使用人会議
シュラとユガンを残し退室した五人は、ミータの案で使用人会議室を目指した。
長方形のテーブルが四角く並べられた会議室はダイニングの隣に位置し、とても覚えやすい。
奥行のあるその部屋に入ると、五人は適当に椅子に座った。
「で、ミータさんはどんな仕事をさせるつもりなんです?どう見ても戦闘員じゃないよな…」
「ええ、彼女には屋敷内での仕事をお任せするつもりです」
「ま、それが妥当だな」
ベイトとミータが言葉を交わし、この会議で自分の役割を決めるのだと知ったシャーロットは口を開く。
「今まで色々な屋敷に行きましたが、掃除、洗濯は自信があります。豪華なものは作れませんが、料理も一応できますし…必要とあれば狩りも」
「地味女だけに地味な料理は作れるのか」
「ちょっと黙ろうか」
シャーロットが睨みつけるとディムは明後日の方を見た。
「へぇ…来客をもてなしたりしたことは?」
「それなら楽器を少々。演奏家の経験が何度かあります。あと相手を騙す演技もできます」
「おお、接待もできそうだな!」
ベイトがなぜか嬉しそうに言った。
シャーロットが首を傾げると、ディルが笑いながら言う。
「自分が接待係なのに上手くできないから新入りが来てありがたいんだよな」
「るっせーよディル!来るやつ全員遠まわしに嫌味ばっか言いやがるから腹立つんだよ」
ディムがそれを聞き、大袈裟にため息をついた。
「で、後先考えず無駄に喧嘩をふっかけるんだよな…」
「おいディム何か言ったか?喧嘩なら買うぞ!」
ベイトがディムを睨みつけながら言う。
「おお、年下相手にやんのか!?五億で売ってやる!」
「高ぇな!破格の特価で売りやがれ!」
「え、そういう問題ですか!?」
思わずツッコミを入れつつも、シャーロットはこの会話からベイトが短気で喧嘩っ早いことを察しミータの方を見る。
彼女は肩を竦めて苦笑を浮かべた。当たりらしい。
「まあ…そうですね。確かにシャーロットさんならサポートがあれば接待も可能かもしれません」
「…サポートがあれば、ですか?」
「地味女も短気だからな」
シャーロットははっとしてディムを見る。
確かについ先ほど苛立ちを抑えられず当主に失礼なことばかり言ってしまった。
これではベイトと同じではないか。
「心配しなくても大丈夫大丈夫、俺よかましだって。 暴れすぎて組織争いの時も“喧嘩王”とか呼ばれてるんだぜ?かっこいいから気に入ってるけど」
「喧嘩王…」
正面に座る赤髪の青年は、そんな異名を持っていてもヴェリスト家にいられる。
それは彼に力があるからであり、ステイン兄弟や他の使用人たちも同じだということは当主と話し、確信できた。
では自分は?
(…もうそれを考えるのはやめよう)
シャーロットはミータに気になったことを尋ねた。
「皆さんは基本的に何をされているんですか?まさかいつも争い…なんてことはありませんよね…?」
恐る恐る尋ねると、ベイトに笑われた。ミータも笑みを浮かべる。
「ご安心ください。まだ詳しくは話していませんでしたね。とりあえずこれを見てください」
そう言うと、エプロンのポケットから一枚の折り畳まれた紙を出し、シャーロットに差し出す。その紙には黒でヴェリスト家の規則が印字されていた。
内容としては、組織を裏切る行為や、自分勝手な行動の禁止に関する事項が多い。
「この屋敷の掃除や庭の手入れはもちろん、契約会社関連の資料整理、協力、新会社設立についての問い合わせの応対、他組織などとの会議もありますね。他にも様々な街へ行き、流行や表裏社会双方の現状も調べます。ですがそこに書かれている規則を破ると、除名されるので気をつけてください」
「除名…」
組織の意に反した時、組織を追放されるということだろうか。それとも殺されてしまうのだろうか。
どちらの可能性も考えることができるが、前者であることを願いたい。
「その規則を覚える必要はありませんが、あまり首を突っ込むなという戒めでわたしも持ち歩いています。最終全てのケリをつけるのは当主ですから、深く関わられることを嫌うので」
シャーロットはヴェリスト家当主の顔を思い浮かべ、思わず眉間に皺を寄せた。
それを見たベイトが笑い声を上げる。
「当主さん嫌われたなぁ…さーて、ミータさんが話したのが表、つまりよく知られてるヴェリストの仕事だな。裏では街で入手した情報をもとに裏社会の動きを徹底的に調査する。上手く潜入できれば内部から潰せるんだ。人身売買とか麻薬の輸出入とか、色んな会社に闇があるからな。そういう奴らを取り押さえる戦闘員は鍛錬にも力を入れてる」
ベイトが拳を固め、左の掌に叩きつける。
「なるほど…ただ単に命のやり取りをしている組織だと思ってましたけど、そうでもないんですね。無意味に潰し合いはせず、行動には意味がある、というか…」
それを聞いてミータとベイトが一瞬だけ目を瞠ったが、紙を見つめていたシャーロットは気がつかなかった。
そのとき、ずっと話したがっている様子だったディルがいきなり声を上げる。
「あと、組織の使用人にはランクがあるんだぜ!俺とディムは中位、ミーねえ、ベイト、ユガンは上位。俺たちは特別に“門番”っていう役割があって、この屋敷があるヴェリスト領への侵入者を観察して尾行するんだ!」
「領内で変な動きをする奴は屋敷に近づけないように落とし穴に落としたり、奇襲をかけたり、夜なら幽霊作戦で撃退してるんだ!いくら当主に喧嘩を売るぐらい図太い神経を持つ地味女でも、ビビって逃げるレベルだぞ?」
威張って言う二人を見て、シャーロットは吹き出す。
「失礼な発言がディムの口から聞こえた気がするけど…あなた達らしいやり方ね」
容易に想像ができてしまったのだ。
そして同時に、この二人に遊ばれるぐらいなら自分から死んだ方がましだと思ったことは言わない。
「…さて、仕事の内容は説明しましたが、これについて何か不明な点はありますか?」
尋ねられ、シャーロットは首を振る。
「いいえ、大丈夫です。聞いた感じだと、わたしにできるのは掃除、接待…資料整理ぐらいでしょうか?」
「初めのうちはそうですね。慣れてきたら会社関連の応対などのお手伝いもお願いしたいと思っています。雇った以上、責任を持ってあなたにもできることがあるのだと、シュラ様に証明して見せますから」
ミータが力強くそう言い、シャーロットは力が湧いてくる気がした。
「わたしも組織や会社について勉強します。わたしを雇ったこと、ミータさんに後悔させません」
二人のそれぞれの宣言に、ベイトが笑いながら大袈裟に拍手を、ステイン兄弟が頑張れーと棒読みで応援メッセージを送る。
この組織で自分にできることがはっきりとわかり、シャーロットはようやく組織内で地に足がついた心地がした。
「これ、ありがとうございました」
ミータに規則の紙を返すと、ディルとディムにさっそく掃除用具の場所を教えてもらう。
説明されてもたどり着けそうになかったが、それを察したのか、二人が一緒に行くと申し出てくれ、三人で会議室を後にした。
去っていくその姿を見送りながら、ベイトはため息をつき、小声でミータに問う。
「魔装武具の説明、しなくてよかったんですか?」
「…今の状況ではまだ言えませんし、必要もありません」
「ま、それもそうですね」
ベイトは笑って頭を掻き、ふっと不敵な笑みを浮かべる。
ミータはどこか暗い瞳で、窓の外に目を向けた。
次は「侵入者と非現実」です!