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第一章 冬の日、野ウサギ狩り2

ルシオール――カルルア山地とアルデバン山地の山間に位置する小さな町。


人口約一二〇〇人。石造りの街並み。周囲を湾曲した川に囲まれ、山地の動植物を活かした地域ならではの特産品で栄える。農耕と牧畜が普及している一方で、ハンターによる狩猟文化も残っている。




もともと都市部へ行き来する商人の宿泊街として発展して町だ。宿泊施設は町中にいくつも設備されている。


市庁舎周辺に置かれた宿は全部で三軒。自宅から近いこともあり、フィオはよくこの三軒に仕事を貰いに行く。その中でも比較的頻繁に出入りしている宿の一階に、料理亭――「青羽の小鳥亭」はある。


ハンターが仕事を請け負うとき、用があるのはもちろん宿ではなく料理亭の方だ。別に料理亭に限らず、食事処ならばどこでもいい。ハンターとは基本的に野生動物――特に鳥類や哺乳類――を捕獲する人間の職業を指す。捕らえた獲物は食料として自分で消費する場合もあるが、それで収入を得るためには事前に購入してもらう店を確保しておく必要がある。買い取り手を見つけておくのはハンターにとって必須だ。


フィオがハンターになってそろそろ一年。まだ新米ながらも、「青羽の小鳥亭」ではかなりの信頼をすでに勝ち取っている。こうなってくると、時々店側の方から必要な獲物をハンターに頼んでくることがある。今回は料理長直々の依頼だ。フィオは今日に限ってうっかり寝坊をして、先を急いでいる。


山地の山間部に位置しているだけあって、ルシオールの建物はとりわけ斜度のきつい急勾配に作られることが多い。町の総面積も広くないので、住宅と住宅との幅は自然と狭まり、窮屈な路地がいくつもできる。険しい坂道を登って行くと、あとは小迷宮のような街路がずっと続いている。


けして住みやそうな環境とはいえないな――というのが、フィオがこの町に対して抱いた最初の感想だ。しかし、毎日外を行き来していると、そのうち多少の不便さはあまり気にならなくなっていく。慣れとか愛着とか、時が経つにつれてそういうのが出始めているのかもしれない。


寒いとはいえ、行く先々で人の姿はちらほら見かける。出くわしたほとんどの住人はフィオとはちょっとした顔見知りだ。


「おはようございます」「今日も冷えますね」――男女問わず、大人や年配などと社交辞令のような軽い挨拶を交す。


自分の経緯が特殊なせいか、ルシオールだとフィオは割と有名人な部類に入る。珍しい女ハンター、防寒服もみんなと違って目立つし、周りから注目を浴びやすいせいもあると思う。


川岸に沿うようにして広がる石造りの街並み。その中央付近に市庁舎が築かれ、目的地の宿はそこからさらにジグザクの坂を下りていったところにある。五階建てで、宿泊部屋も同じく五つしかない、小ぢんまりとした宿だ。


宿の玄関口には宛看板が立てられていて、大きく「営業中」という文字が書かれている。部屋にまだいくつか空きがあり、それで朝から客引きしている、ということだろう。残念ながらフィオは客ではない。一階の窓から「青羽の小鳥亭」で宿泊客が数人、テーブルで朝食をとっているのが見える。急いで裏口の方へ回る。


「すみません」


ドアを数回ノックして、しばらくするとコック服姿の細身な男性が出てくる。「青羽の小鳥亭」の料理長だ。


「やあ。遅かったね。時間にはルーズな質なのかな」


料理長は、穏やかな口調でやや苦笑気味に言った。


「そんなことないです」とフィオは弁解して頭を下げる。「その……寒くて起きられなくて」


「寝坊したの」


「はい。すみません」


料理長はそのことには大して気に留めた様子もなく、「これが初めてだからきっとたまたまなんだろう」と言って、すぐに今回の依頼内容を話し始めた。「野ウサギを二匹、夕方までに。血抜き処理と、毛皮は剥いでおくこと。お願いできるね」


「はい」


フィオは頷く。


「結構だ。よろしく頼むよ」


料理長はそう言って話を済ませると、こちらに背を向けて料理亭へ戻っていく。


「……あ、そうだ」


「何でしょう」


「ライリが、中で掃除している。声掛けていくかい?」


「いえ、今は仕事中ですから。――行ってきます」


裏口に踵を返して、フィオは路地裏から離れていく。遠くで料理長の「行ってらっしゃい」という声が聞こえる。何となく、体に力が入ったような気がする。


――野ウサギを二匹。


フィオは依頼の獲物を頭の中で反芻する。


町を出て、山道を道なりに進んでいくとそこはもう山地だ。フィオは狩場を目指す。


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