解決
響いたのは銃声だった。
その微かな音を聞き逃さなかったシャーロットははっとして顔を上げ、牢の鍵を開けて回る。
「みんな、慌てないで。ゆっくりついてきてね」
シャーロットは先に階段を上る。
倉庫の扉を開けると、外はすっかり日が落ちていた。
時々、林の向こうから銃声や声が聞こえる。
何が起きているのかはあまりわからないが、穏やかな感じではない。
「大丈夫よ、このまま進んでね」
子供たちが次から次へと外に出て林に向かうと、奥から松明を持った人物が走ってくるのが見えた。
「キードさん!」
「え!?シャーロットちゃん!?救出は俺の役目だったはず…」
「アイゼさんに頼まれました」
キードがため息をつく。
「あいつか…作戦変更ならそう言えよ…よし、後は俺に任せてシャーロットちゃんも向こうへ」
シャーロットは頷きかけてやめた。
「あの、わたしはこれからベイトさんの所へ向かいます」
「なんだって!?…いや、まあ確かにそろそろ終わってる頃か…ならついでにこれを渡して欲しい」
「わかりました」
シャーロットは紙切れを受け取り、キードに松明を用意してもらうと、孤児院の裏口へ向かう。
なんとなく入ってすぐの廊下を右に曲がると、そこが異様に長いことに気がつく。
行き着いたのは不自然な壁だった。
「最近作られたのかな…多分これね」
言われた通りにビンの蓋を開け、壁にゆっくりとかける。
するとかけられた液体が不自然に上下左右に広がり、やがて見慣れない文字が浮かんできだ。
「何、これ…」
解読不能の文字列の中に、一つだけ読める単語があった。
「“弱化”?」
シャーロットは呟き、手元の鉄槌を握りしめる。
そのまま殴ると、一撃で綺麗に亀裂が入り、壁は崩れ去った。大量の砂埃が舞い、咳き込む。
その先に広がっていた空間は、教会だった。
壁際に置かれた聖杯の中に炎が揺らめき、ステンドグラスを照らしている。
その広い空間に、男たちをロープで縛り上げているベイトの姿があった。
「…あ、ほんとにいた」
思わず口走っていた。
突然のシャーロットの登場に、ベイトは声を上げて笑い出す。
「ふっ…ははははっ!なんだよ、あの人の狙い通り、ほんとに来ちまったのな!」
何が面白いのかわからないが、ひとしきり笑い終えるとベイトは息をついた。
「報告だろ?」
「はい、キードさんからです」
シャーロットは預かった紙切れをベイトに差し出す。
「…結局あの社長は現れず、か。まあ子供たちは無事みたいだし、上手くいった感じか。ただこっちは別の問題が残ってるな…」
「え?」
きょとんとするシャーロットは、教会の入口に立つもう一人の存在に気づいていなかった。
「…なぜ、おまえがここにいる?」
「げっ!」
その低い声を聞いた瞬間、思わずそんな声を上げてしまった。
恐る恐る振り返ると、そこに立つのは視界に映さないと決めた当主シュラの姿。
(どうしてこの人がいるの…)
シュラは使用人たちを見据え、低く言い放つ。
「おまえたちは縛り上げた奴らを連れて下がれ。今回の仕事はひとまずそれで達成だ」
ベイトは傷だらけの男たちを連れ、シャーロットとすれ違う瞬間に小声で言った。
「頑張れよ」
複数の足音が去って行き、薄暗い教会に二人だけが残される。
地獄の始まりだ。
「俺が言いたいことは、わかるな?」
「…わかりませんけど」
シュラは黙って睨みつけてくる。
「…けど、怒っていらっしゃるとは思います。首を突っ込んでしまい、申し訳ございませんでした」
シャーロットは大人しく正座をし、手を地面につけて伏せる。
対するシュラは歩み寄ってきて正面に立ち、その姿を見下ろしている。
「今この場で、二度とヴェリスト家に関わらないことを誓え。ここは教会だったな。ちょうどいい、神前の誓いだ」
この大陸の人々は神という存在を信じている、と以前どこかで聞いたことがある。
どこだったのかは思い出せないが、彼もそのうちの一人なのだろうか。
シャーロットは伏せていた顔を上げた。
「そんなこと、誓うわけが…」
「では別の選択肢を作ろうか」
そう言ってシュラは腰を屈め、不敵な笑みを浮かべる。
「…今ここで、俺に殺されるか?」
囁かれ、シャーロットはただ、ぞっとした。
低く掠れた、どこか甘い声なのに、発された言葉と額に突きつけられた拳銃に、死を予感した。
彼は本気で殺す気だと、伝わってくる。
だからだろうか。この際、むしろ言いたいことを言ってやろうと反抗心が芽生えたのは。
「そんなに…わたしは邪魔ですか?」
「ああ、今朝からそう言っている」
淡々と、無表情に告げられた。
「ですが、まだ二日目ですし、ここで切り捨てられるのは納得できません。わたしがあなた方の脅威になることはない。そう信じていただけませんか」
丁寧に、だが強い意志を込めて言葉を紡ぐ。
「何を勘違いしているのか知らないが、俺は他人を信じていない」
シャーロットは目を瞠った。
「…仲間もですか?」
「当然だ。組織内にも裏切る人間はいる。だがそれは自由だ、構わない。俺はただ、今使えるか使えないかで手元に置く人間を判断している」
すっと、彼が遠くなった気がした。
(まただ…この感じ)
自分から壁をつくり、あえて遠ざかっているような感じ。
そのくせどこか暗い瞳に、腹が立つ。
「わたしは…神の前でヴェリスト家を裏切らないことを、あなたに誓うことはできます」
それを聞き一瞬だけシュラの瞳が揺らいだが、返ってきたのは沈黙だった。
シャーロットは言葉を続ける。
「わたしは大切な人たちのために稼ぐことが目的なので、クビにされると困るんです。ただそれだけです」
シャーロットはシュラを見据え、シュラもシャーロットを見返す。
相手が何を考えているのかはわからない。
月の光で暗い青に染まる空間で、ただ見つめ合った。
やがて黙って聞いていたシュラが、軽く目を伏せる。
「…今のおまえには与えられた選択肢のうち、一つを選ぶ権利しかない。選ばせてもらえるだけありがたいと思え」
確かに、彼からしたらすぐにでも殺したかっただろう。
今まだ会話ができていることが奇跡かもしれない。
シャーロットは少し考えて、ぼそりと言った。
「…殺された方がましですかね」
勝負をしているわけではないが、使用人を自分から辞めることは、目の前の当主に負けるということ。
何よりも、自分に良くしてくれたミータに何と言えばいいのか。
このときシャーロットは、死んだらそこまでなのだという考えには至らなかった。
「あなたの思う通りには動けない」
「…それが裏切るやつの台詞だ」
カチャッと、自分の命を奪うための音が響く。
「最後にもう一度だけ問う。おまえはヴェリスト家を気に入ったようだが、おまえを心から歓迎しているのはミータとステイン兄弟ぐらいだ。それでも残りたいと思うか?」
シャーロットは冷たい瞳を見据えて、笑ってみせた。
「認めてくれる人が一人でもいたのなら、わたしはそれで充分です」
そう言い切って目を閉じたのと同時に、教会の扉が勢いよく蹴破られた。
「シャーロットさん!!」
まるで見計らったかのような、まさに、完璧なタイミング。
ミータであった。
さすがのシュラも目を瞠る。
「ああ、よかった…生きていたんですね…!…あら、シュラ様、いったい何をなさっているのですか?」
殺気立つ彼女の視線が手元に注がれていることに気づき、シュラは拳銃を持つ手を下ろした。
間一髪ぎりぎりセーフ。
ミータはシャーロットに駆け寄り優しく抱きしめた。
「テノさんからシャーロットさんを巻き込んだと聞いて、急いでここに来ましたが…よかったです」
無事を確認しミータは大きく安堵の息をつく。
「さあ、戻りましょう。帰る頃には、夕食の準備ができているはずですから」
微笑むミータの顔を見て今更になって震えがくるのだから、情けない。
ミータに引っ張られるように去っていくシャーロットに、シュラは声をかけた。
「…おまえが仕組んだのか?」
「え!?まさか!」
シャーロットは立ち止まって振り返り、慌てて首を振る。
正直テノの言う通りに動いただけなので、どこまで仕組まれていたのかはシャーロットにもわからない。
まずアイゼが密偵であることが予想外で、当主に殺されそうになることも、ミータが登場することにも驚いた。
結局は助かったが、下手をしたら自分は今頃、あの世に行っていたかもしれない。
「…そうか」
シュラは一言そう言ってから一呼吸置き、口を開いた。
「シャーロット・カルファ」
突然を名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「…はい」
「次は、ない」
一瞬遅れて、今回は見逃してくれるのだと気づいたシャーロットは、シュラに向き直り、深く頭を下げた。
色々と思うところはあるが、いつか認められる日が来たらと、なぜかそんなことを思ってしまった。
次は「可能性と期待」です!