プロローグ1
ファティア・ゴシントンは、不幸な女である。
貴族であり、裕福でもあるゴシントン子爵の長女に生まれながら、彼女の人生は苦難の連続であった。
そのすべての元凶は、妹エレーヌにあったといえよう。ファティアにとって、エレーヌはまさしく災厄であった。
エレーヌは美しい娘であった。
波立つような美しいピンクブロンド、サファイアの瞳、ミルク色のなめらかな肌に薔薇色の頬、すっと通った鼻梁、花弁のような愛らしい唇。小柄で華奢、それでいて均整の取れた身体。折れてしまいそうなほどに細い腰は儚げでありながら、胸元は男性ならば思わず生唾を飲み込んでしまいそうなほどに豊かで魅力的であった。
エレーヌの容姿は、たとえるならば妖精だった。どこをとっても欠点一つ見当たらないほど、完成された美しさを持っていた。
それに対して、ファティアはなんとも凡庸な容姿であった。小麦色の髪に、茶色の瞳、目元はたれ目でやさしげではあるが、睫毛は短く、全体的に印象の薄い顔立ち。また、女性にしてはいささか大柄である。目も当てられないような醜女ではないが、美しいとは言い難い。
しかし、ファティアには、いつも澄ましている傲慢なエレーヌにはない、愛嬌があった。たれ目の目元は、いつも穏やかで、まるでいつでも微笑みを浮かべているかのようである。そのやわらかな雰囲気こそが、ファティアの美点であった。
しかし、美しすぎる妹を持ったファティアは、やはり不幸であった。
ファティアとエレーヌは一つ違いの年子で、常に何かと比較されていた。美貌の妹と並べば、ファティアはいつでも醜女であった。
美しい妹を、両親が溺愛していたのも、よくなかった。ゴシントン夫妻は、美しいエレーヌばかりを愛し、気にかけ、姉妹で明らかに差別していた。
妹のために高価な装飾品を何度も贈り、妹のために何着もの最先端のドレスを仕立てることを惜しまなかった。妹の美貌が常に完璧であるよう、夫妻は細心の注意を払った。
が、一方で姉の方はいつもほったらかしであった。ファティアは常に流行遅れのドレスを着ていたし、そのドレスのほとんどは妹が着なくなったものを仕立て直したものであった。装飾品も両親からは与えてもらえないので、妹が要らなくなったものを使い回している。
そのくせ、ゴシントン子爵家長女だからと、後を継ぐわけでもないのに、一般的な貴族の子女の教育水準よりもはるかに高い、とても厳しい教育を強要された。
少しでも間違えば鞭が振るわれたし、おやつどころか食事を抜きにされることもあった。
何も与えてもらえず、両親の愛さえ妹に奪われ。しかし、義務の強要は過酷であった。
それでも、ファティアはめげなかった。妹を憎むことなく、懸命に、そして健気に、努力を続けた。美しくはなくとも、常に笑顔を忘れなかった。
いつか、きっと報われることを願って。
いつか、きっと救われることを信じて。