秘密の歓迎会
「お?君がミータさんの言ってた新入りかい?よろしくね」
突っ立っていると、入口に近い席に座る若い青年が笑顔で声をかけてきた。
「なんだって!?本当だ、女の子だな。あんた、名前は?いくつ?恋人とかいる?もしよかったら今度一緒に…」
今度は側を通りかかった男が興味津々で訪ねてくる。
「え、えっと…」
「キードさん、彼女が困っているじゃありませんか。そしてその質問はセクハラと呼ばれる行為に入りますよ」
いきなりの質問ぜめに戸惑っていると、ミータが笑みを浮かべながらーー目は笑っていなかったが…ーーそう言った。
「……なんだそれ?」
「とにかく彼女を困らせるような言動は謹んでください」
「おお怖い怖い…あんた、ほんとミータさんに気に入られてるんだな」
彼はそう言って付近の席に座ると、焼きたてと思われるパンに手を伸ばした。
「この時間は皆さん昼食を食べます。今回は何グループか遠征させて、参加者を選びましたけどね。本当は男どものいないところで歓迎したかったんですが、すみません…」
「いえいえ、大丈夫ですよ、賑やかでいいじゃないですか」
申し訳なさそうに頭を下げられ、シャーロットは慌てて首を振る。静かよりは賑やかな方が好きだ。
しかし、まさか本当に遠征までさせるとは。
「ミータさん人事担当だからな。俺たち下手したら辞めさせられるんだよなぁ」
その様子を見ていたキードという人が小声で言ったが、しかしその声は彼女の耳にしっかりと届いていた。
「よくわかっているじゃありませんか。ついでによろしいですか?シャーロットさんに手を出したりしたら即刻…首を刎ねますよ」
ミータがどこからか短剣を取り出し笑顔で宣言する。
「物理的な意味で!?」
キードが頓狂な声を上げると、笑い声が上がった。
普通ではないやり取りだが、シャーロットはこの雰囲気は嫌いではなかった。
「よし、わたしも何かいただこう」
さすがにいきなり見ず知らずの人の隣に座るのは躊躇われ、シャーロットはできるだけ人の少ない席の椅子を引き、腰掛ける。
目の前にはスープや煮物、サラダから今まで見たことのないような料理まで、数多く並べられている。
どれにしようかと迷っている間にも、使用人たちに声をかけられ、そのたびに向かいに座ったミータが目を光らせていた。
「おまえダイニングの見世物になってるな」
突然ひょっこりと現れた少年に驚き、シャーロットは手に取ったパンを取り落としそうになった。
「うわ!もうディル、驚かさないでよ。片付け終わったの?」
「まだ途中…お腹空いたから来た」
言いながら、シャーロットの隣の席に座る。
「ははは!地味なわりに人気だな~きっともう二度とできない貴重な経験だぞ」
「うん、本当に…って、黙りなさいディム」
今度は反対側の席に現れたディムの頭を軽く叩く。
その様子を見ていた別の男が、目を瞬きながら声をかけてきた。
「…お嬢さん、あんたそいつらにも気に入られてるのか?」
「ディルとディムですか?いいえ、気に入られるも何も、遊ばれてますよ」
「聞いてくれ、俺いつもこの地味女に殴られるんだ…」
「そういうことを言うからでしょうが」
驚いたようにステイン兄弟を見ながら、男は小さく呟いた。
「世の中わからないもんだな…」
その言葉にシャーロットは首を傾げたが、その意味を聞く前に、ある意味最強と呼べるかもしれない新たな使用人が現れた。
「さあさあ、みんな、たくさんお食べよ!まだまだ作ってるからねぇ!今日は歓迎会だって言うから大急ぎでデザートも用意したよ!」
「お、さすがヴェリスト調理場の主!いつもありがとよ!」
「おお、美味そうなステーキ!」
そんな声に包まれながら大きなトレーで大量の料理を運んできたのは中年ぐらいと思われる女性だった。
細身ではない彼女は穏やかでありながらも堂々とした雰囲気を纏っており、不思議と惹きつけられる人物であった。
「…おや?あんたが新入りかい?あらまあ、可愛らしい子じゃないか!あたしはここの料理長でテノ。よろしくねぇ」
「あ、わたしはシャーロット・カルファといいます!よろしくお願いします!」
慌てて椅子から立ち上がり、頭を下げると、テノが僅かに首を傾げた。
「カルファ…?ああ!あのカルファ家の子か、なるほどね。それでここに来たわけかい」
「…は?」
「あんたならここでもやっていけるはずだよ。頑張りな。何かあったらいつでも相談においで」
「え、あ、はい、ありがとうございます?」
色々と聞きたかったが、口を挟む隙はなかった。大人しく礼を言って座ると、ディルとディムが隣で笑いをこらえていた。
「さて、それじゃみんな、夕食は何か希望あるかい!歓迎会だ、今から準備するから何でもいいよ!」
テノのその言葉で、様々な料理の名が飛び交う。それを聞きながらメモをするテノは周りに慕われており、まるで母親のようだ。
いや、実際ここの使用人たちにとっての母親と言えるのかもしれない。
「いやぁ、これは夕食が楽しみだ!さて、こっちも盛り上げていこうか!」
「よっしゃ、んじゃまず自己紹介からいってみよー!」
近くの椅子に座った人々がそう言うと、次から次へと人が集まってくる。
ディムがニヤリと笑った。
「あ、そうそう、みんな!こいつの名前はジミーだぜ!」
「シャーロットよ!」
逃げ出したディムを追いかけると、笑い声が溢れる。ふとミータを見てみると、彼女も苦笑いを浮かべていた。
恐ろしい組織だと思っていたのに、この場の空気はとても馴染みやすく、心地がいい。
それから後は数字の書かれたカードを使ったカードゲーム大会が開催された。
やったことがないものばかりであり、最初は勝てなかったが少しずつ勝利できるようになった。
しかし。
「くそ、負けた!また二位か…今日は俺カードの巡りが悪いなぁ」
キードがカードをテーブルに軽く叩きつけて言った。
「やっほーい、俺全勝!」
「ディル強ぇ…」
そう、シャーロットも何度も挑んだのだが、ディルには一度も勝っていないのである。
「俺なんて未だに最下位か下から二番目にしかなったことないぜ…」
「ディム弱ぇ」
「はずれのカードが俺の手元に寄ってくるんだよ…」
「嫌われてるんだな…」
そんなやり取りを聞きながら、色んな人と勝負し、会話を楽しんだ。
使用人の要望に添った豪華な夕食の時には、有名な劇団の観劇まで行われたのである。
やがてちらほらとテーブルに突っ伏して眠りに落ちる人が現れ始めると、ディムもすぐに眠ってしまった。
「まったく…ディム、風邪引きますよ」
ミータはため息をつきながらそう言うと、ディムを抱えた。
「すみませんシャーロットさん、この子部屋まで運んできますね」
「はい」
段々と起きている人が少なくなり、シャーロットは一人、テノ特製の野菜ジュースを飲む。
「ふふ…ミータさん優しいなぁ」
そう呟くと、シャーロットは辺りを見回した。
暖かい部屋で眠そうに水を飲む人、お酒でも飲んだかのように謎に泣いて語っている人、床に寝転がっている人。
さっきまで元気だったディルも、椅子を三つ並べ、その上で眠っている。
その様子を見ていると、楽しい時間が終わったのだと、少し寂しさを感じた。
(村のみんなは大丈夫かしら…きっと寒いだろうな…)
そう思うとなぜか冷気に当たろうと思い立ち、シャーロットは席を立った。
「んん…?シャーロットさん?どっか行くんですかい?」
「あ、すみません、起こしてしまいましたか?ちょっとお手洗いに行ってきます」
シャーロットはあまり音を立てないようにゆっくりと扉を開け、廊下に出た。
次は『月夜の邂逅』です!
夜中に屋敷で出会ったのは、歓迎会に誘われていない使用人だった