初めまして?
当主登場です!
翌朝。
「起きろ新入り!」
ふかふかのベッドは寝心地が良く、いつまでも寝ていたいと思った。
それをドアが叩かれる音に邪魔される。
つい最近、同じようなことがあった気がするのは気のせいだろうか。
「新入り起きろ!シュラ様が戻られた!」
「んん…シュラ様…?……って、ここの当主!」
シャーロットは文字通り飛び起きた。
ばたばたと慌てて用意を済ませ、部屋を出る。
「遅いぞ!新入りには当主挨拶があるんだ。待たせると案内役の俺たちまで怒られるんだからな!」
「そうだそうだ!地味女の所為でとばっちりだ!」
「ごめんなさい…昨日遅かったから眠くて…」
「俺たちも眠い…とりあえず付いて来い」
当然順路など覚えていない。
ただ壁に飾られている高価そうな絵画を眺めながら二人について来ただけで、いつの間にやら立派な扉の前にたどり着いていた。
「ここだ」
小声でディルが囁き、扉を叩く。
「入れ」
聞こえてきたのはまだ若そうな男の声だった。
緊張しつつもディルとディムの後に続いて中に入ると、そこにはミータとユガン、そして見覚えのない青年が立っていた。
驚いたのは、奥にもう一人、堂々とした風情で冷たい視線を向けてくる青年。
「…このヴェリスト家当主、シュラだ。昨夜は迷わず自室に戻られたようで何より」
シャーロットはしばらく状況が呑み込めなかった。
「……え?」
当主として目の前にいる無愛想な青年。
彼は間違いなく、昨夜の人物だった。
自分以外の全てを見下しているような、冷たい目。
同じ空間にいて、彼の視界には自分が映っているはずなのに、どこか遠くにいるような、そんな印象を受ける。
だがこうして見るとやはり整った容姿をしており、とても目を引く…
と、今それはどうでもいい。
問題は当主を思い切り使用人だと思い込み気安く接してしまったことではないか。
「えっと…つまりあなたがここの当主で、ベイトというのは偽名…?」
「ん?ベイト?俺のことか?」
そう反応したのはユガンの隣に立つ初対面の青年だった。
「あ……そういうことですか…」
よくよく考えれば、就寝時間を過ぎて戻ってくる使用人はそうそういないはずだ。
もし歓迎会のことがバレたなら、温度が下がるどころか参加者全員が卒倒していたことだろう。
当主は朝に帰ってくる、という情報を完全に信じ切っていた。
シャーロットは焦り、とりあえず名前と感謝の言葉を並べる。
「昨日よりここで働くことになりましたシャーロット・カルファと申します。…さ、昨夜はありがとうございました。この度は予定よりだいぶ早めのお帰りだったようで…」
「あの時間帯。少し考えれば俺が使用人ではないことぐらいわかりそうなものだが」
はーい全くもって仰る通りです。
…いや、実際使用人はダイニングにいましたから。とは当然言わない。
「申し訳ございません…寝ぼけていたようで」
シャーロットは自分の口からつい出てしまった苦しい言い訳に逃げたくなり、俯く。だが黙っているわけにもいかず、言葉を重ねた。
「言ってくだされば、あのような失礼な発言は即座に取り消したのですが…」
「そちらが気づくか、当主として試させていただいたまでだ。すぐに騙される人間ほど使えないやつはいないからな」
瞬間、シャーロットは自分の中で何かの糸が切れたような気がした。
自分はあまり気が長い方ではなく、どちらかと言えば短気だ。そして単純である。
救いようのないやつだと思われるかもしれないが、自覚しているだけ幾分かはましだろう。
顔を上げて真っ直ぐにシュラを見つめ、爽やかに微笑んでみせる。
「…素晴らしいご性格ですね」
気づかなかった自分への苛立ちと、馬鹿にしたような物言いをする当主への苛立ちが混じり、その言葉は自然と刺々しくなった。
半ば八つ当たりである。
それを感じたのか、相手の纏う空気が一気に不穏なものになった。
「生意気なやつだな…騙されやすい上に、自分の立場を理解することさえできないのか?愚かなものだ」
シャーロットはむっとして言い返す。
「…人を騙した上で揚げ足を取るようなことを言う人間もどうかと思いますけど」
「言っただろう、当主として当然のことをしたまでだと」
「…騙すのが当然だという考えをお持ちの貴方様のご性格に疑問を抱いている次第でございます」
そう言う自分もなかなか面倒な、いい性格をしてると思う。
だが完全に素が出てきたシャーロットとは違い、シュラは一切顔色一つ変えない。
「これだから無知な人間は困る。組織とは騙し合いの世界だ覚えておけ。まあ覚えたところでここを出ていくおまえには要らぬ知識となるだろうが」
そこからは新人と当主の睨み合いが始まった。両者ともに、退くという選択肢はない。
睨み合いの間、傍観者たちは全員一致で、逃げたい、と思っていた。
その空気をどうにかしようと思ったのか、ミータが口を挟む。
「シュラ様。彼女はわたしが依頼した新しい使用人の…」
「だろうな、すぐにわかった。役に立ちそうもない娘でも気に入れば呼ぶ。そんなのはおまえぐらいだろう。だが無力で礼儀のなっていない愚者は不要だ、さっさと追い出せ」
ミータが何かを言おうと口を開きかけたが、シャーロットはそれを遮って言い放った。
「ここの当主は自分の配下に対する態度がおかしいのでは?上の人だから使用人を貶していいなんて、ただの傲慢よ。ミータさんもそこの生意気二人組も、ここにいない使用人の方々も、皆さん素敵な人ばかりです!」
それを聞き、ずっと表情を変えなかったシュラが剣呑に目を細めた。
やっと、彼の視界に映った。そんな気がした。
数歩前でステイン兄弟がちょっと嬉しそうにしていることに、当然シャーロットが気がつくはずもない。
「組織が当主一人で成り立ってるものではないことぐらい、村娘のわたしにもわかります。だから役立たずと言われようと、人事担当者であるミータさんに採用された以上、わたしはここで働きます」
ディルとディムがシャーロットを振り返り、この場の全員の視線が集中した。
当主に対し、大それたことを言ってしまった気がする。だが嘘はなかった。
「…そこまで言うのなら、いいだろう。本来ならば即刻強制退去の処置を行うが、いつまでその生意気な態度が続くか見せてもらおうか」
「望むところです」
視線が交差する。
再度十秒は睨み合っただろうか。不意にシャーロットはミータを振り返り、あてつけのように宣言した。
「ミータさん、わたし絶対居座ってやりますから!」
虚をつかれたミータは何度か目を瞬き、やがて苦笑を浮かべて大きく頷く。
「ふっ…ははははっ!こいつは強いぞシュラさんよ」
今度はずっと黙っていたベイトがぺしぺしとシュラの肩を叩きながら笑い出した。
「おまえも馴れ馴れしい」
「ははは、申し訳ございませんつい」
悪びれもなく謝ると、ベイトは歩み寄ってきて、シャーロットに握手を求めた。
「俺はベイト・ハンドラーク。おまえ面白いな!当主に喧嘩売るとか最高だ!」
「あ、ありがとうございます…?」
笑顔で差し出された手を、握り返しながら、思わず感謝を述べた。
「「そこは礼を言うところじゃないだろ…!」」
ステイン兄弟が気が気でないとでもいうように言ったが、そんなことは自分が一番よくわかっている。
「つい、流れで…」
そう言うと、ベイトがまた笑った。
一連の流れを静観していたユガンが、ここで手を二回打ち合わせる。
「さあさあ皆様、当主との挨拶が済んだシャーロット様に、これからはここでの仕事を教えて差し上げてください」
「はい」
「「ラジャ!」」
「りょーかい」
ミータ、ステイン兄弟、ベイトが返事をし、頷く。
シャーロットはこの時、不機嫌そうに睨みつけてくる当主を、これから視界に映さないようにしようと固く誓うのであった。
次は「使用人会議」です!