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ヴェリスト家のシャーロット  作者: 水廉
第一章
16/27

解決

響いたのは銃声だった。


その微かな音を聞き逃さなかったシャーロットははっとして顔を上げ、牢の鍵を開けて回る。


「みんな、慌てないで。ゆっくりついてきてね」


シャーロットは先に階段を上る。

倉庫の扉を開けると、外はすっかり日が落ちていた。


時々、林の向こうから銃声や声が聞こえる。


何が起きているのかはあまりわからないが、穏やかな感じではない。


「大丈夫よ、このまま進んでね」


子供たちが次から次へと外に出て林に向かうと、奥から松明を持った人物が走ってくるのが見えた。


「キードさん!」


「え!?シャーロットちゃん!?救出は俺の役目だったはず…」


「アイゼさんに頼まれました」


キードがため息をつく。


「あいつか…作戦変更ならそう言えよ…よし、後は俺に任せてシャーロットちゃんも向こうへ」


シャーロットは頷きかけてやめた。


「あの、わたしはこれからベイトさんの所へ向かいます」


「なんだって!?…いや、まあ確かにそろそろ終わってる頃か…ならついでにこれを渡して欲しい」


「わかりました」


シャーロットは紙切れを受け取り、キードに松明を用意してもらうと、孤児院の裏口へ向かう。


なんとなく入ってすぐの廊下を右に曲がると、そこが異様に長いことに気がつく。


行き着いたのは不自然な壁だった。


「最近作られたのかな…多分これね」


言われた通りにビンの蓋を開け、壁にゆっくりとかける。


するとかけられた液体が不自然に上下左右に広がり、やがて見慣れない文字が浮かんできだ。


「何、これ…」


解読不能の文字列の中に、一つだけ読める単語があった。


「“弱化”?」


シャーロットは呟き、手元の鉄槌(ハンマー)を握りしめる。


そのまま殴ると、一撃で綺麗に亀裂が入り、壁は崩れ去った。大量の砂埃が舞い、咳き込む。


その先に広がっていた空間は、教会だった。


壁際に置かれた聖杯の中に炎が揺らめき、ステンドグラスを照らしている。


その広い空間に、男たちをロープで縛り上げているベイトの姿があった。


「…あ、ほんとにいた」


思わず口走っていた。


突然のシャーロットの登場に、ベイトは声を上げて笑い出す。


「ふっ…ははははっ!なんだよ、あの人の狙い通り、ほんとに来ちまったのな!」


何が面白いのかわからないが、ひとしきり笑い終えるとベイトは息をついた。


「報告だろ?」


「はい、キードさんからです」


シャーロットは預かった紙切れをベイトに差し出す。


「…結局あの社長は現れず、か。まあ子供たちは無事みたいだし、上手くいった感じか。ただこっちは別の問題が残ってるな…」


「え?」


きょとんとするシャーロットは、教会の入口に立つもう一人の存在に気づいていなかった。


「…なぜ、おまえがここにいる?」


「げっ!」


その低い声を聞いた瞬間、思わずそんな声を上げてしまった。


恐る恐る振り返ると、そこに立つのは視界に映さないと決めた当主シュラの姿。


(どうしてこの人がいるの…)


シュラは使用人たちを見据え、低く言い放つ。


「おまえたちは縛り上げた奴らを連れて下がれ。今回の仕事はひとまずそれで達成だ」


ベイトは傷だらけの男たちを連れ、シャーロットとすれ違う瞬間に小声で言った。


「頑張れよ」


複数の足音が去って行き、薄暗い教会に二人だけが残される。


地獄の始まりだ。


「俺が言いたいことは、わかるな?」


「…わかりませんけど」


シュラは黙って睨みつけてくる。


「…けど、怒っていらっしゃるとは思います。首を突っ込んでしまい、申し訳ございませんでした」


シャーロットは大人しく正座をし、手を地面につけて伏せる。


対するシュラは歩み寄ってきて正面に立ち、その姿を見下ろしている。


「今この場で、二度とヴェリスト家に関わらないことを誓え。ここは教会だったな。ちょうどいい、神前の誓いだ」


この大陸の人々は神という存在を信じている、と以前どこかで聞いたことがある。


どこだったのかは思い出せないが、彼もそのうちの一人なのだろうか。


シャーロットは伏せていた顔を上げた。


「そんなこと、誓うわけが…」


「では別の選択肢を作ろうか」


そう言ってシュラは腰を屈め、不敵な笑みを浮かべる。


「…今ここで、俺に殺されるか?」


囁かれ、シャーロットはただ、ぞっとした。


低く掠れた、どこか甘い声なのに、発された言葉と額に突きつけられた拳銃に、死を予感した。


彼は本気で殺す気だと、伝わってくる。


だからだろうか。この際、むしろ言いたいことを言ってやろうと反抗心が芽生えたのは。


「そんなに…わたしは邪魔ですか?」


「ああ、今朝からそう言っている」


淡々と、無表情に告げられた。


「ですが、まだ二日目ですし、ここで切り捨てられるのは納得できません。わたしがあなた方の脅威になることはない。そう信じていただけませんか」


丁寧に、だが強い意志を込めて言葉を紡ぐ。


「何を勘違いしているのか知らないが、俺は他人を信じていない」


シャーロットは目を瞠った。


「…仲間もですか?」


「当然だ。組織内にも裏切る人間はいる。だがそれは自由だ、構わない。俺はただ、今使えるか使えないかで手元に置く人間を判断している」


すっと、彼が遠くなった気がした。


(まただ…この感じ)


自分から壁をつくり、あえて遠ざかっているような感じ。


そのくせどこか暗い瞳に、腹が立つ。


「わたしは…神の前でヴェリスト家を裏切らないことを、あなたに誓うことはできます」


それを聞き一瞬だけシュラの瞳が揺らいだが、返ってきたのは沈黙だった。


シャーロットは言葉を続ける。


「わたしは大切な人たちのために稼ぐことが目的なので、クビにされると困るんです。ただそれだけです」


シャーロットはシュラを見据え、シュラもシャーロットを見返す。


相手が何を考えているのかはわからない。


月の光で暗い青に染まる空間で、ただ見つめ合った。


やがて黙って聞いていたシュラが、軽く目を伏せる。


「…今のおまえには与えられた選択肢のうち、一つを選ぶ権利しかない。選ばせてもらえるだけありがたいと思え」


確かに、彼からしたらすぐにでも殺したかっただろう。

 

今まだ会話ができていることが奇跡かもしれない。


シャーロットは少し考えて、ぼそりと言った。


「…殺された方がましですかね」


勝負をしているわけではないが、使用人を自分から辞めることは、目の前の当主に負けるということ。


何よりも、自分に良くしてくれたミータに何と言えばいいのか。


このときシャーロットは、死んだらそこまでなのだという考えには至らなかった。


「あなたの思う通りには動けない」


「…それが裏切るやつの台詞だ」


カチャッと、自分の命を奪うための音が響く。


「最後にもう一度だけ問う。おまえはヴェリスト家を気に入ったようだが、おまえを心から歓迎しているのはミータとステイン兄弟ぐらいだ。それでも残りたいと思うか?」


シャーロットは冷たい瞳を見据えて、笑ってみせた。


「認めてくれる人が一人でもいたのなら、わたしはそれで充分です」


そう言い切って目を閉じたのと同時に、教会の扉が勢いよく蹴破られた。


「シャーロットさん!!」


まるで見計らったかのような、まさに、完璧なタイミング。


ミータであった。


さすがのシュラも目を瞠る。


「ああ、よかった…生きていたんですね…!…あら、シュラ様、いったい何をなさっているのですか?」


殺気立つ彼女の視線が手元に注がれていることに気づき、シュラは拳銃を持つ手を下ろした。


間一髪ぎりぎりセーフ。


ミータはシャーロットに駆け寄り優しく抱きしめた。


「テノさんからシャーロットさんを巻き込んだと聞いて、急いでここに来ましたが…よかったです」


無事を確認しミータは大きく安堵の息をつく。


「さあ、戻りましょう。帰る頃には、夕食の準備ができているはずですから」


微笑むミータの顔を見て今更になって震えがくるのだから、情けない。


ミータに引っ張られるように去っていくシャーロットに、シュラは声をかけた。


「…おまえが仕組んだのか?」


「え!?まさか!」


シャーロットは立ち止まって振り返り、慌てて首を振る。


正直テノの言う通りに動いただけなので、どこまで仕組まれていたのかはシャーロットにもわからない。


まずアイゼが密偵であることが予想外で、当主に殺されそうになることも、ミータが登場することにも驚いた。


結局は助かったが、下手をしたら自分は今頃、あの世に行っていたかもしれない。


「…そうか」


シュラは一言そう言ってから一呼吸置き、口を開いた。


「シャーロット・カルファ」


突然を名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。


「…はい」


「次は、ない」


一瞬遅れて、今回は見逃してくれるのだと気づいたシャーロットは、シュラに向き直り、深く頭を下げた。


色々と思うところはあるが、いつか認められる日が来たらと、なぜかそんなことを思ってしまった。

次は「可能性と期待」です!

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