眩しい会場
「さて、荷物を入れましょうか。こちら運びますね」
そう言って荷物を軽々と持ち上げ、ミータは中に入って行った。
後に続いて入ると、靴を履いたままでもよくわかるほど敷かれた絨毯がふわふわしていて感動する。
(これ絶対高い…踏んでいけない気が…)
しかし絨毯とは避けて歩けるものでもなく、謎の罪悪感を感じながら、今までの生活環境との差をここでも突きつけられていた。
落ち着かずきょろきょろしていると、部屋の隅に荷物を下ろしてくれたミータが振り返り、目が合う。
ミータは目を瞬きながら僅かに首を傾げた。
(やっぱり、綺麗な人だ)
彼女は美しくたおやかで、やはり武術家という言葉とはかけ離れているような気がする。
しかし彼女には間違いなく、この組織を支える力があり、強さがある。その手は、血に濡れたこともあるのかもしれない。
ディルとディムはヴェリスト家には力のない者は不要だと言っていた。
その場合間違いなく自分は不要なのだが。
「…ミータさん、この組織でわたしにできることは大したことじゃないと思います。それでもここに来た以上は、この組織の仕事のことを知りたいです」
気づいたら、シャーロットはそう切り出していた。
ミータの翠色の瞳が一瞬揺らいだが、ふっと優しく細められる。
「わかりました、詳しくは後日の会議で話しますので、今は簡単にご説明します。ヴェリスト家が裏の仕事を行っていることはご存知みたいですね。その内容ですが、闇取引などの調査、悪徳組織の壊滅、他組織の排除などです」
「……排除…」
意を決し自分で聞いておきながら、やはり物騒な単語を並べられると焦る。
危険な仕事をしていると聞いてはいたが、そんな世界が本当に存在していることを痛感し、シャーロットは苦笑した。
うちの村はなんて平和だったのだろう。
「安心してください、これだけではありませんから。屋敷の掃除や庭の手入れ、食事作り…これらが表の仕事の一部です。シャーロットさんにはこちらをお願いしようと思っています」
それを聞き、シャーロットは大きく安堵の息をつく。
「よ、よかった…」
「ふふ、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ?わたしは屋敷内の仕事が専門というわけではないので、あとは他の使用人たちにも話を聞いて…」
ミータはそこで言葉を切った。やがて何かを思いついたかのようにパンと手を叩く。
「シャーロットさんの歓迎会をしましょう!」
当然の発案に、シャーロットは一瞬言葉に詰まった。
「…え!?いえ、そんなのいいですよ!仕事の邪魔をしたら当主の方に怒られるかもしれないですし!」
それを聞くと、ミータは身につけているエプロンのポケットから手帳を取り出し、頁をめくりながら言った。
「大丈夫です。幸い当主は外出中で、明日の朝まで帰ってきませんし」
パタンと手帳を閉じる彼女はやる気満々だった。
歓迎してくれる気持ちはありがたいが、これ以上何かをしてもらうのは気が引ける。
「あの、ばれたら色々とまずいのでは…?」
恐る恐る口を開くと、ミータは黙り込んだ。しかし。
「…確かに、ばれたら終わりですね。ですが口外さえしなければ何の問題もありません。歓迎会には私が選んだ者だけを参加させますから。万が一口外する者があれば、見つけ出して首をはねましょう」
さらっと恐ろしいことを笑顔で言う彼女は、とても楽しそうだ。
シャーロットは断り切れる気もしなかったので、わかりました、と返す。
「ではちょうど昼時ですし、すぐにでも始めましょうか。何着か服を買っておきましたので着替えてみてくださいね。手の空いている者にダイニングへ案内させますから」
ミータはそう言い残して、小走りで駆けて行った。
やがて扉がノックされ、聞こえてきた声は聞き覚えのある老人のものだった。
「シャーロット様、お迎えに上がりました」
予期せぬ人物の登場にシャーロットは慌てて扉を開けて頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
そこに立つのは当主に一番信頼されているというユガンだった。
「どうぞ顔を上げてください。…さすがミータ様の見立て、よくお似合いですよ」
彼が言うのはシャーロットが身につけているエプロンドレスのことだ。
クローゼットにあった中で一番落ち着いたデザインのものだが、サイズも合い、動きやすい。
「これ、とても着心地が良いです。ただ、ものすごく高そうな気が…」
「あの方のお気持ちですから、そこはお気になさらず。参りましょう」
ユガンは微笑みながらそう言うと、危なげないしっかりとした足取りですすんで行く。
行き方を覚えようと辺りを見回しながら、シャーロットは前を歩く背に話しかけた。
「ユガンさんが来られるとは思いませんでした。てっきりディルかディムが来るのかと…」
「おっしゃる通り、本来ならば彼らに任される仕事なのですが…お二人は片付け中とのことでしたので、代わりに私が」
「あ、なるほど…」
先ほど彼らが慌てて自室に戻って行ったことを思い出しシャーロットは頷いた。
彼らにとって、ミータは逆らえない存在らしい。そしてユガンもそれを知っているのだろう。
案内の間、双方ともに何も言わなかった。相手をよく知らない初日はやはり、話題に困る。
考えてもいい話が思いつかず、結局黙ってついて行くことにした。
やがて大きな扉の前でユガンが立ち止まり、口を開く。
「シャーロット様、おそらく本日は夜まで続くこととなるでしょう。どうぞ、お楽しみくださいませ」
そんな言葉とともに扉が開かれ、視界に中の様子が映る。
広い空間、窓から差し込む光を反射して煌めくシャンデリア、並べられた豪勢な料理、そして多くの人々ーー
シャーロットはその豪華さに、しばらく目を奪われていた。
次は『秘密の歓迎会』です!