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ヴェリスト家のシャーロット  作者: 水廉
第二章
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赤髪の客人

翌朝、シャーロットはいつものように掃除を終え、水やりをしていた。


(なんだろう。今日はいつもより、気分がいい)


昨日は色々と言われたというのに、晴れ渡る空、降り注ぐ日の光が何とも心地がいい。


理由はよく分からないが、シャーロットはこのまったりとした静かな朝の時間を楽しむことにした。


しかし。


「地味女ー!ディルがいきなりホースで水かけてきやがった!」


静かな時間をぶち壊したのは、びしょ濡れで駆け寄ってきたディルとディ厶だった。


シャーロットは肩を落とす。


「…はぁ…どうせあなたが何かしたんでしょ」


ディムはむっとしながら首を横に振った。


「ディルが悪いんだ!」


「なんだと!?おまえが先にやったんだろ!」


その時の状況を見ていないシャーロットには、当然どちらの言い分が正しいのかわからない。


(というか二人とも同時にやったんじゃ…)


暴れる二人を、どうしたものかと眺めていたシャーロットは、ふと門の向こうに人が立っていることに気がついた。


「ねえ、あそこにいるのって…」


小声で言うと、取っ組み合いの喧嘩をしていたディルとディムがぴたりと動きを止めた。


「お客だな」


「そういやミーねえが昨日、明日は朝から人が来るって言ってたような…」


そう言うと、何事も無かったかのように来客のもとへと駆け寄る。


直後、重々しい音を立てながら門が独りでに開いた。


二人は片足を引き、ディルは右手を、ディムは左手を体に添えて一礼すると、来客に声をかける。


「ようこそヴェリスト家へ」


「どのようなご要件でしょうか?」


先程まで掴み合いをし騒いでいたとは思えない落ち着いた態度と声。


その変わり身スキルに驚いたが、服が濡れているというのは残念だ。


シャーロットも門へと近づき、軽く一礼する。


そこに立っていたのは、少し癖のある赤い髪を持つ高身長の女性だった。


ぴったりとした黒いワンピースの上に朱色の上着を羽織り、銀縁の眼鏡をかけている。服の色味のせいか、少し派手な印象だ。


「昨日ルディに会ったっていうシャーロット・カルファちゃんに会いに来たのだけど。いるかしら?」


ディルとディムが振り返り、こちらに視線を向けてくる。


その二人の様子を見て、女性は微笑んだ。


「あなたがシャーロットちゃん?」


「…はい」


シャーロットはゆっくりと頷く。


どうやら彼女はルディベルトの知り合いらしい。一体何の用だろうか。


(もしかして、遠征組と関係のある人…?)


だとしたらルディベルトのように、使用人を辞めろと言いに来た可能性がある。


この女性が新たな刺客とでもいうのだろうか。


思わずごくりと唾を飲んだその時。


「「あ」」


ステイン兄弟のその声でシャーロットは後ろを振り返った。


すると、こちらに向かって歩いてくるミータの姿が見える。


なにやら綺麗な顔に影が差しているような気がするのだが、気のせいだろうか。


「嫌な予感がして来てみれば…到着していたんですね、ユラさん」


その姿を見た瞬間、ユラと呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべた。


「ミーちゃーーん!会いたかったわ!」


言いながら抱きつこうとするのをミータは最低限の動きでかわし、たたらを踏むユラを肩越しに見る。


「わたしは会いたくありませんでしたよ」


「…もう!相変わらず冷たいんだからぁ」


シャーロットは二人を見比べた。


(二人の温度差がすごい…)


ユラはミータをだいぶ気に入っている様子だ。逆にそんなユラを邪険に扱うミータ。


かといって、嫌っているというわけではなさそうだ。


「それで、何をしに来たんですか?」


「もちろんミーちゃんに会いに♡」


「……」


数秒の沈黙の後、ミータがすっと無言で短剣を取り出した。


「でた、ミーねえの得意技・静かなる脅し」


ディムが小声で呟く。


その呟きをミータが聞いていなくてよかったと心底思う。


短剣を閃かせながらミータが一歩踏み出すと、ユラは二歩後退した。


「…ミータ、落ち着いて?」


「冥途の川を渡りたくなければ答えてください」


「説明するから、とりあえずそれをしまってくれるかしら!?」


そんな叫び声が敷地内に響き、ミータが短剣をしまう。


ユラは大きく安堵の息を吐いた。


「…例の件の時間変更を伝えるために来たの。数日前、ここに手紙を出したけど返事が来ないから」


それを聞いたミータは剣呑に目を細め、顎に手を当てる。


「わたしの知る限り、そのような手紙は届いていませんが…ディル、ディム、何か知っていますか?」


「手紙が届いたらすぐに気がつくぞ」


「俺たちが伝書精霊見逃すわけないだろ?」


二人は威張りながらそう言った。


「ですね、愚問でした」


手紙や情報誌を受け取るのはステイン兄弟の仕事なのだ。


毎日精霊が届けてくれるらしいが、シャーロットはまだその姿を見たことはない。


「やっぱり届いてなかったのね。手違いかしら…?」


ユラがうーんと唸り、腕を組む。


その様子を見ながらディルが手を挙げた。


「なんで時間を変えるんだ?奴らに何か動きがあったとか?」


「さすがヴェリストの門番、ご明察。友人(スパイ)からの情報だけど、奴らは予定より一時間早く動き出すみたい」


ユラは困ったように眉根を寄せてそう言った。ミータの表情が硬くなる。


「…なるほど。作戦参加者に伝達しておきます。さて、用が済んだなら早々に帰ってください」


「それ来客に対する台詞かしら…ま、そこがミーちゃんらしくて好きなんだけど」


「消されたくなかったら消えてください」


再びミータが短剣を抜く前に、ユラは踵を返した。


「お邪魔しましたー」


そう言って軽く手を振り、嵐のように去って行く。


その姿を見送りながら、ディムがしみじみと呟いた。


「騒がしい客だったな」


「ディムほどじゃなかったけどな」


「いや、普段のあなたたちもあんな感じなんだけど」


シャーロットはため息混じりにそう言う。


「というか例の件って、何か調査をしているの?」


「おう!まあ地味女は気にすることないけどな!」


「気にしてるわけじゃないけど…」


四人が何について話しているのかわからず、場違いな感じはしていた。


話に混ざれないのは少し寂しい気もするが、自分にできることがないことは重々承知しているため、関わりたいとは思っていない。


「シャーロットさんは屋敷の仕事に専念していただければ大丈夫ですよ」


ミータが優しく微笑んでそう言った。


「ありがとうございます」


ユラの前とはまるで違うその表情に思わず見入ってしまったとき、一つあることに気がついた。


(あれ?そういえばあの人、わたしに何か用があったんじゃ…)


特に言葉を交わすこともなく、ミータに追い出されたユラ。


しかし彼女はシャーロットのエプロンのポケットに、しっかりと置き土産を残していた。


その存在にシャーロットが気がついたのは昼食を終えた後だった。


自室に戻り、走り書きのメモに目を通す。


『文面でごめんなさいね。ミーちゃんたちに内緒で手伝って欲しいことがあるの。危険だから無理にとは言わないけど、協力してくれるなら今日の十八時、誰にも気づかれないようにお屋敷を抜け出して』


そこには肝心の仕事内容は一切書かれておらず、わかるのは危険だということだけだった。


そんな依頼を無事に終わらせられる自信はない。


何より勝手なことをしたら、今度こそシュラに殺されるだろう。


「…まだまだ稼ぎ足りないのに、死んでたまるものですか!」


そもそも、ユラがどうして自分に依頼してきたのかがわからない。


ルディベルトの知り合いなら、自分が非戦闘員であることは知っているはずだが。


疑問を抱きつつも断ろうと決めたシャーロットは、しかし最後の一文を見て目を瞠った。


『ーー追伸 協力報酬は、あなたの大切な幼馴染の病についての情報よ』


シャーロットは息を呑み、無意識にメモをぎゅっと握りしめる。


ラースの身体の自由や光を奪い、彼の世界を狭めた病。


その情報が手に入ると知った途端、断ろうという気持ちは簡単に砕かれた。


なぜラースを知っているのか、など聞きたいことはあるが、もし彼を助けるために役立つ情報ならば。


そこでふと思った。


「もしかしてあの人、わたしが断ることを予想してた…?」


それを予想した上でのこの報酬だとしたら、赤髪のお客人は少々意地の悪い人のようである。

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