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ヴェリスト家のシャーロット  作者: 水廉
第一章
15/27

行動開始

階段を上った先は、倉庫だった。埃を被った木箱や段ボール箱が乱雑に置かれ、小さな窓からは日が差し込んでいる。


(地上だ)


シャーロットは足音を立てないよう注意しながら、扉に近づいた。


取っ手を掴みゆっくりと引くと、目の前に広がるのは林だ。


一歩外に出て振り返ってみると、倉庫の向こうに外壁にヒビの入った建物が見える。


孤児院だ。自分は裏側にいるらしい。


近づくと、裏口が開いており多くの部屋が並んでいるのが見える。


その中に、『ステイン』と書かれた薄汚れた札が掛けられている扉を見つけ、シャーロットは思わず建物内に入った。


(…ディルとディム?)


だが扉には鍵がかかっており、中には入れない。


諦めて去ろうとした時、声が聞こえてきた。


「なあ聞いたか?まさか例のやつを捕らえるとはな!さすが社長だわ」


「だな。あの人のやり方は気に入らない時もあるけどさ」


誰か他に捕えられた人間がいるのだろうか。


そんな心配をしていたが、ふと足音が近づいていることに気がつく。


(まずい、見つかる…!)


シャーロットは慌てて走り出した。


どこかに隠れたいが、この建物の造りがわからない。


とりあえず見えてきた角を曲がると、突然横の扉が開き、中から伸びてきた手に口を抑えられる。


(え!?)


そのまま後ろに引かれ数歩下がると、目の前で扉が閉まった。


暫く経ち、足音と話し声が通り過ぎていく。


だが安心できるはずもなく、シャーロットはじたばたと暴れていた。


「こら、落ち着けって…!」


聞き覚えのあるその声に、シャーロットは反抗するのをやめる。


(この声は)


自分を引き込んだのはアイゼであった。


落ち着いたのを見て、アイゼはシャーロットを離す。


「走ってくる足音が聞こえると思ったら…ついさっきあんま動くなって言ったろ?まさかこっちに乗り込んでくるとは」


「ちょうどよかった!説明が少なすぎます!」


「ちょうどいいわけあるか、こっちはもうすぐ会議だっての」


アイゼはため息をつき、その場に胡座をかく。シャーロットも座った。


「ただ何もするなって言っても、無駄そうだな。牢屋の鍵も無理やり開けようとしてたし」


「もちろんです」


断言するシャーロットに、アイゼは再びため息をついた。


「…簡単に説明する。俺たちは取引が始まる夜まで動かない。あんたも大人しくしておいてくれ。夜になったら何かしらの合図があるから、それが聞こえたら子供たちを林の奥へ」


「わかりました。あの瓶と鉄槌(ハンマー)は?」


「それは……」


アイゼは口ごもったが、意を決したように口を開く。


「正直使わなくていいと思うけど、テノさんに言われてるから一応説明しとく。孤児院の一階に無駄に長い廊下がある。その突き当りの壁に瓶の中身をかけて鉄槌で壊すんだ。その先にベイトがいる」


「ベイトさんが?」


「そ。あいつに報告してくれ。子供たちの救出は完了したって。まあけど、覚悟はしとけよ」


シャーロットは首を傾げるが、アイゼはそれ以上、何も言わなかった。


「じゃ、俺そろそろ行くから。ここは俺が管理してる部屋だから、誰も入ってこない。十分ぐらい経ったらあんたも戻れ」


「わかりました」


大人しく頷き、シャーロットはアイゼを見送る。


部屋の時計で十分経過したことを確認すると、来た道を戻った。


「みんな!夜になったらここから出られるよ」


階段を下りてそう告げると、子供たちが嬉しそうに目を輝かせた。


「ほんと!?」


「本当よ。さあ、夜まで暇だし、みんなで遊ぼうか!」


シャーロットはそう言ってリオのいる牢に入る。


「じゃあ鬼ごっこ!」


「家族ごっこ!」


他にも子供たちによって遊びが挙げられるが、どれも牢屋の中ではできないものだ。


「僕、しりとりがいい!」


そんな中で、リオが笑顔で言った。その案に賛同する声が多く上がる。


「よし、じゃあまずはしりとりね!怖い人たちが来たら、みんな静かにね?」


「はーい!」


***


やがて日が暮れ始めた頃。


「そろそろ時間だな」


シュラが窓の外を見ながら呟く。


「よっしゃ、派手に暴れましょうか!」


「静かに動け」


「…保証はできません」


ベイトは脱出のため窓に手をかけたが、開けることも外すこともできないように加工されていた。


「んー…これ邪魔ですね」


「おい待て」


シュラが止めたが、遅かった。


ベイトの鮮やかな蹴りによって、窓は木っ端微塵に砕け散った。


「すみません、全然静かじゃないですね」


「…わざとだろ」


素知らぬ顔をするベイトを見て、シュラは嘆息した。


「まあまあ!じゃ、先に降りますね」


そう言ってベイトが窓から飛び降りる。ほぼ同時に部屋の扉が勢いよく開かれた。


「貴様ら、何をしている!」


「…俺はまだ何もしていないがな」


シュラは特殊な拳銃を取り出し、相手に向かって二発撃つ。


銃弾が傷を負わせることはなかったが、代わりに相手を閉じ込めるように氷の壁が張られている。


「な、なんだこれは…!?」


「少々丈夫な氷だ。もしあの社長が戻ることがあれば伝えろ。仕事があるので失礼します、とな」


シュラはそう言って、振り返ることなく飛び降りた。


膝を曲げて着地し体勢を整えると、ベイトの背後に迫る敵に向かって発砲する。


「この数を相手に体術は非合理的かつ不利だぞ」


「ご忠告どうも。でも俺は合理性より自分の個性を重視します!」


シュラは襲いかかってくる男たちの攻撃をいなし、時には蹴りを入れ、遠くから狙ってくる男は普通の拳銃で撃つ。


それに対し、ベイトはほぼ殴るか蹴るかだ。


「確かにおまえらしいが、臨機応変という言葉を知らないのか」


大柄な男に肘打ちをお見舞いしながら問いかける。


「ははっ!知ってますけど俺がそんな器用な人間に見えます?ただ殴るのが好きなだけですよ。もちろん蹴るのも」


そんなことを話しながらも敵の数は減り続け、やがて静かになった。


「…なーんか思ってたより少ないな」


ベイトの言う通り、ここの守りが薄くなっている。おそらく現場に人員を割いているのだろう。


シュラは拳銃をしまった。


「例の港町までは少し距離があったな」


「仰る通りで。ですが一応ハンデール内ですし、孤児院もその近くなので取引開始には余裕で間に合うかと」


「ならばさっさと船を取り押さえて確認に向かうぞ」


二人が周囲を警戒しながら歩き出すと、一台の馬車が近づいてきた。


それは二人の横に止まり、御者が口を開く。


「…ヴェリスト様ですね?テノ様から依頼を受けました。お送りします」


「テノから?…そうか、あいつが今回の件の立案者だったな。まさか長期計画とは思わなかったが」


御者がシュラに軽く頭を下げ、ベイトに近づく。


「あとこれをベイト様にと」


「え、俺!?」


ベイトは訝りながらも渡されたメモを読み、苦笑いを浮かべた。


「んー…どうなっても知らねえよ、テノさん」


「何が書いてある?」


尋ねたが、ベイトはメモを折り畳んだ。


「大したことじゃないですよ。さっさと行って終わらせましょう」


これ以上言及しても無駄なのは目に見えているので、シュラは馬車に乗り込んだ。


目的の港町まで歩くとかなり時間がかかるが、馬車だと数十分で着いた。


そこには見知った顔が多く揃っている。使用人たちだ。


「ラダ、フェイグ」


シュラが声をかけると、呼ばれた二人は驚いたようにこちらを振り返った。


大柄な男と、華奢で知的な男である。


「シュラ様!正午を過ぎてもお戻りになられなかったので、どうされたのかと…」


「少し茶番に付き合っていただけだ。夜の方が何かと動きやすいからな」


ラダが目を瞠り、フェイグが安堵の息をついた。


「ご無事で何よりです。報告ですが、黒と思われる船が二隻あります。片方は昼の時点で既に停留。もう片方は先程到着しました。恐らく後者だとは思いますが…」


シュラは少し考え、口を開いた。


「後者が黒だ。前者の船は昨日ここへ視察に来たときにもあった」


「そうでしたか。では目標に接近します」


フェイグがそう言って歩き出すと、ずっと黙っていたベイトが不意に口を開く。


「なあラダ、今回の戦闘員数は?」


ラダが足を止め、他の使用人たちも立ち止まる。


「ん?とりあえず俺とフェイグを含めて二十五名だ。場合によっては後で増援を頼む」


「なるほどね…でも多分それだけで大丈夫だ。相手が揉めてる」


言われて耳を澄ませると、船上で言い争っているのが聞こえる。


「…にしても遅い!このわしを待たせるとは、許せん男だ」


「社長、ごもっともですがあの男は時間にルーズらしく…」


「ふん、ふざけやがって」


戦闘員の纏う空気と、目の色が瞬時に変わった。


「…今が攻め込む絶好のタイミングだ、フェイグ。敵が増えるまでに一通り抑えるぞ。その後待ち伏せだ!」


「はなからそのつもりですよ、ラダ。皆さん、行きましょう!」


そう呼びかけ、フェイグはシュラに向き直る。


「シュラ様、こちらは我々にお任せを。孤児院にも数名向かわせていますが対象者五十名の救出確認をお願いします」


「わかった。行くぞベイト」


そこからは徒歩数分で孤児院の裏に広がる林にたどり着いた。


既に戦闘員が集まっており、シュラも救出対象者リストに目を通す。


こちらからの合図で、リストに載っている子供たちがここに向かってくる手筈である。


「シュラ様!ご無事でしたか!」


言いながら、後ろからキードが駆け寄ってきた。


「キードか、どうだ?」


「はい。アイゼから“準備完了(オーバー)、教会にて”との暗号文が届いています」


「教会…隣か」


「敵も少ないとのことなので、これからそこにいる三人が乗り込みます」


彼らは武器を構え、準備は万端のようだ。


「…俺も行こう」


その言葉にキードは何度か目を瞬き、慌てて首を振った。


「そんな、当主自らなんて…」


「問題ない。邪魔が入らないよう教会入口の守備を頼む」


キードはしばし迷っていたが、力強く頷いた。


「お任せください。一応すぐに突入できるよう、残りの戦闘員にも準備をさせておきます。対象者の保護は予定通り俺が」


「頼もしい限りだ」


シュラはベイトを含む四人を率い、教会の入口に向かう。


閉ざされた扉の両側にシュラとベイトが立ち、双方ともにすぐに攻撃できるよう拳銃を構えた。

次は「解決」です!

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