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第一章 冬の日、野ウサギ狩り4

予想通り茂みの中で待ち伏せていたら短時間で二匹目が手に入った。フィオの安全策が功を奏したのだ。野ウサギを二匹収めたリュックサックを背負って、血抜きを行うために川岸まで下山する。


川岸は水流によって運ばれてきた石ころが地面の代わりのようになっている。うっかり足を取られてしまわないように、注意して進んでいく。下ろしたリュックサックから野ウサギを一匹引っ張ってきたら、いよいよ血抜きだ。


血抜き――動物の内臓や肉から血を抜く作業のこと。


フィオが川に手を入れると、水はビックリするくらいひんやりとしていて冷たい。作業するために手袋を外すと、温度差で両手が凍えそうになる。それでものんびりしてはいられない。肉の品質がかかっている。


「……始めるか」


薄く貼った水の上に野ウサギを寝かせ、フィオはまずナイフで首の血管を切り裂く。首筋から、ドクドクと血液が川へ流れていく。しばらくすると体内の血が十分に抜けきって、野ウサギは体が一周り縮んだ感じになる。一応、ちゃんと血抜きできたか触って確認する。


――ここで血が残っていたら大変だ。味は落ちるし、臭いも残る。


足首の周りに切り口を入れて、丸く浅くカットする。皮を剥いでいく。背中、頭、腕の順に皮だけを切りながら下へ下へ丁寧に剥がす。股まで到達したら、臭いを出す腺があるのでそこだけ取り除いておく。


野ウサギの体温がまだ残っていたおかげで、服を脱がせるように、容易く皮を剥ぎ取ることができた。体が冷えきっていたら時間を食ってこうはいかない。フィオはナイフにぐいっと力を込めて、頭部を切り落とす。


一呼吸置いてから今度は内蔵を取り出しにかかる。腹の筋肉を浅く摘むようにして、中の内蔵を傷つけないように少しだけ切る。切り口から、フィオは一気に肛門方向へナイフを滑らせた。ポッカリと腹に大きな穴が開き、内部の収められた内臓が露出する。


内臓特有の、思わず顔をしかめるような生臭い臭い。フィオはなるべく気にしないようにして、さっきと同様に胸骨まで切り下ろしたら、穴に手を突っ込んで内蔵を取り出した。全部外へ出し切ったら、市場で売られているような肉製品の完成だ。


一旦、両手の汚れを水で洗い流す。こうしてしゃがんで作業をしていると、川の水面に浮かんだ自分の顔に何となく目がちらちらいったりもする。短い黒髪に大きな瞳――くっきしりた十代後半の顔つきは、一見するとよく少年にも見間違われる。額に、少し汗が滲んでいるのがわかる。


血抜きには技術と体力が必要だ。場数や経験もきっと必要不可欠だろう。そこは、やっぱり狩りと同じ。きっと大人の男性ハンターの方がもっと手早く野ウサギを解体できる。女のフィオは筋力で劣っている分、疲れて集中を切らしているようではいけない。


リュックサックから二匹目を引っ張ってきて黙々と作業を続ける。




血抜きが終わる頃には夕暮れになっていた。


日が西の方角へだいぶ傾いていて、空は濃く朱色に染まっている。川のせせらぎと鳥の声が聞こえる。フィオは「はあ……」と尻餅をついて、折り畳んだナイフを腹ポケットに戻した。無言で空を仰いでいると、なぜだかすごくやり遂げたような気分になってくる。


料理長の言葉を思い出す。――野ウサギを二匹、夕方までに。


少し休んで体力を回復させたら、フィオは身支度を整えて帰路につく。解体済みの野ウサギは二匹ともリュックサックの中に入れている。剥いだ毛皮も一緒だ。内蔵は、川岸に捨てていく。


川岸の内蔵は多分、ものの数十分で他の猛禽類や動物の餌になって跡形もなくなることだろう。そして食事中の小動物を狙ってさらに大きな捕食者がやってくる。誰でもこの時間帯は腹をすかせている。分かりやすい生態の食物連鎖がそこにはある。


日が沈む前には「青羽の小鳥亭」へ戻りたい。


「帰るか」


ポツリと呟いてから、フィオは町へ戻る。


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