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ヴェリスト家のシャーロット  作者: 水廉
第一章
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突然の呼び出し

孤児院を巻き込んだ闇取引の阻止から一ヶ月が経ち、徐々に仕事にも慣れてきた。


屋敷内の部屋の位置はまだ覚え切れていないが、担当箇所を効率よく掃除できるようになったと思う。


ユガンに資料整理を、テノに料理を、ミータにはなぜか簡単な護身術を教えられ、ステイン兄弟には相変わらず遊ばれ、とりあえず充実した日々を送っている。


というようなことを、シャーロットはつらつらと便箋に書き綴っていた。


その枚数は軽く十枚に及ぶ。


清々しいほどに、当主については何一つ触れていない。書けば枚数が倍に増えると思ったからである。


書き終えて見直していると、突然扉が叩かれた。


「はい」


扉を開けると、そこにいたのはベイトだった。


「あ、おはようございます!どうかしたんですか?」


「…よお、シャーロット。早速だが外出の用意をしてくれ」


「……はい?」


唐突過ぎてわけがわからないシャーロットは、説明を求める。


ベイトは一通の手紙を差し出した。


その封筒の差出人は不明だが、その宛先は、力無き新たなる召使殿、であった。


(力無きって…)


受け取り、封を開けてみると、そこには角張った字で一文だけ書かれていた。


“レヴェンディのセントロ駅にて待つ”


…呼び出しだ。


この時点でわかったことは一つ。


これは、楽しくお茶をしましょう、というような親交を深めるためのものではないということ。


シャーロットはため息をついた。


それを見たベイトは、真剣な表情を浮かべる。


「シャーロットはヴェリスト遠征組のことは聞いたか?」


「遠征組?」


問うと、ベイトは首を縦に振り、少し間をおいてから口を開いた。


「遠征組っていうのは、その、特殊な力を専門に扱うやつらの集まりで…」


言い淀むベイトを見て、シャーロットは手を打った。


「その力って…魔力、ですか?」


ベイトは大きく目を瞠る。


「知ってるのか!?」


頷くと、彼は困惑した表情を浮かべた。


普通なら知りえないものの存在をシャーロットが知っていたという事実は、彼にとっては大変な衝撃だろう。


「驚いた…そいつらは戦闘力主義で、長期潜入とか危険な仕事を担当してるからあんま屋敷にいないんだ。その手紙はその中の一人から預かった」


歓迎会のとき、ミータは参加者を選んだと言っていた。


あの時、屋敷にいた遠征組を遠ざけたのだろう。


ただの村娘である自分がヴェリスト家に仕えるとあっては、戦闘力主義の遠征組が黙っていない、と考えたに違いない。


「一体わたしに何の用が…」


嫌な予感しかせず、シャーロットは独り言のように言った。


「シュラ様と同じ考えを持つやつが、シャーロットを試したい…そういうことだと思う」


ふと、シャーロットの脳裏に、シュラの言葉が響く。


ーーおまえを心から歓迎しているのはミータとステイン兄弟ぐらいだ


シャーロットは息を呑んだ。


その言葉が思っていた以上に重たくのしかかってきていることに気づく。


(…わたしは招かれざる客、か)


改めて痛感し、心に(もや)がかかるのを感じた。


言葉を交わしたことのある人も、心のうちでは何を思っているかわからない。


今目の前で不安そうにしているベイトも、いつも優しい瞳をしたユガンも。


テノもそうだ。取引の日、シャーロットがあえて巻き込まれるようにしたのだとミータが教えてくれた。


自分がこの組織に相応しくないことを知れ、というテノからのメッセージだったと考えられる。


「…この件は俺しか知らないし、断るならその手紙処分するから」


それを聞き、シャーロットは首を横に振った。


戦闘力主義の相手は、間違いなく自分を潰しにかかってくるだろう。しかし、退きたくはなかった。


「行きたくないですけど…先輩からの呼び出しですし、行きます」


シャーロットが躊躇いを吹き飛ばすように息を吐いてそう言うと、ベイトは笑った。


「そう言うと思った。駅まで俺も行くから」


「いいんですか?お仕事は…」


尋ねると、ベイトはポケットに付けた懐中時計に視線を落とす。


「大丈夫、俺は昼から視察があるだけだし。ただ悪いけど、迎えには行けない」


「大丈夫です。すぐに支度しますね」


「おう、外で待っとく」


シャーロットは部屋に戻ると外出用の服に着替え、小さな鞄に書き上げた手紙を入れた。



屋敷の外に出てすぐの場所で、ベイトは待っていた。


「お待たせしました!」


「よっしゃ、行くか」


並んで歩いていくと、門の前で馬車が待っているのが見えてきた。側に控える御者がこちらに気づき、頭を下げる。


「おや、あなたは先日ハンデールまでお送りした…」


「あ!あの時はありがとうございました」


御者の青年は微笑んだ。


忘れもしない。魔力、そして魔装(まそう)というものの存在を教えてくれた人物だ。


「いえ、仕事ですから。今回はセントロ駅ですね。さあどうぞ、お乗りください」


シャーロットが先に乗り、後からベイトが乗り込む。


馬車が走り出すと、ベイトが窓の外を見つめながら尋ねてきた。


「あの御者と知り合いなのか?」


「はい、以前ハンデールに行ったときに」


「なるほど、よく顔覚えてるなぁ。俺すぐ忘れるから」


ベイトが苦笑いを浮かべながら言った。


シャーロットも覚えるのが得意というわけではない。だが彼に教えられたことが、印象が強すぎたのだ。


たわいない話をしながら馬車に揺られること数十分。


関所を越え街に入ると、馬車は速度を落として街を巡る。


そこはとても人の通りが盛んであった。


「ここが観光都市・レヴェンディ。遺跡ツアーとか有名だし面白いぞ。街の奥には隣町に続く大橋があるんだ」


説明を聞きながら街の様子を眺めていると、立ち並ぶ土産屋で大量に買い占めている人々の姿が見られる。


赤や青、深緑など、お洒落な旅行用バスも多い。


シャーロットは観光都市ならではのその光景を興味津々で見つめていた。


「…お、見えてきたな。あれが目的地のセントロ駅だ」


ベイトが指差す方を見ると、堂々とした佇まいが目を引く立派な建物がそびえ立っていた。


豪奢な赤い煉瓦の外壁に、白い文字盤の時計。ドーム型の黒い屋根が、その建物を引き立たせている。


「有名な観光スポットなんだ」


「へぇ…ここには一度ゆっくり観光に来てみたいですね!」


「おお、それいいな!ミータさんに頼むか!」


やがて駅の前に止まると、御者によって扉が開かれ、二人はゆっくりと馬車から降りる。


「すみません、俺はこのまま帰るんですけど、ちょっと待っててもらえます?中まで一緒に行くんで」


「かしこまりました」


御者に見送られながら歩き出すと、中は人が多かった。ともすれば流されてしまいそうである。


二人は急ぐ人々を掻き分けながら、駅の奥へ進んだ。


「駅には着きましたけど、一体どこに…」


「それがわからねえんだよなぁ。でもあいつのことだ、上かもな」


ベイトが高い天井を見上げて言った。


「上、ですか?」


「おう。この上は展望台だから、そこにいる可能性が高い」


言いながら前を歩くベイトがポケットから取り出したのは、小さな紙飛行機だった。


「これを飛ばせば、ヴェリスト家に依頼が届く。そうしたら迎えが来るから。忘れる前に渡しとくな」


「…紙飛行機だけで?…わかりました」


シャーロットは半信半疑でその紙飛行機を受け取り、鞄にしまう。


さらに奥へ進むと、たどり着いた階段の前でベイトが振り返る。


「これを上れば展望台だ。手紙の差出人だけど、派手なやつだからすぐわかるんじゃねえかな…」


「わかりました!ありがとうございます」


「おう、気を付けて」


二人はそこで別れた。


シャーロットは不安に駆られながらも長い階段を上る。


展望台にたどり着いたが、派手な人物というのは見当たらないため、まだ来ていないらしい。


シャーロットは備えられている椅子に座った。


(…天気も良いし、綺麗だなぁ)


眼下に広がるのは美しい眺めだった。


駅から出ていく列車、すれ違う列車、街を歩く人の波、立ち並ぶ色とりどりの家や店、歴史を感じさせる建造物。


シャーロットはしばらくその景色に見惚れていた。


気がつくと周りにいた人々がいなくなり、独占状態になる。


静寂の中、優越感に浸っていると、不意に靴音が響いた。


シャーロットはその音の主が自分を呼び出した人物だと直感する。


緊張しながら待っていると、足音がすぐ近くまで来て止まった。


シャーロットは首を巡らせ、斜め前に立つ人物を見上げる。


そこに立っていたのは長身の、中性的な女性だった。


癖のある長い金髪に、艶やかな紅い口唇。すっと高く通った鼻梁が精悍さを醸し出していた。


自分を見返す瞳の色は紫で 、口元に笑みを滲ませながら、探るような視線を向けてくる。


色気があり綺麗な人だと素直に思ったが、なぜか腑に落ちなかった。


(……?)


その理由がわからず、シャーロットは首を傾げる。


そんなシャーロットにはお構いなく、女は口を開いた。


「こっちが呼んだのにお待たせしてごめんなさいね!はじめまして」


シャーロットは思わずきょとんとする。


その口から発された声に違和感があったのだ。


それはまるで男性の裏声のような…


そこで、はたと気がついた。


(この人、男の人だ…!!)


気づくと同時に、なぜ腑に落ちなかったのかがわかった。


ヴェリスト家に女性は四人しかいないはずで、遠征組にいるわけがないのだ。


「え、えっと…手紙の送り主さんですか…?」


慌てながらも、小声で確認する。


「ふふ、そうよ。アタシがあの手紙を書いたの。…新人さん、よね?」


偽る理由もなかったので、シャーロットは頷く。


「無事に会えてよかったわあ。アタシはルディベルト ・マーセル。ルーちゃんって呼んでくれると嬉しいわ!」


「ルーちゃん…」


シャーロットは目を瞬いた。


(待って、キャラが濃い)

次は「お話しましょ」です!

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