第二章 フユイチゴを摘みに2
「フユイチゴを使ったジャムを作りたい」
「フユイチゴ? まだ栽培されていない木苺だ。野生のものしかないね」
「味は悪くないの。珍しいし、商品にしたら売れると思わない?」
ルシオールは山間の断崖に位置した街だ。
市街地を出るとしばらくなだらかな丘が続き、周囲は切り崩した崖の岩や石ころでゴロゴロしている。険しさに緩急のある空間が開けているため、ここはヤギ使いたちが好んで使用するヤギの散歩道として有名だ。この先を超えて行くと、ようやくカルルア山地の森林が見えてくる。
土気色をした断崖の半ばで、一頭のヤギがこちらを背にして逞しく岩肌を登っていた。フィオは心なしに両手の親指と人差し指で狙撃中のスコープを見立て、そのヤギの体躯を照準の視界に収める。
立派な身体つきをした動物の肉ほど高値がつくが、狩場――カルルア山地からアルデバン山地まで――以外の場所で銃を使用することはハンターの間で禁じられている。
フィオは両手をポケットの中へ戻す。
――そもそも、フィオは好んで狩猟をしているわけではない。ハンターは稼ぐための手段に過ぎない。
ミティが隣から、「今の、狙撃の真似?」と問うてきたので、フィオは適当に、「カメラだよ」と言ってあしらった。しかし、カメラはまだこの世界に存在しない品物であり、ミティはきょとんとして不思議そうに首を傾げた。
「フィオは時々、変なことを言うよね」
「そうかな。文化の違いだと思うけど」
ミティは、「むうぅ」とおもむろに唸って腕を組むと、何か考え込むような仕草をした。ウール製のコートを着込んでいるので、両腕のモコモコがさらに盛り上がって暖かそうに見える。
「フィオは一体どこから来たんだろう」
「さあ……記憶がないから」
過去のことを思い出そうとすると、ひどく頭の中がぼんやりとする。
周囲の景色を眺めながら歩いているうちに、フィオは自然と無口になっていった。ミティは明るい性格をしているから、すでに見知った風景を見ていても常に瞳を輝かせていた。全く、ピクニックに来たんじゃないんだから、とフィオは彼女のことをおかしく思った。
いくつか丘を抜けて、やがて辺りは森林帯に差し掛かった。いよいよ、カルルア山地の入口に足を踏み入れたのだ。雪の降り積もった地面は、すでに奥へ進んでいったハンターたちの足跡でびっしり踏み固められている。
「ここまで来たら、私もハンターだね」とミティ。
「お使いかごもったハンターなんていないよ」とフィオ。
二人はその場で一度立ち止まり、フィオは辺りを見回しながら、ミティがフィオの自宅で寝泊まりした日の夜の会話を回想した。通常の狩猟をしに行くなら他のハンターと同じようにフィオもこの森林をまっすぐと登って行くところだが、今日はここに来た目的が違っている。
「あれ、前に進まないの?」
フィオが地面の足跡から逸れた木々の中に入っていくのを見て、ミティは疑問そうな声を投げかけた。
フィオは、「この森林は横に広いんだよ」と答えてから、
「フユイチゴは小低木だから、高い木の下なんかに群生しやすい。雪に埋もれてなければ見つけられるはずだよ」
ミティはフィオの背中にぴったりくっつきながら、「はへー」と間抜けな声をあげる。「何だかプロっぽい解説だね」
「まあ、一応ハンターだし」
喜んでいいのかよくわからない。
フユイチゴはその小さな赤い実が発見の目印になる。
うまい具合に早く群生地を見つけて、夕暮れまでには街に帰れたらいいなとフィオは思う。