第7話
私は殺し屋。ありとあらゆる魔法を習得し、究極までに剣技を磨きあげ、命の恩人である師を殺した、無敵の殺し屋――インヴィクタ。
予選を終えた私は、現在観客席から予選を観戦している。レイチェルと共に。
一昨日、私の腕の中で眠りについたレイチェルは、しばらくして目覚めた。目を覚ましたレイチェルは顔を赤くしながらこう言った。
――これからの人生、貴方と共に歩ませて下さい。
若干勘違いしてしまいそうになる告白だったが、私はその言葉を仲間になることを了承したものと理解し、承諾した。
これから私はレイチェルを育てていく必要がある。少し遅いスタートとなるが、彼女も私についてくれば世界でもトップレベルの腕前になることだろう。
ただ、今は二人で予選を見ながらのんびりする。参考になる選手がいるとは思えないが、観察することも立派な勉強。私はレイチェルにそう指示し、席につく。
会場は熱気に包まれ、予選最終試合に向かって突き進んでいく。
◇◇◇
『ついに! ついについに! ついに予選も最終試合まで来たぞぉ~~! いやぁ~~、ここまで長かったなぁ解説のアンジェリカさん』
『ええ、そうね。退屈な試合もいくつかあったけど、見応えのある試合は見てて楽しかったわね、マッスルさん』
『だなぁ。見応えある試合は最高だったぜ。会場に走る金色の稲妻、太陽のように燃え盛る赤い火柱、そして会場を死の世界へと変えた凍てつく氷の世界。どいつもこいつも俺には匹敵しないものの、将来最高の輝きを放つ原石ばかりだぜ』
『それにしても氷の世界には驚かされたな』
『えぇ。しかも使えることだけにも驚くというのに、自分の周囲だけでなく、会場全体を包み込んでしまうという特大さ。人が扱える魔法の領域を凌駕しているわ』
『うぅ~む。俺に匹敵しそうな奴は一体何者なんだ?』
予選は最終試合へと進む。
◇◇◇
……俺は殺し屋。この大会に参加している理由は、ある男を殺すため。目標対象がこの大会に出る情報はある筋から入手していた。ただ、そいつがどいつかは一昨日まで分からなかった。だがしかし、一昨日の予選を見て目標対象は確信のものとなった。
――氷の世界。
奴は試合会場全てを氷の世界へと変貌させた。気温は一気に氷点下となり、観客席で試合を見ていた俺の所まで冷気を感じさせるほどだった。
これほどの魔法を瞬時に発動できる人物は俺以外に一人しかいない。
――インヴィクタだ……。
無敵の名を恣にした本名不詳の男。そして、俺の弟弟子でもある。
実際に奴と俺が顔を合わせたことはないが、俺は奴のことを知っている。
奴が裏の世界でインヴィクタと呼ばれる前までは、俺たちの師がインヴィクタと呼ばれていた。その師が死んだというのを風のうわさで聞いた。その時は信じられない思いでいっぱいだった。
俺を救ってくれた無敵の師が死んだ。その事実は、かつて師に地獄を味わわされた場所に戻ってはっきりした。師が暮らしていた家の跡地に墓が建っていたのだ。誰が墓を建てたのか疑問にも思ったが、すぐに人の気配を感じて私は身を隠した。そこに現れたのが今のインヴィクタ。奴は花束を墓の前に置き、色々と語りだした。そこで分かった事実が、奴が俺の弟弟子であり、俺の師匠を殺した張本人であるということ。素顔はコートに隠れて見えなかったが、その情報だけでも分かっただけで十分だった。
俺は師匠の敵を討つために更に腕を磨き、周到な準備を行い、確実に奴を仕留める手段を探した。だが、奴も身を隠すのがうまかったし、実力も生半可なものではなかった。試しに送り込んだ雑兵は全て簡単に返り討ちにあっていたのだ。俺は背後から殺すのを諦めるしかなかった。
――なら……。
俺は正々堂々と殺し合えるこの大会を利用することにした。
ある日、WMOの内通者から連絡があった。インヴィクタがこの大会に出場する、と。前々からその内通者には金を握らせて奴の動向を監視させていた。その賄賂が実を結ぶ時が来たのだ。
WMOにも素顔を晒さないインヴィクタを特定するのは実力で見るしかなかったが、それが一昨日に分かったということだ。奴しかありえないだろう。
俺の母親とも言える存在――師を殺した男。俺は奴が許せない。裏の世界で死神と呼ばれた俺は、刺し違えても奴を殺す。
「そのためにはまず、この予選を終わらせる……」
「何を言ってんだ! この俺様がいる限り、誰とも分からねえ貴様なんぞが勝ち残れる訳がねえんだよ!」
目の前から身長二メートルを超す巨漢の男が二本のバスターソードを振り下ろしてくる。俺はそれを躱さない。
「おらぁああああっ!」
男の振り下ろしたバスターソードは俺の身体をすり抜けて地面へと突き刺さる。
「なにィッ!?」
「…………」
俺は何も発することなくそのまま前進する。
「なっ、なっ」
目の前の男は驚きでまともな言葉が出ていなかった。
俺のこの魔法は空間魔法を応用したもの。維持するにはかなりの集中力と魔力を必要とする。そんな魔法だが、俺は何度も使ってすっかり慣れている。だから途中で串刺し状態になることもない。
これは俺だけが使える魔法だと思っている。自ら苦心の末に創りだした魔法だ。インヴィクタとて、この魔法を容易く使えるわけがない。そして俺の使うこの魔法を破れるわけがないのだ。
「終わりだ」
「ぐっおっ…………」
俺は土魔法による振動系魔法で男の頭を破壊する。男の汚れた血が飛び散るが、それも俺の身体をすり抜けていく。
「くだらん……」
首から上が無くなった男の死体を足蹴にし、俺は周囲を見回す。今だにちゃんばらごっこを続けるとろい男たちが声を張り上げている。そんな力んだところで勝ち残れる訳がない。何しろ俺がいるのだから。
「終いだ」
俺は両手を地につき、魔力を高めていく。魔力が最高潮に高まった時、俺は声を上げた。
「破壊振!」
魔法を唱える声とともに、試合会場全てが一瞬で崩れ去った。俺は重力魔法で宙に浮いているが、足場を失った男たちは会場の瓦礫とともに地下ニ十メートルまで落ちていく。会場の下は控室になっていたはず。その近くにいた人間たちも巻き添えだが知ったことではない。
「勝つのは俺だ、インヴィクタ。お前だけは絶対に、俺の手で死を味わわせてやる!」
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