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プロローグ2

このお話は、正直あまり楽しいお話でも、すっきりするお話でもありません。バッドエンドではないはずなのですが、ハッピーエンドとメリーバッドエンドの間のような感じです。そういうのがお好きな方に、お楽しみいただけたら光栄です。




エレーヌ・ゴシントンは悪女である。


姉の人生を邪魔するためならば何でもやった。両親の愛を根こそぎ奪い取り、姉に与えられるはずだったすべてのものを横取りし、婚約者だって寝取ってやった。その次の、婚約者候補たちも、みんな奪ってやった。


彼女は、姉の人生を奪うために生きている。




だからとはいえ、今回ばかりはもうどうしようもなかった。


目の前で起きている悲劇の、なんと茶番じみていることか。突然すぎて、滑稽すぎて、言葉も出ない。


十数年前には国王夫妻が聖婚式を行っている、由緒正しき美しの大聖堂。何百にも及ぶ招待客の前で、主役ーーディアス侯爵家二男シャルル・ド・ディアスと、ゴシントン子爵家長女ファティア・ゴシントンーーの二人が今まさに神の御前で愛を誓おうとした瞬間の出来事。



「 待って! 私……私……っ、シャルルを愛しているの! 初めて会った時から、姉様の婚約者の方だって、わかってた……ああ、でも、それでも、この恋を止めることなんて、できなかったの……!!」



神の前で永久の愛を、伴侶と添い遂げることを誓う。何事もなければ、神聖なるその誓いは遂行されるはずだった。しかし、それは叶わなかった。


姉の婚約者に横恋慕した妹によってなされた、聖なる神前の儀式への闖入の波紋は幾重にも広がり、事態は今にも爆発しそうなほどに混乱の極致に陥っていた。



夢見るような、きらきらとした瞳で、姉の婚約者に愛を乞う。妖精のように美しい妹の、お芝居のセリフのような愛の告白は、一瞬、見る者の胸を打ってしまうほど、大いに情感の溢れた語りであった。


彼女の叶わぬ恋、一途な慕情が震えるように人々へと伝って行く。しかし同時に、周囲の困惑と混乱と、そして怒りを誘った。そしてそれは、彼女の破滅への導が完成された瞬間であった。



「おお、エレーヌ……俺もだ! お前のいない人生など光を失ったも同然だ……お前のいない世界に何の価値があるだろう……俺が結婚すべきはファティアなどではない、我が美しき恋人エレーヌ、お前だ……!!」



破滅の跫音は、恋に狂った彼女らには聞こえない。美貌の妹の告白に胸打たれ、心震わせた男は、神の身許に共に跪き誓いを立てる寸前だった婚約者である姉には目もくれず、愚かにも過ちを犯す。



「ああ、いとしいシャルル……!!」



麗しの妖精が、大粒の涙を流しているかのようであった。悲しき恋への嘆きと、それを受け入れられたことへの歓喜を乗せて、禁忌を犯しても求めた男の名を、さながら歌うように呼びかけた。その美しい声は、混乱の渦中にいる人々の胸を打った。


己の選ぶべき道を得たと言わんばかりの表情で、寸前まで愛を誓おうとしていた女の元を、シャルルはあっさりと離れた。そして、先ほど己が婚約者と共に歩いた聖路の際に立つエレーヌの身許に自ら跪き、あろうことかエレーヌの手を取り、エレーヌと目を合わせて、エレーヌの愛を乞うたのである。



「どうか、俺と結婚してくれ、いとしいエレーヌ」



と、まあ、とんでもない過激爆弾発言がもう一発ずどんと、盛大に落とされたわけで。




エレーヌ・ゴシントンは悪女である。

混乱と絶望に震える姉ファティアを見て、エレーヌは、こっそりと蠱惑の笑みを浮かべた。


……やった、今回も奪ってやった。今までも、こうして姉の婚約者を奪ってきた。時には寝取ることもあったし、時には姉の婚約者を引きずりこむように心底惚れさせて骨抜きにしてやったときもあった。エレーヌが、美しいエレーヌが望んで、手に入れられない男などいない。


いつだって、エレーヌは特別だった。エレーヌの付属品のように取り扱われる不憫な姉よりも、ずっと特別な娘だった。何もかもをほしいままに手に入れてきた。姉の婚約者を根こそぎ奪い取ってきた。


そして、今回のシャルル。この侯爵家の俺様なぼんくらも、今までの大半の男たちと同じ。エレーヌを前には、彼らの背負う全てのものが無意味になる。皆、エレーヌだけを求めて、エレーヌに狂った。エレーヌの姉のファティアなど、あっさりと投げ捨てる。




そして、全てを失う。与えられた地位も、築き上げてきた名誉も。その全てを。全ては、美しいエレーヌのためだけに。




「……ほう! これはこれは! どうやら私は、とんだ喜劇の場面に遭遇してしまったようだ!!」



しん、と静まり返っていた大聖堂の中、物語の主役であった己の恋に酔う哀れな男と、その男を手に入れて恍惚に笑む妹の存在を、まるで塗り潰すような鮮やかさで、突如現れた男が主役の座を奪う。


混乱の周囲は声一つ盛らせずに、目の前で行われていた寸劇に良くも悪くも惚けていたが、しかしその関心は瞬く間に、至極愉快そうに笑みを浮かべる新たな闖入者に集まって行った。



「あ……アルベール王太子殿下……!!」



そして、真っ先に声を上げたのは、婚約者と妹に裏切られた姉、ファティア・ゴシントンであった。


ファティアは、今度こそと思った婚約者をまたしても妹に奪われ、途方に暮れていたところだった。候補だった者を含めると、もう何人目かもわからない新たな婚約者であるシャルルさえ、今回も妹に奪われて行った。



シャルルは、嫡男ではないが、ディアス侯爵家の血筋である。現在この国の公爵家は一家のみで、また現存する侯爵家も十家にも満たない。シャルルがこの侯爵家を継ぐわけではないが、血統の素晴らしさを考えればゴシントン子爵家にとってはまたとない良縁であった。


シャルル自身も、貴族の例に漏れず、いささか自信過剰で傲慢なところがあるが、しかし糾弾されるほど性格に難があるわけではないし、いささか傲慢なところも、まあ貴族の人間らしいといえる。ある意味で当然であり、だからこそ貴族の世を泳いでいけるというものだ。


また、貴族の二男以下の大半の者がそうするように、シャルルもまた王国聖騎士団に入団している。そして、まあそこそこの剣の才能を持っていたシャルルは、現在では小隊を任されるまでにはなっている。異例の大出世、とまではいかないが、しかしそれなりに成功を収めている。



正直な話、今までの婚約者や候補たちを逃し、新しい婚約者を得る度、何故かファティアの婚約者の条件の良さは、どんどん釣り上がって行った。どこで掴んでくるのかは知らないが、両親はついによくぞここまでの男を捕まえてきたものだと、ファティアは失礼ながらもそんなふうに思っていたほどである。



今度こそ、自分が結婚できる最上の条件の男に違いないのだ。性格も多少の難はあるが、それでも悪い人間ではない。時々は、やさしさを見せてくれる場面もあった。逃してはならない、今度こそだ。


古い家柄であり、領地の経営も順調すぎるくらい順調で、裕福であるとはいえ子爵家の、それもさして美しくもない自分には良縁すぎるほどの良縁であると、シャルルならばきっお愛していける、愛してもらいたいと心からファティアは願っていたのだ。



いつか、心を寄せられる。そんなふうに思っていた。両家の思惑よりも、ただそのことを願って、ファティアはシャルルに嫁ごうと思っていたのだ。


それなのに、何故こんなことになったのか……ファティアは突如濁流のように流れてきた早すぎる展開を前に、自分が取るべき態度を決めかねていた。それは、ある意味で、第二の闖入者であるアルベールに、既に呑まれてしまっているせいでもある。



「やあ。ご機嫌いかがかな、ゴシントン子爵令嬢殿。こうして直接お話するのは、おそらく初めてのことではないだろうか。それにしても、顔色が悪いな。それに、いつもの微笑みもない。愛らしいあなたに、ずいぶんと似合わない表情をさせられているようだね」



王太子が、何故か、とても親しげにファティアに声を掛けるので、声を掛けられたファティア自身、また本来なら王太子の登場以前に率先してこの場を収めるべきであった、侯爵家並びに子爵家の者も誰一人、まともな言葉を紡ぐことができなかった。



今、一瞬にして、この場の主役が、支配者が、入れ替わったのだ。



今回の式に見届け人として参列していた神官ひとりは、舞台の末端で、不意にそんなことを思っていた。





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