シャーロットは小さく呟いた。


***


自分の存在に気づかず階段を降りて行く少女を、少し離れたところで見送りながら、青年は一つ舌打ちをする。


「ミータか。余計なことを…」


次は『初めまして?』です!

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