3 面接(3)
山田運送に着く。
正面玄関に入る、右手に事務所が見えるが誰も出てくる気配がしない、皆意識的に舞子の方を見ないようにしている感じがする。
その場に立っていることがなんだか気まずいので舞子は事務所に入って自分から声をかけようと思う。
天井まで届くパーテーションで区切られた事務所スペースの壁はタバコの煙で黄ばんでいた。ドアを開く。事務所の広さは30畳ぐらいだろうか、舞子が入ってきて数人が顔を上げた。その中で一番入り口に近いところに座っていたおばさんが声を上げた。
「はい」
「おはようございます。本日から働かせていただく小山ですが・・」
「あっ ちょっとまってね」
おばさんはPCのディスプレイに張られている付箋を見た。
「えっと・・こやままいこさんね」
「あっそうです」
「ちょっとまってててね」
おばさんはすぐ後ろにいる目つきが鋭い女に声をかけた。
「ねっさっちゃん 森山専務どこにいるか知ってる」
「あ、今日あさごえの日なのでたぶん今日のあさごえ作ってるんじゃないですか」
「あそう、ありがとう」
さっちゃんと呼ばれた女は表情をまったく変えずに応えた、舞子はさっちゃんという名前を覚えようとしたが次あったときに覚えている自信は無かった。
「小山さんすこし待っててくれる」
「はい」
おばさんは立ち上がると事務所の扉を開け、小走りに消えていった。
おばさんがいなくなり、舞子はおばさんの机の前に立っていた。他の人達は仕事をしている。何もすることがないので舞子は困った。話しかけるわけにもいかないし、壁にもたれかかる気にもならない。誰も舞子に一瞥もくれないが、それが余計に舞子の居心地の悪さを増強させていた。しばらくするとおばさんが戻ってきた。自分の机の前に突っ立ている舞子に話しかけた。
「もうすぐ専務来るからね」
「あ、はい」
おばさんはらくだ色の細身のパンツに白のカットソーという格好で腕には黒いコテをはめている、典型的な事務職の格好だ、あまりにもイメージ通りだ。
「まぁそこの机に座って、今日そこの人休みだから」
「あっはい」
おばさんの隣の机に舞子は座った。机には透明のシートが敷いてあり、中に書類などを挟めるようになっている。見るとどこかの名刺やら写真やらが無造作にはさまれている、ディスプレイの横にはペンたて、ティッシュ、卓上カレンダーと何かペットボトル飲料のおまけだろうか、小さなキャラクター人形が置いてある。卓上カレンダーで今日の日付を確認する。赤ペンで「A」と書いてある、なんだろうかと舞子は思った。
「いやおはよう、小山さん」
舞子が顔を上げると専務が立っていた。面接の時に一番話しかけてきた男だ。そうか、この人は専務だったんだ。
「あ おはようございます、よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくね、ちょっと小山さんこっち着てくれる?」
「はい」
専務は入り口のドアを空けて舞子に先に出るよう促した。席を立ち小走りにドアに向かう。専務の後を追いドアの左側、玄関とは反対の方角の通路に専務は進んだ。蛍光灯は一部しか点いてなく、薄暗い。壁には「安全管理週間」やら「なくそうヒヤリハット」やらのポスターが張られている。ポスターはどれも古臭く、一昔前の感じがする。
突き当たったところに階段があり、階段は2階3階と地下につながっている。専務は階段を下り、地下に降りていく。地下は一切照明が点いてなく、真っ暗だった。舞子は不安になりながらも専務の二三歩後ろをついて行く。階段を下り切ってすぐに専務はドアを開けた。ドアから光が漏れて地下の廊下を照らす。天井にはパイプが走っている。廊下を挟んだドアの真向かいに火災報知機がある。電気は消えている。入るなり専務は口を開く。
「おはよう、今日から入った小山さん」
室内8畳くらいだろうかは窓が無く、天井で薄汚れた蛍光灯が光っている。数が多いので暗くはないが、蛍光灯が汚れているので部屋には薄汚れた黄色い光が充満している。中にはPCが数台並び数人が方を寄せ合うようにして何か作業をしている。そのうちの一人の男が専務に向かって話しかけた。
「なんだ人とったのかい」
男は最初一瞬舞子の方を見て、すぐに目をそらし。専務に話しかけた。
「とったよ、見込みあるぞ」
「ほんとかい、またやめられたらこまるよ」
「いや優秀だって ねぇ小山さん」
「あっはい よろしくお願いします」
専務が突然フレンドリーに話しかけてきたので舞子は戸惑った。挨拶をするときにも専務の顔以外見ることができなかった。舞子の挨拶に何か返事をする者は誰もいなかった。
「まぁちゃんと教えてくださいね」
男が専務に言った。専務はあいまいな相槌を打って部屋の億に進む、一番奥にドアがある。専務は舞子にに中に入るように言い自分も中に入った。
中には金属製の棚が並んでいて、ダンボールやよくわからない部品が乱雑に並んでいる。箱には「純正部品」などと書いてある。そういえば山田運送は運送屋だ。面接に行った時に聞いていたのに忘れていた。きっとこれは保守部品が何かだろう。机が3つあり、ひとつは書類やダンボールが山のように積んである。隣の机には男が座ってなにやら部品を掃除?している。
専務は棚と棚の間に入って行き、どこからか椅子を持ってきて自分は最後の机に座ると、舞子にも座るように言った。
「ここは何の部屋なんですか」
「ああここね、ここ整備室なんだよ、車庫とつながってんの」
部屋が薄暗いのでよくわからないが、棚が並んでいる部屋の奥はどうやらシャッターのようだ、隙間から僅かに光が漏れている。僅かにオイルの臭いもする。
「あのね、きょうあさごえの日っていう日でみんな駐車場に集まって社長の話聞いたりする日なんだよ。社長今日いないけどね。そこで小山さんのこと、紹介するから。あと後で話するけど、今日は私についてね、会社の中やお客さんの所行ったりするから」
「専務さんはいつもここにいるんですか」
「ああ、私整備の責任者だから」
「へぇ」
専務は胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。専務を挟んで向こう側の男はこちらを気にすることなく金属のブラシでなにやらやっている。舞子はこの建物の構造がよく理解できていなかった。地下なのにどうして車庫と直結しているのか。あと専務は何故専務なのにこんな薄汚いところにいるのか。ここで働いている人たちはなんだか皆無愛想だった気がする。社員同士がいがみ合っている感じはしない、適当に仕事をしているような感じがする。ものすごく生活感のある会社といえばいいのだろうか。舞子は人の家にお邪魔しているような気がして緊張が解けない。初めてだから仕方の無いことかもしれないが、挨拶くらいはするべきではないのか。言い方は悪いが舞子は彼らを程度の低い人間だと思っている。所詮中小企業なんだなんて、舞子は考えている。専務は腕時計を見ながらあと10分くらいで外に行くと言った。煙草の煙が行き場を失って専務の周りを漂っている。舞子はまだ初日だから文句言っても仕方ないと気を取り直して言った。
「私も煙草吸っていいですか」